セルビア大革命

セリッド・アークロイス


 やっぱりこうなったでござる。


 いやね?きっとこうなるんだろうなーとは思っていたんだよ。ハンター協会から電話が来た時点で。


 で、どうせ恨みを買うなら、この話を全世界に公表して嫌がらせでもしてやろうかと思ったら、なんか要らん敵まで付いてきた。


 その名も、CHE(スイス連邦国)。


 未だに永世中立国を保つこの国からも、ガッツリ恨みを買ってしまったのだ。


 知るかよ。俺に電話してきたやつの出身地なんて。


 んで、なんでそいつがやらかすと俺に恨みが来るんだよ。


 アーサーと言うツテを使って全世界にハンター協会の脅しを公表した翌日、情報屋のおばちゃんからこんな電話が来た。


“ハッハッハ!!やるじゃないか色男!!今度はCHE(スイス)にも喧嘩を売ったのか?!”と。


 冗談じゃない。


 ハンター協会とことを構えるのはもう諦めていたが、そこにハッピーセットが付いてくるとは聞いてないんだが?


 国民はともかく、政府官僚は俺の事を殺したくて仕方がないらしい。しかも、俺に電話をしてきたアバズレが、どうもそのお偉いさんの娘とかだったらしくとんでもなく怒り狂ってるんだとか。


 知らんがな。


 さらにそのアバズレは現在行方不明。まぁ、やらかした馬鹿の結末なんて決まっている。


 今頃彼女は海で魚相手に道案内しているか、ダンジョンの地面の中でミミズ相手に道案内している事だろう。


 権力者が隙を見せれば、それに群がる蝿がごまんと湧き出る。いつの時代だって、権力者は権力を失った時点で死ぬ運命なのだ。


 つい最近滅ぼされたCHを見てみろよ。あいつら、権力を失った瞬間に家族諸共皆殺しにされるからな。


 正しく修羅の国だ。第六天魔王こと、織田信長ですらもう少し慈悲の心を持っている。


 次から次へと敵が増えて困るよ。そろそろヨーロッパ旅行とか行けなくなりそう。


 そんな事を思いつつ、日本で次の動きをどうするのか考えること3日。


 今度はその厄介な種を残したファック野郎が、俺の元へと訪れた。


「セリッド・アークロイス。電撃退職したかと思えば、日本に観光か?その頭の悪さだけは評価できるな。そして、我々の国を随分と舐めている。密入国しようとするとは、ハンター協会はいつから犯罪者集団に成り下がったんだ?」

「そう言わないでくれよミスターグレイ。今の俺はハンター協会総括理事長なんて言う長ったらしい肩書きを持たないんだ。今はただの、廃れたおっさんさ」

「で?その無駄に肉を付けたおっさんが何の用だ。養豚場でブタとして飼われたいってなら、お断りだぞ。国民にそんな体に悪そうな油が乗った肉を食わせる訳には行かないんでな」


 バーコードハゲで、中年太りのおっさん。セリッド・アークロイス。


 つい3日前にハンター協会の理事長を辞職し、その後すぐさま姿を消した肥えたブタ。


 そんな豚が、この国にやってきたのである。


 ........正確には、密入国しようとした。


 どうも、POL(ポーランド)の貨物物資の中に紛れ込んで、うまくここまで来たそうだ。


 物資の点検を行っていたダークエルフが気づいてくれてよかったよほんと。


「ハハハ。手厳しい言葉だな。まぁ、貴方からすれば、俺は腐れファック共の頂点に立っていた豚。そう言われるのも仕方がない。だが、俺の話をまず聞いて欲しい。俺は決して、ミスターグレイや日本帝国と事を構えるつもりはなかったんだ」

「あ?グレイちゃんに喧嘩を吹っ掛けておいて、何様のつもりだてめぇ。この場で息をすることを許しているのは誰だと思ってんだハゲ豚」

「リィズ、ステイ。とりあえず話とやらを聞いてみようじゃないか。豚の囀りが聞ける機会はそうそうないぞ」

「感謝する」


 そうして、豚........セリッドは話し始めた。


 マルセイユでテロ事件を起こしたとはいえど、人類の目標であった五大ダンジョンを二つも攻略。


 世界のダンジョンを管理するハンター協会としては、本来犯罪行為である五大ダンジョンの攻略に目をつぶってでも俺を表彰して連携を強める価値はある。


 現在日本は世界の敵となりつつあり、ハンター協会から多少の口添えをすればいらない戦争も減るだろうからメリットがあるだろう。


 もし断られたら、その時はその時。相手も日本の頭をやっている以上、手放せない仕事はあるだろうから。


 簡潔に言えば“乗ってくれたらラッキー。断られたらご縁がなかった”程度で済ませようとしていたそうだ。


 俺を利用しようとするその魂胆は気に入らないが、このオッサンだって立場や組織としてやらねばならない仕事がある。


 俺だって訳の分からん仕事を押し付けられたりするんだから、それに関しては目を瞑ることにした。大変だよな。組織のトップって。


 で、ここからが問題である。


 本来この交渉はセリッド一人で行う予定だったのだが、その話をどこから聞き付けたのか幹部連中が横槍を入れてきたらしい。


 ハンター協会で理事と言う身分には着いているものの、所詮はお飾りの玉座。つまり、彼らを牽制できるだけの権力は有していないのだ。


 そして、俺に電話をした奴が要らんことを話したらしい。


「俺の責任は確かにある。世の中には想像を絶する馬鹿がいるのだと理解していなかった。既にハンター協会から身を引いた身ではあるが、謝罪する。面倒事を引き起こして本当に申し訳なかった」

「嘘は言ってないねぇ........」


 相手が嘘をついているかどうかを確実に見抜くリィズが、この話は嘘ではないと言っている。


 つまり、彼もまた被害者なわけだ。自業自得ともいえなくは無いが、バカに振り回された哀れな天使なのである。


「なるほど。大体の内容は理解した。謝罪も受け入れよう。どうせあんたに謝られても、何にもならんしな。で、そんなことを伝えに態々密入国してきたのか?」

「いや、雇ってもらおうかと思って」

「........は?」


 何言ってんだこいつ。


「俺をこの国の住人にして欲しい。もちろん、仕事はしっかりとするし、必要なら俺のコネも使ってくれて構わない。俺の持つコネクションはきっと役に立つはずだ。ミスターグレイ。それは既に証明した」

「........あぁ、なるほど。POL(ポーランド)に大きなコネがあったわけね。で、POLは俺達との関係悪化というリスクを飲んででも、密入国に便宜を測ったのか。普通に来いよ。そんなコネがあるなら」

「できる限り人目に付かないようにしたかったんだ。セリッド・アークロイスの名は、俺が思っている以上に大きいんでね」


 この国をある種恐れているPOL(ポーランド)相手に、ここまでのリスクを飲ませられるとは、こいつ結構すげぇな?


 ハンター協会からの権力を捨てたにもかかわらず、そのコネクションを使えると考えると余程の根回しがしっかりとしていたのだろう。


 うーん。この国から出る手段は相当限られているし、エルフのような力がないと出ることは不可能。


 となれば、万が一コネを使う時が来た時のために、コイツを確保しておくのもありか?


 それに、各国の世界情勢やらやり方を熟知しているだろうから、王たちへの知識の提供もできるだろうしな。


「この国に来て、あんたは何がやりたいんだ?」

「........あー、パン屋さんをやりたい。昔からの夢なんだ。エリート家計に生まれ、エリートの道を進まざるを得なかったから、諦めてたんだがいい機会に出逢えたよ」

「........これも嘘じゃないねぇ」


 マジかよ。こんなナリしてパン屋さんをやりたかったのかよ。


 なんとこのおっさん。さっきからキャラがブレブレだぞ。


「なんでパン屋に?」

「昔、勉強に疲れて家を飛び出たことがあってな。俺は当時、自分の屋敷の中しか知らないボンボンだった。金がなきゃものが買えないことすら知らないような馬鹿だったんだよ。で、腹を空かせて街を歩いている時、ちょうどパン屋の横で座っててな。おばちゃんが廃棄寸前のパンをくれた。あれほど俺の世界観を変えてくれたパンは無い。それ以来、俺はそんな子供にパンを分け与えてやれる大人になろう。そんなおばちゃんにパンを渡せるパン屋になろうと思ったんだ。だが、生まれた家系が悪かったな。俺に、そんな選択の自由はなかった」

「........」

「ハンター協会の役員になってパン屋の道は閉ざされた。だが、俺はあの日貰ったパンの味を忘れてはいない。ハンター協会で偉くなって、ハンター協会のあり方を変えて、多くの子供にパンを分けてやろう。そう考え、理事にまで上り詰めた。が、人間っての神も見捨てるほどに哀れで醜いらしい。ハンター協会のイメージアップとか色々とメリットになりそうな言葉を並べて、パンを食料を分け与えようとしても奴らの次に出てくる言葉は“金”だった。結局、邪魔をされ、横領をでっち上げられたりと色々妨害されたさ。俺は........俺は疲れたよ。全てを投げ出して、誰も俺のことを知らない小さな街で、手の届く範囲でパンを作り子供たちを笑顔にする。最後ぐらい、夢を追いかけるのも悪かない。そう思ったのさ」


 ........なんか、普通にいい話なんだけど。


 いや、泣ける話では無いんだが、ちょっとおっさんに“豚”とか言ったのが申し訳なくなるぐらい良い奴じゃないか。


 リィズが何も言わないということは、この話も全部本当。


 まじで、パン屋になりたかったんだな。この人。


「そういえば、10年ほど前にハンター協会の資金を横領した容疑でEGY(エジプト)政府から拘束されていましたね。記事で呼んだ記憶がありますし、結局でっち上げだったことが証明されて、その主犯が捕まったと記憶しています」

「で、その誰も知らない土地にココが最適だったわけか。そんなにパン屋をやりたいのか?」

「まぁ、昔からの夢だからな。こんな小太りのおっさんでも、少年時代の心は忘れないものさ」


 うーん。裏切りとか、内通者の可能性も考えたが、流石に目立ちすぎるしそんな馬鹿なことはしない。


 そして、こいつは自分のメリットをしっかりと述べた上でそれを使ってくれて構わないと言っている。


 それじゃ、最後の質問かな。


「俺がマルセイユテロを引き起こしたことについて、どう思ってる?」

「クズだ。死ねテロリストめ........と言いたいところだが、あんたを実際に見て見て分かった。そういうことはしない人間だろ。ミスターグレイ」

「根拠は?」

「長年色々なハンターや権力者を見てきた者の“勘”だ」

「プハハハハ!!合格だ。いいぜ、この国でその夢の続きでも追ってみろよおっさん」


 俺はそう言うと、フランスパンを具現化しておっさんに放り投げる。


 そして、席を立った。


 こういう人間は嫌いじゃない。いい夢があるじゃないか。


「パン、楽しみにしてるよ。あとはレミヤ任せた。夢をおわせてやれ。変なことに巻き込んだらお前をスクラップにするからな」

「かしこまりました」


 こうして、ハンター協会の元理事は日本国民となった。


 まさか二十年後にはエルフの美人な奥さんと元気な子供が二人できて、この国で最も人気で困っている人を助ける素晴らしいパン屋になるとは俺も予想してなかったけど。





 後書き。

 セリッド。めっちゃいい奴で有能。

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