スタンピード

オレゴン州ポートランド


 カルフォルニア州出の騒動により、USA国内はさらに混沌を極めている。


 未だに権力にしがみつこうとする老害共と、それを阻止しようとする民衆の対立は日に日に過激さを増して遂には革命戦争にまで発展し始めていた。


 もう滅茶苦茶だよこの国。


 しかも、政府とバチバチにやり合いながらも人々はMEX(メキシコ)への制裁も望んでいる。


 物理的に分断されたUSAの被害を作った犯人にして、政府と強いつながりを持っていたエルデンの連中が引き起こした騒動までもが合わさって何もかもがグチャグチャである。


 が、俺には関係の無いことだ。ハルデン政権が崩れようが、各国のパワーバランスが崩れようが知ったことでは無い。


 戦争が起きたとしても、それは政府の責任であるのだ。


 おかしいな?最初は交渉をしていただけのはずなのに、いつの間にか俺という存在を忘れて革命戦争が起きている。


 国の情勢というのはかなり大変なんだなー。そんなにどうでもいいことを思いながら、俺はローズの実家があるオレゴン州ポートランドにやってきていた。


 マリー・ローズ・ゴリアテ。


 気功術と呼ばれる魔力を別のエネルギーに変換して戦う新たな武術の師範代にして、見た目が強烈すぎるオカマ。


 武者修行の旅に出ていた途中で父が疾走したことを知り、その後は父を探す旅に目的が変わっている。


 その中でアリカに命を助けられ、いつ間にか俺の部下になっているという異色の経歴の持ち主だ。


 何気に、俺たちに出会う前からアンダーグランドの世界に生きてこなかった数少ない常識人枠のオッサンでもある。


 見た目さえ気にしなければ、男と女の両視点から物事を考えて話してくれるいい人なんだよな。


 人の好き嫌いが激しいリィズが結構ローズの事を気に入っていたりするし、意外と世渡りが上手いタイプの人間なのかもしれない。


 問題は、彼女も他の部下達と同じく俺の話を全く聞いてくれないことぐらいか。


 二回目のUSA革命が起きたのは、俺が狙ってやった訳じゃないと何度言えばわかるんだ。


「オレゴン州は様々な景色を見せてくれる土地なのよん。風に吹き晒される太平洋湾岸に、カスケード山脈のゴツゴツとして氷河に侵食された火山。マルトノマ滝などの多くの滝に、深い常緑樹の森。州の東部の大半でグレートベースンまで広がる高原型砂漠。そして、数多くのダンジョンまで。ありとあらゆる環境が揃っているから、修練に関しては場所に困らないわねん」

「風に吹かれて火山の熱に耐え、滝行で身体を鍛えるってか?俺には到底出来なさそうだな」

「クレーターレイク国立公園があったはずだよな?ダンジョンによってかなり魔物が溢れてきてしまう土地になっていたはずだが、そこも修練場所として使われていたりするのか?」

「その通りよん。私も昔、魔物が溢れる国立公園の中にぶん投げられたわん。一歩間違えたらあの世に行っていたわねん」


 その言い方だと、親に無理やりぶん投げられた様に聞こえるんだが。


 グラップラーの世界かな?千尋の谷に我が子を突き落とす最強の父親みたいな。


 場合によっては虐待だぞ。今は26世紀ですよー。


「私の生まれ育った道場であり門派のゴリアテ気功術は、第一次ダンジョン戦争が終わって割とすぐにできた道場で、485年の歴史があるわん。初代当主にして、歴代最強とまで言われるロゼッタ・ゴリアテは、たった一人で何万もの魔物の軍勢を殲滅したと言われているのよん」

「聞いたことがありますね。踏み込めば大地が割れ、拳をつき出せば山が消える。未だかつてないほどに規格外の人物で、人を殺すのは呼吸一つで十分であると」

「漫画の世界からやってきたんじゃないかって言われていたな。そんな馬鹿げた一族の子孫が、こんな女々しい格好をするようになるなんてご先祖さまも頭が痛いだろうよ」

「なぁ、ローズ。ローズは兄弟とかいるのか?」


 ふと、アリカがそんなことを聞く。


 そういえば、ローズの実家の話は少し聞いたことがあるが、家族構成については1歳聞いた記憶が無いな。


 親父さんを探していると言うのは聞いているし、木偶情報屋に色々と調べてもらっているが、その足取りは掴めていない。


 あのおばちゃんですら見つけられないとは、相当自分を隠すのが上手いようだな。


 大都市に顔を少しでも出せば、あっという間に特定されてしまいそうなものなのに。


「兄がいるわん。それも、凄まじく強い兄がねん。私には及ばないけれども、Sランクハンターの称号を持っていてもおかしくは無いほどに強いわよん」

「それじゃ、今はそのお兄さんが道場の師範代を勤めているのか?」

「そうなるわねん。私の母は既になくなっているから、兄が結婚とかをしていなければ今回会える親族は兄だけになるわよん」

「ローズのお兄さんか。どんな人なのか気になるな」

「ネットに画像が落ちてますよ。見ますか?」

「いや、こういうのは自分の目で見てみたいだろ?辞めておくよ」


 ローズの家は超有名一家。ネットで検索をかければ、あっという間に顔が出てくる。


 しかし、それを見てしまったら楽しみが薄れてしまうというものだ。こういうのは、何も知らない状態で見てみるから面白いんじゃないか。


 俺の予想では、ローズのように限界までゴリゴリなおっさんが出てくると思っている。


 みんな大好きシュワちゃんの倍ぐらい筋肉ムキムキだったら面白いな。


 だってローズの兄だよ?絶対ムッキムキのおっさんだって。


「........え、これが兄?」

「そうですよ。私も初めて見た時は驚きました」

「えぇ........違いすぎるじゃん。予想と違いすぎて困るわ。と言うか、これ本当に────」

「ジルハード、ネタバレ良くない」

「おっとすまねぇボス。つい気になって見ちまった。実際に会えるまでは黙っておくよ」

「そうしておいてくれ。こういうのは、想像するから楽しいんだろう?」


 俺はそう言うと、ジルハードの反応からして絶対にゴリゴリムキムキのマッチョが出てくる事がないと分かり、少しだけガッカリするのであった。


 ローズと似ていると思ったんだけど、違いそうだ。となると、想像するのが難しいな。




【クレーターレイク国立公園】

 オレゴン州南部に位置する米国の国立公園である。1902年5月22日に米国で5番目の国立公園として設立された。公園の面積は741 km²(286平方マイル)。公園にはクレーターレイク(直訳: 火口の湖)と呼ばれるカルデラ湖がある。クレーターレイクはマザマ山の噴火活動によって形成され、最深部は597 m(1,958フィート)であり、米国で最も深い湖で世界で7番目の深さである。湖自体の平均標高は1,883 m(6,178フィート)である。クレーターレイクは、流入・流出河川を持たないために湖水は通常は極めて青く澄んでいる。

 この世界では湖の中にもダンジョンが生成されており、数多くの魔物が溢れている。強さはそこまででは無いものの、一般市民の立ち入りは禁止。その代わり、ゴリアテ道場の訓練場として使われている。




 ローズの実家であるオレゴン州ポートランドにやってきた俺達は、早速道場へと向かった。


 都心部からは少し離れ、ギリギリ田舎かどうか微妙な土地の場所にやってきた俺達を迎えてくれたのは、くっそデカい道場である。


 広っ。東京ドーム何個分あるんだよ。


 そう思わせるほどに大きな道場。目の前には門があり、その前には門番と思わしき人物が立っている。


「ここがゴリアテ気功術の道場よん。ちょっとまっててねん。連絡はしたから、今兄が出てきてくれるはずよん」

「滅茶苦茶広いな。見ろよ。地平線の彼方まで道場を囲む塀が続いていやがる。1体何人の門下生がここにはいるんだ?」

「大体2~3万人かしらねん?全世界から己の中に眠る才能を過信したハンター達がやってきては、現実を突きつけられて帰っていくわよん。ボスのように体内に気功を貯められる人はかなり少ないのよん」

「そういえばボスも気功術を使えたな。しかも、僅か一日で。どうなってんだボスはよ。」

「使えるって言うか、最低限の基礎だけ教えてもらった感じだけどな?単純な身体強化ぐらいしか俺は使えないし」

「それすら出来ない人がいるから、ボスは凄いと言っているんじゃないんですかね?」


 あれは偶然だよ偶然。


 確かに人よりも慣れることは早いが、俺はそれ以上のことが出来ない。数多くの手札を持って入るものの、どのカードも微妙すぎて使えないのだ。


 なにかに突出した奴の方が圧倒的に強い。正しく、器用貧乏の体現者と言えるのが俺である。


「グレイお兄ちゃん。なんやかんや薬学の事も基本知識は抑えているからなー。それ以上のことは出来ないが」

「正しく万能な人ですよね、主人マスターは。本当は全知全能の神ゼウスの生まれ変わりだったりしないのですか?」

「こんなヒョロヒョロっとした全知全能の神ゼウスがいてたまるか。それと、俺は神に成り下がる趣味はないぞ。人を見せ物にして楽しむ傲慢な神に堕ちるぐらいなら、まだ悪魔の方がマシだ」


 あの腐れ神が。俺を異世界に吹っ飛ばしてくれた挙句、世紀末もいいところの世界を選ぶとは。


 本当にめちゃくちゃだぞこの世界。何が悲しくて俺はこの世界の者達にケツを狙われなきゃならないんだ。


 そんなことを思いながら話していると、キィと門が開かれる。


 音がした方に目を向ければ、そこにはクッソ美人で可愛い少女のようなが立っていた。


 見た目はどう見ても女だが、骨格や立ち姿が明らかに男の立ち方だ。歩き方も男に見えるし、こいつ、女装しているな。


 それにしても、女装があまりにも似合いすぎている。身長も俺より低いし、気づかない人は気づかないだろう。


「マリー!!帰ってきたんだね!!」

「兄さん!!久しぶりだわん!!」


 感動の再会を果たし、お互いにハグをし合うおっさんと少女。


 警察に通報した方がいいかな?ハローポリスメン。女装した少年が女装したゴリゴリのおっさんとハグしていますって。


 いや、警察も困るか。何を言っているのか訳分からなくなりそう。


「兄さん........?兄さん?!グレイお兄ちゃん、今兄さんって言ったよな?!」

「言ったな。立ち姿や歩き方から、どう見ても男だぞアリカ。パッと見女の子にしか見えないけども」

「あれが門主のシャール・ローズ・ゴリアテらしいな。写真を見た時、なんの冗談かと思ったぜ」

「んー、確かに男の人の匂いがするね。でも、かなり女の人の匂いにも近いかも。凄いや」

「兄弟でここまで女装姿に差が出るんですね........と言うか、なぜに女装........」

「この調子では、ローズさんの父も女装されている可能性が高いですね」


 たしかに。この趣味とは親が大きな影響を与えることも多い。


 父親が女装趣味の変態で、子供に移ってしまったとか有り得そうだ。


 俺は、半泣きしながら抱き合うおっさん(女装)を見ながら、小さくため息を吐く。


 ローズ一家はキャラが濃いな。もしかして、門弟になる条件が女装とか無いよな?流石にないよな?

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