エルフの森 下
人類の王
エルフの国が想像以上に腐っているかもしれないと言う事が判明してから1週間後。
俺の“こいつらグルなんじゃね?”と言う死ぬほど無責任で適当な言葉を信じてしまったアバート王は、本当に保守派の弾圧を始めた。
それほど“
........はずだったのだが、どうも調べた感じ本当に
いや、うん。まぁ、いいや。
結果的にエルフの国の浄化に繋がったならそれでいいか。
俺達を前に1人で気持ちよくなっていたエルフのジジィはなんの繋がりもなかったらしいが、ノース村長と喧嘩をしていた長老の1人はガッツリ絡んでいたそうで、今は拘束されて牢屋にぶち込まれている。
エルフの王を呪殺しようと試みたのも彼らしく、あっという間に俺の信頼度がうなぎ登りになってしまった。
「俺、ただトラブルに対処してただけなのにどうしてこんな事になっちまったんだろうな.......まだこの国に来て1週間しか経ってないのに、なんで英雄として持ち上げられてんだ?」
『ピギー........』
「ピギーも理解出来ないよな?呪いを解いた事で感謝されるのはまだしも、この国の膿を取り出すことに協力した覚えはないんだけどなぁ........」
『ピギッ』
ここは、俺たちに与えられている部屋のベランダ。
ボスの話を全く聞かず、それどころかおれがいかに素晴らしい人間なのかを布教し始めている問題児達が部屋の中で待機している。
俺は、そんな問題児達からは聞こえない場所で愚痴を呟きながらのんびりとタバコを吸っていた。
ピギーと俺は繋がっているので、何となく俺が望んでやった事では無いと気付いているのだろう。ピギーの声は、とても優しくかった。
なんで毎回望みもしない展開に巻き込まれてんだ俺は。しかも、今回はドンパチに巻き込まれて何処かから恨みを買うとかではなく、何故か世界の救世主として祭り上げられてしまっている。
王の病気が呪いだった事も今回の騒ぎがあったせいで公表され、その呪いを俺が解いた事までエルフ達には知られてしまった。
更には王が“この世界を救う英雄たる存在だ”と言ってしまったがために、エルフ達も俺を英雄視し始める。
アーサーってこんな気分だったんだろうな。望まずして世界の英雄になってしまうやつの気持ちがよく分かるよ。
かたや世界最悪の犯罪者、世界が違えば世界を救う救世主。
世界によって俺の扱いが違いすぎて風邪を引いてしまいそうだ。もう少しアップダウンをゆっくりしてくれませんかね?
「で、これからどうしたらいいんだ?エルフの国は1週間で保守派がほぼ全滅。まだ過激派が抵抗を続ける声明を出した上に、俺を悪として布教しているらしいけど、世間では保守派は完全なテロリストとして扱われている。民意ってのは一瞬で移り変わるんだな。特に、エルフの国みたいな情報社会では無い国家では」
『ピギー、ピギッ!!ピギー』
「え?昔見た世界もそう変わらない?そんなもんか。所詮世界はどうしようもないというわけだな」
つい一週間前までは、保守派もエルフの国のことを考え、エルフの国と世界樹のために力を尽くすと言った良き派閥というイメージが民衆に根付いていた。
が、エルフの王の暗殺及び、その世界のテロリストの根食いとのアン役が明らかになった瞬間、民衆の手のひら返しは凄まじい。
保守派を支持していたエルフ達はあっという間に改革派に寝返り、更にはそれでも保守派を支持しようとするもの達を独断で断罪し始めようとしている。
やっている事が完全に魔女狩りだ。
ここは16世紀の地球ですかね?今は26世紀ですよ。1000年も前に戻ってますよ。
ヨハン・ヴァイヤーさん。“悪霊の幻惑について”の執筆まだですか?
そんなわけで、改革派が右翼になりつつあるとか言う意味不明な状況になっているのがこの国の現状だ。
俺はタバコを吸い終わると、部屋に戻る。
ここから先をどうしたものか考えるが、何も思いつかない。最初とはかなり計画が違っているので、もうどうしようもなかった。
「グレイちゃんグレイちゃん。これからどうするの?」
俺が聞きてぇよ。これからどうなんるだよこのダンジョン攻略。
エルフとドンパチやろうとしてたら、国家転覆ゲーム始まってんだから困ってるんだよ。
とは流石に言えないので、適当なことを言っておく。
俺は仮にもこの
まぁ、みんなボスの話聞いてないんだけどさ。
「エルフの国はほぼ陥落した。なら、次は?」
滅茶苦茶曖昧な事を格好つけて言う俺。しかし、俺も学んでなかった。
この都合のいい頭を持っている彼女たちは、これだけで俺の何も考えてない頭の中を正確に理解してしまう優秀な人財だったと言うことを。
いやー、何も考えてない俺の頭の中を読むなんて流石だね!!(諦め)
「........なるほど。流石はグレイちゃん。そういうことだね?」
「........?あぁ。そういう事だ」
「という事は、俺の出番っすか。ココ最近はボスばかり活躍してるんで、偶には配下にも活躍の場をくださいよ?という訳で、レミヤ姐さん、手伝ってください」
「了解いたしました。では、
うんうん。部下が優秀で助かるなー(白目)
適当に言ったらなんか理解されたんだけど。もしかしてこれ、ドッキリだったりする?
今までの経験上、こういう時は大抵ろくな事がない。
絶対面倒な事を押し付けてくるって。
でも、吐いたセリフは止められない。“やっぱ無しで”とか言える雰囲気では無いのだ。
日本人の悪いところが出たな。空気読みテストとか作る前に、空気読めないテストを作った方がいいよ。
「んじゃ、俺達は待機か。暫くはボスの護衛とエルフ達との交流を深めるべきだな」
「ヘマすんなよジルハード。グレイちゃんがせっかくエルフの国を好き勝手出歩けるようにしたんだからよ」
「分かってるって。流石に俺もそこまで馬鹿じゃない。んじゃ、行ってくるわ」
「私も行こうかしらねん。最近、兵士達とよく話すのよん」
「私は待機かな。弱いし、護衛も必要になってしまうから。暇だし、色々と実験してみるか。世界樹の葉が手に入ったら楽しいんだけどなぁ........」
「ダメですよアリカさん。貴方、このダンジョンに来て何をしたのかお忘れでは無いですよね 」
「分かってるって。だから我慢してるだろう?色々と」
「儂は寝てようかの」
「私も待機ですかね。ボスの護衛を続けます」
そう言いながら、思い思いに行動を始める仲間達。
レイズがすごく心配だが、まぁ、本人がやる気なら任せてしまっていいだろう。言葉に関してもレミヤがサポートしてくれるらしいし、なんとかなるやろ。知らんけど。
【ヨハン・ヴァイヤー】
プロテスタントの医師。若い頃ハインリヒ・コルネリウス・アグリッパの弟子であった。魔女裁判に反対した最初期の人物として知られる。主著は『悪霊の幻惑、および呪法と蠱毒について』
魔女狩りに反対しつつも“裁くものもまた悪魔に踊らされている”として配慮を怠らなかったことにより、魔女狩りを行うもの達からも支持を受けていた。ある意味、世渡りが上手い人と言える。
グレイの言葉をどう捉えたのか、レイズとレミヤは早速行動に移していた。
僅か2日で保守派の力を削ぎ、あっという間に改革派を与党としてエルフの国に君臨させたグレイ。
その手腕は結果だけを見れば誰もが目を見開いで驚くだろう。
保守派だの改革派だの言っているが、要は与党を潰して野党に力を持たせたのだ。
しかも、それを国民では無いものが行っている。
ある意味これは政治的テロとも言えるもので、グレイがいかに優れたテロリストかというのを証明していた。
「おぉ、レイズ殿にレミヤ殿ではないか。どうかしたのかな?」
「随分と顔色がよくなられたようで........ご体調はどうですか?」
「うむ。グレイ殿のお陰ですっかり良くなった。やはり、病ではなく呪いだったようだな。まだまだ体が細く弱弱しい見た目ではあるものの、後数週間もあれば元に戻るだろう」
そんな政治テロを引き起こしたグレイが次に何を望むのか。
レイズとレミヤの2人は多くを語らなかったボスが何を望むのかを知っている。
エルフとの信頼関係は手に入れた。抵抗勢力はまだ残っているものの、排除されるのも時間の問題だろう。
次に必要なのは、この世界に住む他種族達を取り込む手段。
エルフという後ろ盾を得て、人間という種族の優位性を証明するのである。
別にレイズもレミヤも人間至上主義者では無い。そもそも1人は人間ですらないし、彼らは人間の汚い部分を多く知っている。
が、他種族よりも優れた絶対不変の存在は知っている。
レイズ達は、グレイ至上主義者なのだ。
「それは良かったです。エルフの王にはまだ健在で居てもらわないと困りますからね。今王に倒れられてしまえば、再びエルフの国が崩壊の道を辿ることになってしまいかねませんから」
「ハッハッハ。後300年ほどは生きなければな。床の上で死を待つのみであった私に再び生を宿してくれたグレイ殿には感謝しかないよ。それで、何を交渉しに来たのだ?」
「この世界には世界樹を喰らおうとする勢力が存在し、この世界の者達は力を合わせなければならない状況にあると聞きました。違いないですか?」
「うむ。
邪神はおそらくニーズヘッグ。世界樹の根を食べる竜が、この世界を侵食している。
この世界が
が、エルフだけで討伐することが不可能と考えられている相手に9人で挑むほど馬鹿ではない。
ボスの策略があれば可能かもしれないが、それでも犠牲は避けられないだろう。
なので、ボスは使える戦力を全て使うつもりだ。
彼のやり口は、いつだって周囲にあるものを全て使って最善を尽くす。
「そこでボスからの提案です。我々人類とエルフは既に協力関係にあると言っても過言では無い。過去に戦争をした我々ですら、今はこうして手を繋ぎ歩いている。聡明な他種族の方々も同じことができるでしょう。ですが、それには時間を要する」
「そうだな」
「ですが、世の中には我々の想像を超えた者が存在するのも事実。ですから、我々を人類の代表として認めていただき、エルフと対等な協定を結んだ後外交官としての地位を頂きたいのです。そうすれば、我々の主人が手を繋ぐ架け橋となってくださるでしょう」
それは、あまりにも図々しすぎる提案。
地球では世界最悪のテロリストとして知られる自分達を、この世界では人類の王だと認めさせた上で、エルフと対等な協力関係を結ばせる。
それだけに留まらず、エルフの外交官としてエルフの後ろ盾まで寄越せと言っているのだ。
普通に考えればこの提案は、頭の正気を疑うレベルの暴論。
しかし、わずか二日でこのエルフの国を安定させた実績を持つグレイがその役目を果たすとなると話が違う。
アバートは事実、グレイが人類の王と言っても過言では無いと認識しており、更には名誉議員として長老たちと同じ権限を与えようかとも考えていたのである。
(おそらく、ここまで見越して動いていたんでしょうね。さすがはボスっす。いや、ボスの事だから、これより先の出来事も全て計算されているっすね。エルフのダンジョンの攻略を始めてまだ一ヶ月も経っていないというのに........恐ろしい人ですよ)
もちろんグレイはそんなことを見越してなどいないし、この先の事も何も考えていない。
が、積み重ねてきた実績が全てを物語っている。
本人からすれば、責任と期待だけが膨れ上がっていい迷惑だろうが。
「外交官と言うと、他種族との交渉を行う立場というわけだな?........なるほど。実に面白い。彼は本当にこの世界を救うつもりでいるのだな。まるで神のようだ」
「俺たちからすれば、ボスは神も同然ですよ。何せ、俺達も助けられた側の人間なので。出会いこそ最悪でしたがね」
そう言いながら、レイズは予め用意しておいた契約書を取り出す。エルフ語を学習したレミヤに見てもらいながら書いた、エルフ語の契約書だ。
そこには様々なことが書いてあるが、要は先程言ったことを文面に起こしただけである。
「ご確認が出来ればサインを。契約書残すことで、我々の信頼性も上がるので」
「分かっている。どれどれ........」
こうして、グレイは別世界の王となった。
史上最悪のテロリストは、
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