生きた伝説


 ROU(ルーマニア)にやって来た俺達は、観光を楽しんだ。


 あのクソッタレな街グダニスクに毒されて国から恨みを買ったりしないことを“平和”だと勘違いしていた俺は、真の平和を思い出したのだ。


 街中を歩いていてもヤク中ジャンキーに絡まれることなどあるはずも無く、顔こそ隠さなければならなかったが人の死体を見ることもない。


 いやー、平和だよ。本当に平和。


 移動中も楽しくワイワイと皆で騒いでいたし、観光地でも誰かに絡まれることもない。


 平和っていいよな。毎日街を歩けば銃を振り回すアホ共とダンスを踊る羽目になっていたグダニスクとは大違いだ。


 そうだよ。平和とはこういうことを言うのだ。


 間違っても、ドラゴンにケツをローストされかけた後にどこからも恨みわ買わなかったからと言って“平和だな”とか言うものでは無い。


 ROUは比較的治安のいい国だ。多少の殺人や強盗こそあれど、それはどこの国でも起こっている事なのだ。


 グダニスクがおかしいだけで、普通は街中を歩くだけで殺し合いが始まる街などあってはならないのである。


 グダニスクに毒されすぎて“平和”の基準がおかしくなっていた俺だったが、ようやく真なる平和の意味を思い出せてとても満足であった。


「いやー、楽しかったな。流石に全ての観光地を回るのは無理だったけど、久しぶりに平和を実感した」

「そりゃあの街と比べたら大抵の国は平和さ。言っておくが、グダニスクがおかしいだけだからな?街中を歩くだけで殺し合いが始まるような世紀末な街で“平和”を感じることは無いからな?」

「分かってるさアリカ。でも、ここからは日常に戻る。誠に残念ながら、この世界に生きる俺達に平和は贅沢品なんだよ........あぁ、このほのぼのとした世界を堪能した後になんでテロリスト共の権力争いに関わらなきゃならんのだ」


 平和が贅沢品とか、もう終わりだよこの世界。


 ........いや、日本に住んでいたから平和を日常として捉えていたのかもしれんな。世界屈指の治安と言うのは、案外他国から見たら贅沢品なのかもしれない。


 そう考えると、グダニスクこそ前の世界での日常だったのか?


 ........いや、流石にそれは無いわ。だって何もせずとも銃をケツにぶっ刺して来るような街だし。


「えへへー。グレイちゃんとの旅行は楽しいね。正直観光地とかどうでも良かったよ。凄く楽しかった」

「それは良かったよリィズ。またこういう機会があったら、どこかに行くか」

「うん!!グレイちゃんとなら、地獄の底まで一緒に行く!!」


 初めて平和な観光をしたリィズも物凄くご機嫌であり、俺に抱きつくと満面の笑みで頬を擦り合わせてくる。


 リィズは俺以上に平和というものを知らず、幼い頃から実験体として過ごしてきた。


 その為、今回のような旅行はかなり新鮮で楽しかったのだろう。


 普段以上にテンションが高いリィズは、まるで新たな玩具を買ってもらった子供のようであった。


「こういう日も悪くはねぇが、肝が冷えるな。追われる立場だからか、周囲に気を配るのが大変だったぜ」

「少しでも騒ぎを起こして人目に付くと面倒になるっすからね。皆結構はしゃいでいたので、バレないか心配でしたよ」

「おめェもカジノではしゃいでただろ。素人相手にポーカーで金を巻き上げやがって」

「いやいや、おれはそこまで酷くないですよ。何せ、その巻き上げた金、全部ボスに取られましたからね。あの人、ポーカーが上手すぎるんですけど。こっちのブラフは当たり前のように見抜いてくるし、手が強い時は限界まで搾り取ってくる。途中からボスが強すぎて少しでもボスが掛け金釣りあげたら皆降りてましたよ」

「あぁ........確かにボスは滅茶苦茶強かったな。低レートで助かったぜ。俺もレイズも損失は10万ゴールド位で済んだからな」


 俺がリィズに構っている横で、財布の中身を見てため息を着くジルハードとレイズ。


 3日目の夜に“カジノ行こうぜ”と誘われた俺は、カジノで大暴してしまったのだ。


 流石にブラックジャックでカウンティングとかはしなかったが、ポーカーは客と客の対決。


 つまり、どれだけ巻き上げようが店から追い出されることもないのである。


 レイズとジルハードは俺から金を巻き上げてやろうとしていたが、逆に10万ゴールドも巻き上げられてしまった。


 いやー、弱い弱い。


 イカサマでしか勝てない雑魚と、単純にこういう勝負が下手な雑魚。


 少し表情を見ればブラフかそうでは無いかなど簡単に分かるので、途中から楽しくなって巻き上げまくってしまった。


 一般客も弱い人が多く、途中から俺の独壇場。人間観察とそのくせの見抜き方を教わり、さらにポーカーの基礎をきっちりと叩き込まれた俺に死角は無い。


 とはいえど、結局は運ゲーだからちょくちょく負けていたけどね。


「うふふーん。意外とROUの服も悪くないわねん。実にいい買い物だったわん。それに、お揃いの物も買えたし楽しいショッピングだったわねん」

「確かにそうですね。私たちは基本自由な服装を許可されていますが、ここぞと言う時はしっかりとした服装を着ることも大事です。ローズにしてはいい提案でしたよ」

「そうでしょう?ボスも結構気に入ってくれたからよかったわん。明後日の仕事では皆これを来て行きましょう?」


 1人大量の紙袋を持ちながら買ってきた服を眺めるローズと、それを見ながら紅茶を入れるレミヤ。


 基本的に俺達は自由な服装でOKとなっているのだが、服屋さんでショッピングをしていたローズが“仕事用に皆で服揃えてもいいんじゃない?”と言い出したのが発端で皆でスーツを作ることになったのである。


 デザインはローズに任せた(やりたいと煩くて拒否できなかった)のだが、割と普通のスーツで驚いたね。


 正直、スーツ(ゴスロリ)という可能性も否めなかったから。


 某黒い港に出てくる元警官の中国マフィアが着るような真っ黒なスーツは、耐久力の面を考慮して激しい動きに強い魔物の素材で作られている。


 しかも、靴には衝撃吸収材が入っており、なんと靴だけで6万ゴールドもする代物。


 全身合わせると一人お値段約30万円以上もし、全員合わせて300万近く掛かっている(全部ローズ持ち)。


 滅茶苦茶早く仕立てて貰った為、かなりお金が吹き飛んだらしいがこれは普通に事務所の金から補填してあげようと思っている。


 普段通り頭のおかしい服装をしているローズにしては真面目な提案だったし、普通にスーツもカッコイイしな。


 何故か俺とアリカだけは全身を覆うコートまで用意されていたけどね。


 アリカはまだ分かる。コートの中に試験管を幾つも刺せる場所があったのでちゃんとした装備なのだろう。


 だが、俺は“ボスだから”という理由でコートを用意されたのだ。


 いや、ボスだから何?


 お飾りのボスなんだから、特別扱いしなくていいんだよ。態々俺に似合う帽子ハットまで用意しやがって。帽子選ぶだけで1時間も使うんじゃねぇ。


 そんなことを思っていると、おなかが空いたのかスーちゃんとナーちゃんが冷蔵庫を漁り始める。


 もちろん、この旅行で二人のきぼうはできる限り叶えてあげた。


 ........まぁ大体が“これ食べたいあれ食べたい”だったけど。


「あ、コラスーちゃん。それは皆のご飯だぞ。スーちゃん達のはこっち」

(ポヨン?)

「そうそう。そっちそっち。スーちゃん達はいっぱい食べるからな。冷蔵庫に入り切らなかったから、わざわざ分けたんだよ」

「ナー?」

「え?俺達と一緒に食べたいって?なら、少し早めの夕食にするか。ほら!!お前ら!!飯の準備をしろ!!」

「「「「はーい」」」」


 あぁ、なんて平和な日々なんだ。


 こんな日々がずっと続いてくれればな。俺はそう思うが、そんな贅沢は許されないんだろうと思うと少しだけ悲しくなるのだった。




【ブラックジャック】

 カジノディーラーとプレイヤーの対戦型ゲーム。

 プレイヤーはカジノディーラーよりも「カードの合計が21点」に近ければ勝利となり、配当を得ることができる。ただしプレイヤーの「カードの合計が21点」を超えてしまうと、その時点で負けとなる。

 ブラックジャックは“確率の高い勝ち方”と言うのがあり、カウンティングと呼ばれている。詳しい話をすると長くなるので省くが、カジノでやってバレると普通に出禁になるので注意。




 1週間近い観光で平和を満喫した翌日。俺はアリカとジルハードを連れて止まっている場所から近いピザ屋に来ていた。


 昨日、何食べようとなった時に寄った店なのだが、この店は想像して今よりもかなり美味しく値段もお手頃だったのだ。


 スーちゃんとナーちゃんも“これは美味い”と言ってパクパク食べていたし、グレイファミリーの中では好評なピザ屋である。


「あー、ここからここまでをぜんぶ4枚づつお願いします」

「は、はい。かしこまりました」


 同棲食べきれずとも、スーちゃんが残りを全部食べてくれるのでクソ適当に注文をする俺。


 店員は“こいつまじか”と言いた後な顔だったが、しっかりと金を払う客にそんな事を言える訳もなく普通に会計を済ませる。


 そして、ピザが出来上がるまでのんびりと待つかと思って振り返ると、おれの身体にドンと軽い衝撃が走った。


「お?」

「おっと........すまんすまん。ちょいとお兄さんに見とれておってな。距離感を謝ってしまったわい」


 ペコリと頭を下げるご老人。しかし、俺は何も言葉を返せなかった。


 短く切り揃えられた白髪と、開いているかどうか分からない目なんてどうでもいい。


 問題は、その老人の格好である。


 小学生の頃、体を鍛えるという目的で俺は剣道をやっていた。


 その時に嫌という程着た“袴”。


 それを、このご老人は着ていたのである。しかも、顔の雰囲気も若干今は亡き故郷を思い出す。


「........いや、こちらこそ済まない」

「フォッフォッフォ。おにいさんは随分と懐かしい顔をしておるな........儂の故郷を思い出すわい」


 お爺さんはそうで言うと、優しい笑みを浮かべる。


 ここで俺は気づくべきであった。あまりにも自然に日本語で話されたがために、普通に話してしまったのである。


 で。


「それは何よりだ。俺も、お爺さんの顔を見ると少し昔を思い出すよ。二度と帰れない故郷をね」

「そうかそうか。儂も同じじゃよ。惨めにも負け、故郷を失ったものの一人じゃろうて。それにしても、お主随分とが上手いのぉ」


 ........しまった。


 今まで普通に日本語で会話をして生活してきていたから、久々の日本語を聞いても普通に返してしまった。


 日本は既に滅んでいる。


 500年ほど前に五大ダンジョンの1つが日本を食い荒らしたのだ。


 その後、日本語は世界から忘れ去られ、今となっては歴史の研究に使われる程度にしか言葉を使われていない。


 そんな言語をペラペラと話す俺とこのお爺さん。


 俺たちの間に異様な空気が流れ始めた。


 ここで俺が日本人とバレるのは少々不都合だ。神のイタズラでこの世界にやってきた異端者。既に世界から追われていると言うのに、さらにどこぞのやべー研究機関から追われる可能性も出てきてしまう。


 平和ボケしすぎたな。もっと警戒するべきだった。


「........俺の能力で相手の言語が分かるし、話せるんだよ。これは日本語って言うのかい?」

「フォッフォッフォ........そういう事にしておくかの。今は」


 やばい、完全に疑われている。と言うか、このお爺さんなんで日本語が話せるんだよ。


 既に純日本人はこの世界に俺一人しかいないはずでは?


 そんな疑問が浮かぶが、この状況で聞けるわけもない。


 どうしたものかと考えていると、ジルハードが声を上げた。


「まさか、こんな所で生きた伝説にお目にかかれるとはな。その特徴的な服装と腰に刺した“カタナ”。裏社会で生きていれば1度は聞いたことがある。第一次世界大戦から生きていると言われる、不老の老人。“剣聖”ゴロウ・カミイズミ。日本という国の唯一の生き残りが、なぜここにいる?」


 日本の生き残り?第一次世界大戦から生きているだと?


 訳が分からないが、とりあえずジルハードはこの爺さんのことを知っているようだ。


 俺は、まさか本当に日本人なのか?少しだけ期待しつつ、この状況をどうするのか無い頭で考えるのだった。





 新作上げたので、良かったら読んでね。

 タイトルは

【理論上レベル1でも魔王を倒せる最強(笑)のネタキャラ】に転生したので、魔王軍ルートを開拓したい

 です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る