イカサマ師vsイカサマ師


 その日も彼は路銀稼ぎとして小銭を稼いでいた。


 POLの極悪都市グダニスク。


 ギャングやマフィアで溢れたこの街は、昼間から銃声が鳴り響き、何十人何百人と人が入れ替わる。


 そんな普通の人からすれば生きにくい街ではあるが、悪人や脛に傷持つ者にとっては別天地。


 元MEX(メキシコ)軍人であり、国家安全調査局CISENに所属していた“レイズ・アッカダモン”は小さく心の中で溜息を付く。


(感情に任せすぎたな。感情を操れない奴は必ず失敗するとは言うが、まさかそれが自分になるとは思ってもなかった)


 彼は元々軍人であり情報機関で働いていたが、当時の上司と折り合いが物凄く悪かった。


 軍人として上官の命令は絶対であるが、明らかに不合理で部下の命も考えないような命令を下されれば不満は高まる。


 そんなある日、不満が積もりに積もり無能で無駄にやる気のある上官の頭に風穴を開けたのが二ヶ月前。


 その後、自分のやったことを理解し逃亡。


 彼はその能力の優秀さから、様々な重要な情報を持っていたが為にMEXから追われる立場となったのだ。


 二ヶ月前はマルセイユで起きたテロ事件の事もあり、割と簡単に国を渡ることが出来た。


 そして、今はこうして賭け事イカサマをしながら、自分の居場所を探す旅へと出ているのである。


賭けベットだ」

乗りましょうコール


 今相手にしているのは、バーで飲んだくれていたギャングの三下以下のならず者。


 見るからにバカそうなその見た目は、彼にとってとてもいい鴨である。


 かけ額は銀貨5枚。恨まれない程度で、仕返しに来れば自分の器の小ささをバカにされる丁度いい賭け額だ。


「観戦、いいかな?」


 三下以下の男と勝負をしていると、横から声を掛けられる。


 見た目はそこら辺のギャングやマフィアとは違い、明らかに一般人の風貌をした少年。


 なぜこんな所に居るのかも分からないほど、特徴のない少年ではあるがレイズはその少年の顔に見覚えがあった。


(マルセイユテロを起こした張本人........!!噂は本当だったのか!!)


 今世紀最大のテロ事件を引き起こした人類最悪のテロリスト犯“グレイ”。


 噂でこの街に居るとは聞いたものの、レイズは所詮噂は噂と聞き流していた。


「アン?見世物じゃ........いや、なんでもない。好きに見て言ってくれ兄弟ブラザー。アンタもそれでいいだろう?」

「え?えぇまぁ。問題ないですよ」


 三下以下と言えど、この街で生きていればグレイファミリーの噂やその姿はいやでも見える。


 このバーの常連であったならず者の男は、相手が誰なのかを察すると猫の手を借りたかのように大人しくなった。


 そして、レイズも悟る。


 このそこら辺に居そうな、なのんの変哲もない少年が今このバーで1番の権力者だと言うことに。


 能力を発動していない今、逆らえば何が起きるのか分からない。


 彼は、大人しく首を縦に振るとカードを捲った。


「なぁ、ボス。なんで急に───────」

「ジルハード少し黙ってろ。俺はこの勝負を見るのに忙しい」

「........了解ボス」


 明らかにグレイよりも強そうな風格を持つ男が、たった一言で静かになってしまう。


 実は彼も隠れた強者なのか?ではなぜ自分の勝負を見に来た?まさか、場所ショバ代を取りに来たのか?


 様々な可能性が頭をよぎり、どう対応するのが正解なのか頭の中で考えをめぐらす。


 そんな中でもゲームは続いて行き、結果はレイズの勝ちであった。


「チッ、運が無かったか........ほらよ。銀貨5枚だ」

「確かに受け取りました。またの挑戦お待ちしてますよ」


 順調に負けたならず者もこの場からいち早く逃げ出したかったのだろう。素早く財布から銀貨5枚を取り出すと、さっさと金を置いて逃げて行く。


 出来れば自分もそのまま逃げてしまいたい。が、それが許されるとは思っていなかった。


「ルールはテキサス・ホールデムの1VS1ヘッズアップ。30枚のチップを取り合い、ゼロになった方が負けか。Hey、イカサマ野郎ブラザー。俺とも勝負してくれるかい?」

「........いいですよ。ではこの紙に名前を書いてください。簡単なルールと条件がありますので、それに同意出来ればお相手しましょう」


 そう言って契約書を取り出すレイズ。


 彼の能力“偽りの契約は真実と化すコントラクト”。


 契約書に同意し、名前を書けばその契約内容が行使される能力であり、一部例外を除いてどんな内容であっても必ず行使される。


 この能力があったおかげて、彼は今まで生きてこれたと言っても過言では無い。


 あまりにも強力な能力である為様々な制約があるものの、“賭け事”としてその契約を上手く飲ませることが出来れば後は自分のイカサマ次第。


 使いにくく、やりにくい能力ではあるものの、賭け事が上手かったレイズにとってはとても有難い能力であった。


「へぇ、これが君の能力か。多分、契約内容を強制させる能力だね?」


 あっさりと能力を見破られたが、賭け事に態々契約書を持ち出しているのだから怪しさ満点だろう。


 元々バレる前提で使っている能力なので、レイズは素直に頷いた。


「えぇ、これのお陰で私は生きてこれたので」

「うんうん。確かに不自然な点もなければ、小さく文字が書かれていることもない。ちなみに、俺が条件を出すことは出来るかい?」

「できますが........」

「なら、賭けの対象を変えよう。“負けたら銀貨5枚”じゃなくて“負けたら相手に絶対服従”ってのはどうだ?」

「なっ........!!」


 顔色一つ変えず賭けの内容を変更しようとする少年。しかし、その内容があまりにも重すぎる。


 自分が負ける事を考えないのか?それとも、負けたとしても周囲の部下達が自分を殺すのか?


 そう考え始めたレイズに対して、グレイはニッと笑って首を横に振った。


「安心しな。貴族の舞踏会ぐらい安全な賭けにしてやるよ。条件に俺が負けたとしても部下に襲わせないというのを加えるといい。なんなら、こいつらに契約書でも書かせるか?」

「........ではお願いしましょう」


 そうしてレイズは契約書を用意し始める。


 契約書の形はなんでもいい。世界条約に使われる様なキッチリカッチリとしたものでなくとも、能力の発動条件は満たせるのだ。


 この条件に対して、巨漢の男が何かを言いかけたが、隣の白髪の女に止められる。


 自分達のボスを信頼しているのか、それとも逆らえない何かがあるのか。


 レイズには分からないが、取り敢えず契約書を作って3人に渡す。


「これにサインすればいいんだな?」

「えぇ。そうして頂けると助かります」

「........チッ、ボスは相変わらず何を考えているのか分からん」


 ブツブツと文句を言いつつも、契約書にサインをする部下たち。


 その間、暇を持て余した少年は席に着くとレイズが使っていたトランプを見ていた。


「トランプは俺がシャッフルしていいか?それと、捲るのも。一応、イカサマは警戒しないとな」

「........構いませんよ」


 流石にそれは警戒されるか。レイズは心の中でそう思いつつも、自分の勝ちは揺るがないと確信する。


 そのトランプは四隅の模様がほんの僅かに違っている。凝視しても気づけないレベルの違いではあるが、このトランプに慣れているレイズからすれば実に簡単に相手の手札を見ることが出来るのだ。


 そして、相手がそれを出来るとは思えない。イカサマ用のトランプは数多くあるが、その模様を一瞬で覚えて見破れる程の眼力を持つ者など今まで現れなかったのだ。


 契約には能力の使用を禁止する条件も含まれている。単純な目の良さと記憶力の良さだけが、この勝負に勝つ鍵だ。


「よし、俺も名前を書いたし始めるか」

「えぇ、始めましょう」


 相手は世界屈指の極悪人。もし勝ち越せれば、そのツテを使うなりして更に遠くへ、別天地へ逃亡出来るかもしれない。


 そう思って欲を出したのが、レイズの失敗であった。


 幼少期からイカサマのやり方を父親に教えられ、常日頃からイカサマをし続けてきたこの男に、心理的、そして技術的に勝てるわけもなかったのだ。


 特に、トランプを握らせたのは悪手も悪手。


 この時点で、レイズの負けは確定した。


 トランプをシャッフルし、最初の2枚を配るグレイ。


 グレイのカードを見ると、最弱の2と3。しかも、柄すら揃ってないクソ手札ブタである。


 対するレイズはAエースのペア。


 この時点での勝率は80%以上。


 テキサス・ホールデムはルール上、5枚のトランプを開く前に3度、トランプを抜く必要がある(最初の3枚を開く前と四枚目、五枚目を開く前)。


 イカサマを防止するためにやる行為ではあるが、レイズからすれば抜かれたカードも大きな情報になる。


 一番最初に抜かれるカードは2のスペード。つまり、グレイの持ち札がゲームから除外されるのだ。


「ベットは俺からか。んじゃ、オールイン」

「........は?」


 さも当然のようにチップ全てをベットするグレイ。


 手札すら見ずに自分のチップを賭けるその頭のイカレ様は、流石のレイズと言えど動揺するものがあった。


「どうした?乗るコールか?それとも降りるフォールドか?」

「........」


 確率は圧倒的に自分が有利。8割以上の確率で勝てるのであれば、乗らない手はない。


 確実に勝てる方法を模索するのもありだが、この男にそのやり方が通用するとは不思議と思えなかった。


「コール」


 そして、レイズは賭けに乗る。


 開かれた手札は、レイズが見た通り2と3のゴミ手札ブタ


 流石の仲間達もこれには驚きを隠せなかったようで、グレイに問い詰めていた。


「おいボス?!相手は最強Aのペアでこっちはクソザコじゃねぇか!!どうするんだよこれ!!負けるぞ?!」

主人マスター、ここから勝てる確率は20%もありません。馬鹿ですか?馬鹿なんですか?自信満々に席に座るから傍観していたものの、流石にこれは終わってますよ?」

「........グレイちゃん、コイツら黙らせるね」

「いいよリィズ。事実、この手札だけ見たら俺の負けだしな。でも、“ダイヤのAを持つイカサマ師ジョルジュ・ド・ラ・トゥール”がカードを引けばあら不思議、このペテン師の手札があっという間に最強フォーカードにってね」


 グレイは1番上のカードを抜くと、最初の3枚を開く。


 調子よく開かれた最初の3枚。


 その3枚は、レイズにとって絶対にありえないカードであった。


 最初の3枚は全て“2”。


 ポーカーの中でも最強に近いフォーカードが出来上がったのである。


「ッんな!!馬鹿な!!」


 思わず席を立つレイズ。


 このトランプは確かにイカサマ様の物ではあるが、それはあくまで裏面の話。


 カードの種類は52枚であり、同じ数字のカードは4枚づつしか入っていない。


 そう、4しか入っていないのだ。


 最初に抜かれ、ゲームから除外されたはずの2が、3枚も出てくることはありえない。


 のだ。


「「........」」

「さすがグレイちゃん!!私とポーカーして遊んでた時も滅茶苦茶強かったもんね!!」

「そうだっけ?そうだったかもな。ほら、残りの2枚。まだ勝てる可能性はあるかもよ?」


 そう言って開かれたカードは3と3。


 グレイの手札にあるカードのみが開かれ、結果としてグレイの勝ちが決まる。


 本来ならば運が無いで片付けられた問題だろう。だが、これは運ではない。


 明らかに何らかの詐欺行為イカサマを行っている。しかし、指摘はできない。ここで指摘してしまえば、このトランプがイカサマだとバレてしまうから。


 ふと、抜かれたカードに視線を向けると、3枚の内2枚はA、残りの一枚は3であった。


 有り得ない。確率からしても、自分達の持つカードだけがこの勝負に関わる異なるて有り得ない。


 だが、負けは負け。イカサマの指摘もできなくは無いが、その証明には自分がイカサマをしていた事がバレてしまう。


「ハ........ハハ........どうなってんだ?これは」


 レイズは乾いた笑いを浮かべるしか出来ず、自分の能力が強制される感覚を味わいながら絶望を噛み締めるのだった。


 しかし、彼にとってこれは悪いことではない。彼は、世界最悪の組織の一員となれたのだから。


 後にレイズは、こう語る。


「運命の分岐点で言えば、あの勝負に負けた事だろうね。だけど、俺は同じ勝負を挑まれても負けるさ。ここはとても心地がいい」


 彼の運命は、ここで大きく変わる事となる。





【国家安全調査局(CISEN)】

 メキシコの情報機関であり、主な仕事はテロ対策や情報収集。この世界ではその他にもマフィアやカルテルとの抗争、及び闇ダンジョンの資源売人の拘束や排除も仕事。

 中央情報局(アメリカ)やイスラエル諜報特務庁の組織を参考に作られているという。


【バーン・カード】

 テキサス・ホールデムのルール。イカサマ防止のために、カードを開く際に一枚置いて三枚、一枚置いて一枚、一枚置いて一枚とカードを開く。

 カードメイキングと言われる、カードを傷つける等のイカサマを防ぐ為に行っている。

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