第6話 とんずら①情報収集

 騎士さんたちがいたので、その後ろをついて行く。その団体が城下に出たのは幸運だった。

 門の先でひとり、どの道に行こうか迷う。

 正面と右と左に道は続いていた。

 正面は城下町に続くらしく、お店ののぼりらしきものが見えた。

 夕暮れどきで適度に混み合っている。ぶつかったりしてもごまかせるかな。

 いくらわたしの姿が見えないとしても、知らない道を夜歩くのは怖すぎる。適当にどっかで休ませてもらおう。それと情報収集が少しでもできるといいのだけど。

 わたしはやるべきことを決めて歩き出した。


 様々なかめが所狭しと置いてある店。

 隣は服屋か?

 その隣で野菜売ってる?

 次は肉か?

 初めて見る景色はどこか心踊るものなはずだけど、なぜか心が沈んでくる。

 それはいろんな匂いがするのに、慣れ親しんだものがないと思ってしまったからなのか、お腹がすいてきたからなのか……。

 多分、両方だろう。

 それに買えないというのはダメージが大きい。絶対買えないと思うと、珍しくても、見ようという気もどこかそぞろだ。

 本当のところは希望より不安がまさっている状態なんだろうけど、そこは考えないよう、心に蓋をする。

 誰の目にも留まらないのは、素晴らしくありがたく、それは望んだことなんだけど、誰にも認識してもらえないのは、少し淋しい。


 道の左右にある街灯らしきものにポッと灯りがともりだす。


「今日は騎士がバタバタするねぇ、何かあったのかねー?」


「女を探しているらしいぞ」


「女?」


 お店からはみ出したテーブルで、木彫りのジョッキを掲げている人たちが話している。

 酒場か。

 あー、お腹減ったな。お金はないし。探されているんじゃ姿現せられないし。


「黒髪に黒い瞳のどっしりした女らしい」


 間違っていないだけに、微妙にムカつく。


「あんなに探されるなんて、何をしたんだか」


「王子に夜這いでもかけたんじゃないか?」


「ちげ〜ねぇ」


 ジョッキを合わせて、ゲラゲラ笑い出す。

 人を痴女みたいに。夜這いじゃないけど、かけられたのはこっちだ。

 頭にきたので、テーブルにある肉の塊みたいのを食ってやった。

 もちろん誰もみていない隙に。

 程よく柔らかかったものの、一味足らない。けれど、お腹が空いているので、それが何よりのスパイスだ。

 チーズの盛り合わせみたいのからもひとつ失敬して、アイテムボックスに入れた。


 わたしは時折空いた椅子に座ったり、いろんな人の話を聴きながら、わたしの悪口を言った人たちから、ちょこっとずつご飯をいただいた。


 すでに酔ってできあがっている人が、ひとりでブツブツ言っていたから、合いの手を入れて、情報収集を試みる。なんと商人だという。


「全く誰のおかげで食べて行けると思ってんだー。俺がこうして、長旅して身を粉にして働いて商売してるからだろう。それをアレ買ってこい、これ買ってこい。言えばなんでも出てくると思ってやがる」


「腕がいいと知っているから、ついついお願いしてしまうのでは?」


 背中合わせの椅子に座って、椅子を揺らす。


「ん? ああ、そうかねー? 確かに俺は、商品を見る目には自信がある」


「今回は何を買い付けてこられたんですか?」


 こっちを振り返ろうとするタイミングで揺らして、コツンと椅子の背同士を当てて、いますよアピールをする。すると素直に前を向いて、お酒らしきものをあおる。


「エリュシオンで、花の蜜を買ってきたんだ。これがな、下手すると砂糖より甘くてな、城からも買ってもらえんだよ」


「へぇー、エリュシオンですか。どんなところですか?」


「観光にも住むにも良さげな国だな。俺が行くのは国境近くの街の『トルテ』だが。みんな気さくでいいやつばかりだ」


 商人さんはなかなかおしゃべりで、行商に行ったことのある街を尋ねると、色々と教えてくれた。

 近隣の国は3つあって、一番近いのが西の『ポランド』細長い地形で、とても小さい。この国と仲がいいらしい。

 北にあるのがエルフが多く住み、森も湖も多い『デシュエルト』。閉鎖的でこの国と仲が悪い。

 東にあるのが、この国より大きな国で『エリュシオン』。穏やかな気候、多種多様な種族が暮らしている国らしい。

 聞いた中ではエリュシオンが気に入り、目指そうと思うけど、結構遠そうだ。


「そういえば、今日は何日でしたっけ?」


「今日? 深月の13日だろ」


 ミヅキ……。


「今、何時ですかね? まだ帰らなくていいんですか?」


「子供じゃねーんだ。酒場に来て6時じゃ帰らんよ」


「この酒場は何時までですかね?」


「そりゃ10時までだろうよ」


 振り返ろうとするから、また椅子を揺らす。


「なんで時間わかるんですか?」


「ははは、商人だからな、時計は必需品だ」


 そっか、時計はみんなが普通に持つものじゃないんだ。きっと、高価なんだ。

 月と日にちがあって、夕方で6時から10時があるってことは、常識がひっくり返るような世界観ではなさそうだ。


「あ。移動中、魔物にあったりします?」


 魔物はいるって聞いたけれど、商人さんが移動してるなら、そんな危険はないのかな?


「そりゃぁ、うじゃうじゃいるさ。瘴気を浄化できる聖女さまはもう現れないからなぁ」


 うじゃうじゃいるんだ。

 聖女ちゃん、聖女さまはもう現れないって言われてるよ。

 何気にあの王子、この世界にとってはすごいことをしたのかもしれない。わたしにとってはスサマジイことしでかした、だけどね。



 っていうか神様の手前、考えるのシャットアウトしていたんだけどさ。瘴気あるのに、それを浄化させることのできる人がこの世界で生まれないってところで、アウトでしょ。成り立ちで破綻してない? 


 不思議なのは、わたしはありがたかったけど、神様も召喚をよく思ってないみたいなことだ。だって浄化が必要なのに、浄化できる人が生まれてこない、他所から浄化できる人を喚ぶのも良くないって、それでこの世界やっていけるのかしらって思っちゃわない? でも世界を管理する神様がそう思っているってことは浄化は必要がないことなんじゃないかと思う。だって神様が召喚を必要としないとみなしているなら、それは要らないものだと思うから。


 それにこの国が聖女を召喚したのは、浄化が目的じゃないのかもしれない。そういえば王子は願いがあるって言ってた。その願い事は浄化ではなさそうな気がした。

 ま、これでおしまい。わたしは知らない。考えない!



「かろうじて、聖女さまを食っちまった魔王が封印されているから、そっから力が漏れて浄化されてるだけだからなぁ」


 聖女様を食っちまった? 魔王って、……聖女食べるんだ。そっか、そもそも魔物って人食べるか。でもなんでだろう。魔王ってもっと人間よりなイメージが。人を倒しても食べないイメージがあった。


「まぁ、わかってると思うが、街ん中いれば魔物は滅多に入ってこられんよ。神官さまたちが結界張ってくださってるしな。たとえ現れても騎士たちが守ってくれる」


「結界の外に出られるってことはお強いんですね」


「ハ、まさか。国境近くになると強い魔物が出たりするからな。国を越える時は冒険者の護衛を雇って、守ってもらってるんだよ」


 国境は、護衛がいるぐらい危険なのか。ふむ。




 わたしはその日、酒場に留まり、無断で泊めてもらった。

 困ったのが明かりだ。最後にお店の人が部屋から出るとパッと明かりが消えたのだ。そんで、ガチャガチャ何か鍵を閉める的な音がして、静かになった。もしかして、と思って試しにパーカーを脱ぐと明かりがつく。天井にオレンジ色の石が埋め込まれていた。石、すげー、人を認識している。

 お風呂で使った魔石がピンク、あれが火系。オレンジは光系だとあたりをつける。

 お風呂もね、湯船しかなかったから、湯船から桶で汲み出してお湯を使うのかなと聞いたら、湯船と反対側にあった出っ張りからお湯を出して使うとのことだった。出っ張りにある穴に石をはめ込むと、ジャーってお湯が出たのだ。魔力があるならばそこに注ぎ込めばいいらしい。


 さて、誰もいないはずなのになんで明かりがついてる? と思われたり、どこかから明かりがもれていたらマズイので、急いでトイレを探す。水洗トイレなんて贅沢は言わないけれど、ツボじゃありませんように。


 ドアを開けると、洋式だ。おお、街も汚くはなかったから排水系整備されてんのかなーと思っていたけど、そんな感じ。まずまず。

 背もたれのところに黄緑色の石がはめ込まれてあったので、タッチしてみる。ゴォーって音がして吸い込んだ感じ。飛行機機内のトイレのような。素晴らしい! 黄緑は風系か。横に備えられている、これがペーパーの代わりなんだろうなー。

 よし、使わせてもらおうっと。手を洗うところも備えられている。こちらの石は水色。ああ、よかった、助かった。


 人心地つくとあとは動かないことを決めて、パーカーを着込んで明かりを消す。隅っこで膝を抱えてうつらうつらする。

 朝早いうちに、一宿の恩義として、せめてもの掃除をして店を出た。


 さぁ、エリュシオンに出発だ。


 のちに、ひとりの商人が見えない誰かと話していたことが話題となり、幽霊のいる店として脚光をあびるが、わたしは知るよしもなく。商人が黒マントの銀髪の男に詳しく会話の内容を聞き出されたことも、わたしはもちろん知らなかった。

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