第7話 とんずら②いきあたりばったり

 アスファルトで舗装されていない道。最初の3分はピクニック気分で鼻歌混じりに機嫌よく歩いた。景色は牧歌的で、何とも平和だ。

 食べられそうな木の実や果物でもあるといいんだけどな。

 時々、鑑定を道横一帯にかけて、何かしらの材料になりそうな物は摘んで歩く。


 そのうち、体力を消耗しないように、黙々と歩いた。

 歩いて多分1時間ぐらいで、わたしは挫けた。活動することに、ほんっとに向いてないのよ。重量があるだけにね。足が痛い。靴がやばい。柔らかくてあたりの良い靴だけど、整地されていない道を歩くには痛すぎた。足にダイレクトに振動が伝わり、足の裏の皮は何箇所かよじれて痛みが出ている。


 時折馬車がやってきたり、後ろから追い越されたりする。

 騎士たちが馬で駆け抜けて行ったりもした。

 わたしを探しているんだろうな。まさか、城からまだ1時間ぐらいのところにいるとは思うまい。

 それにしても、足がやばい。

 わたしはちょっとだけ道を外れて大きな木の下に座り込む。

 さっき手頃な大きな葉っぱがあったので、ブチっと1枚いただいておいた。

 くるくるっと一点を支点にして巻いて、簡易のコップを作る。生活魔法の水を出す。

 初めて使おうとした時はできるかドキドキしたけれど。定義するのと同じように、コップに水を満たすと思えば、ちょうどよく水を貯めることができた。

 水で喉を潤す。

 水ぶくれの足どうしよう。軟膏みたいな薬作れないかな。

 鑑定と思いながら、木々やら草やらを見渡す。

 うーん、ヒットせず。なんて思っていると、追い越して行った馬車が、少し先で止まった。

 子供が元気よく飛び出してきて、道を外れてちょっと中に入っていく。

 トイレ休憩か。

 あ。

 わたしは慌てて立ち上がった。ひょっとして、乗せてもらっちゃったりしちゃう?

 痛い足で駆け出した。


 幌馬車の後ろには出っ張りがある。わたしはものすごく苦労しながら、なんとか出っ張りに乗り込んだ。


「今、揺れなかったか?」


 中で気弱そうな男性の声がする。


 すみません、揺らしました。お邪魔いたします。心の中で謝っておく。

 子供が元気いっぱいに帰ってきて、御者台に飛び乗った。馬車は少しも揺れなかった。

 手綱を引く音がして、馬車は軽快に走り出す。

 歩くよりもよっぽど早く、揺れてお尻は早速痛いけれど、足は痛まない。

 御者席にいるのは農村の親子らしく、城下町に野菜を売ってきた帰りのようだ。


 いつもより売れたようで、留守番のお母さんと生まれたばかりの妹へ、いいお土産を買うことができたと声を弾ませている。

 男の子は隣の家のエリーゼちゃんが大好きなようで、聞き取れなかったけど、なんとかの日に折る若木でお守り?みたいなものを作ってあげたいらしい。お父さんもふむふむ聞いていることから、その若木でお守り作るのはよくあるセオリーなんだろう。で、そのお守りにする彫刻のやり方を教えてと頼み込んでいる。

 お父さんは家の手伝いをするならいいぞーと請け負う。

 なんかいいね。手作りのプレゼントか。


 約束を取り付けて上機嫌になったのか、少年が歌を歌う。

 気の晴れる明日もいい日、的なものは、聞いていて気分が良かったが……メドレーのようにどんどん気分で歌を変えていく。その中の教えを込める的な歌には苦笑してしまった。


 嘘をつくと女神様が怒って体の中に種を植えちゃうよみたいな1番。

 嘘をつくと神様も怒ってお花になっちゃうよみたいな2番。

 少し旋律の調子が変わって、白い部屋で神様と女神様が話し合いをする的なのを挟み、嘘をつくから女神様と神様が怒って、世界中の人が花になり誰も嘘がつけなくなって静かになったって歌。救いがない。


 調子が良くて、耳に残ったのが、ブヒントンの歌?

『ブヒントン トン トン ブヒントン トン トン』って繰り返し出てくるから記憶に残って思わず口ずさんじゃいそう。

 動物の名前みたい。ブヒントンにはほっぺの下にコブがあって、それが美味しいらしい。ブヒントンは嬉しいことがあるとコブが大きくなって、悲しいことがあるとコブが小さくなって。ブヒントンを喜ばせて、一緒に踊って、楽しいことをして、コブを分けてもらう。それがめちゃくちゃ美味しいらしい。

 シュールな歌だけど、そんなにおいしいのか?と興味が出た。


 恋愛の歌もあり、多分意味わからなくて歌っているんだろうなーと思ったり。でも待てよ。幼稚園児ぐらい、4、5歳に見えるのに、好きな子いてプレゼントを思いつくぐらいなんだから、恋の歌もわかっているのかもね。


 しばらく軽快に走っていたが、徐々にスピードを落とし、やがて馬車が止まる。


「騎士さま、何事でしょうか?」


 不安そうな馬車の持ち主の声がする。


「荷はなんだ? どこに行く? お前たち二人か?」


「トレロ村の者です。城下町に野菜を卸しに行ってきました。馬車には息子と二人です」


 騎士の検問みたいなやつ?


「人を探している。悪いが中を改めさせてくれ」


「はぁ」


 馬車が大きく揺れて、危うく声を出すところだった。

 多分騎士が乗り込んだんだろう。

 荷台の中をチェックしている音がする。

 怖くてしょうがなくて心の中で繰り返す。わたしは見えない、見えてない、見えてない、見えてない……。

 ガサガサやっていたが、誰もいないことを確かめて、また大きく荷台が揺れる。


「止めて悪かったな。気をつけて帰ってくれ」


 馬車が動き出す。

 わたしはなんとなく小さくなり、息を詰めながら身を固くしていた。




 夜は道が大きく膨らんだスポットみたいなところで馬車を止め、そこで野宿するらしかった。彼らは道端で火を焚いて、スープを作って、それとパンとで夕食にしたらしい。

 荷台に二人で寝る。

 わたしも酒屋で拝借したチーズとかったいパンをひとかじりしたけれど、お腹は満たされなくてギュルギュルと鳴った。


「父ちゃん、何の音?」


「カエルかなんかだろ」


「この辺に水場ないよね?」


「いいから、寝てしまえ」


 とネタを提供してしまったが、許してほしい。




 商人さんの話だと、エリュシオンには馬車でひと月はかかると言っていた。こちらのひと月が何日なのかはわからないけれど、少なくても13日はあるのは確かだ。

 まだ1日目か。ご飯どうしよう。飲み水がなんとかなるのは救いだけど。

 この先もね。トレロ村がどの辺かは知らないけれど、バカ国寄りに間違いないだろう。

 その先もいい馬車に乗り込めるといいんだけど。そんな都合良くはいかないか。

 まぁ、心配してもしょうがない。

 わたしはこぼれ落ちそうな星の瞬く夜空に、薄く感動しながら眠りについた。



 次の日の夕方、トレロ村に到着した。わたしは馬車に乗ったまま、村に入った。

 奥さんは優しそうな人で、妹ちゃんもフニャフニャしているが、そこもまた可愛い。


 馬車を引いたお馬さんの寝床に、その夜はお邪魔することにする。

 そして気づいた。動物には見えてるっぽい。

 動物は喋れないからまだいい。

 まだ見たことはないけれど、獣人いるって言ってたよね。

 獣人には見えそうな気がする。



 あとね、お馬さんにお水をあげるのは子供の仕事なようで、身には大きくて重そうなバケツを運んできたのだが、その道すがらバシャバシャとこぼし放題で、そこここがぬかるんだ地面となった。そこをうかつに通ってしまったわたしの足跡がついたのだ!

 姿は見えず足跡だけできていったら、ホラーだよね。興味持つよね。バレるよね。

 このマント、いやパーカーは不備だらけ。途中で気を失っちゃったし、初心者だもん、しょうがない。

 今までみつからずに済んでいるのは、ただの幸運なのかもしれない。

 これは気をつけなくては。



 お馬さんは優しかった。最初は警戒していたものの、寝床にいるのを許してくれた上に、身を寄せても怒らず、暖をとらせてくれた。匂いはきつかったけれど、それよりも寒さを凌げる方がありがたく助かった。



 そして翌朝、一晩を共にしたお馬さんのブラッシングをして(ブラシがぶら下がっていたので勝手に使わせていただいた)、母屋の方へ忍び寄る。食べ物を少しばかりでも拝借できないかと悪いことを考えた罰か、子供たちの声が聞こえた。


「街から騎士が来たってよ」


「耳と尻尾のある騎士様がいるって!」


 獣人は珍しいのか、会いに行こうとお誘いが来たようだ。

 まずいな。

 この家は村の奥まったところにあり、裏庭から少し歩けば鬱蒼とした森へとひらけていた。

 ちょっと森に入って、騎士たちが帰るまでやり過ごそう。

 方向音痴の自覚がないわたしは、ただ引き返してくればいいと軽い考えで森に足を踏み入れた。

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