犬狩り(マンハント)


 軍団とグレイファミリーが手を組んでから2日後。悪が悪を喰らう街グダニスクは、殺気立っていた。


 この街に入り込んだCHの犬。つい先日、道路工事の許可も取らずに街の一角を吹き飛ばした犬達を豚の餌にして喰わせるために、彼らは戦力を集め、狩りの時間を今か今かと待ち望んでいる。


 その中心となる人物、軍団長シュルカとグレイファミリーのボス代行ジルハード、そしてこの街の警察のトップであるレイモンドはとある廃墟に集まっていた。


「........ジルハード、ミスタグレイはどうした?彼がこの場に来ると思っていたのだが?」

「生憎、ウチのボスは他にやる事があるらしい。どうせ戦力だけで言えば俺達だけで事足りるんだ。必要ないだろう?」

「そうか。彼には彼の考えがあるのだな。既に彼の仕事は終えているし、我々が口出しするものお門違いという訳か」

「そういうこった」


 本来、この場に居るはずのグレイは、ジルハード達を戦力として貸し出したものの自分は事務所で待機している。


 ジルハードは最初こそ首を傾げたが、リーズヘルトから“グレイちゃんにはきっと考えがあるんだよ”と言われてしまうと何も言えない。


 以前もこのような事があったからこそ、今こうしてジルハードは軍団と対等な立場でここに立っているのだ。


「社会のゴミ共が集まってると言うのに、しょっぴけ無いのは残念だな。ジルハード、お前が誰かの下に付くとは意外だったぞ」

「社会のゴミはお前もだろうがレイモンド。その似合わないグラサンを叩き割ってやろうか?」

「ハッハッハ!!そんなことをした日には、警察のメンツにかけてお前らを狩ってやるよ。今回のようにな」

「ボスのお陰でこの場に立てているというのに、口がよく回る。実に面白い冗談だな。警察ポリを辞めてお笑いでもやった方がいいんじゃないか?きっと深夜のバライティー番組ではそこそこ受けるだろうよ。ダグラス・マッカーサーのモノマネとかしたら似合いそうだ」


 群青色の警官服に身を包み中年太りした警察レイモンドは、ジルハードの軽口にサングラスの奥で軽く目を細める。


 事実、今回はジルハードのボスであるグレイのお陰でこの場所に立っていると言っても過言では無い。


 警察のメンツを気にして態々巻き込んだだけの話であって、その面子を一切気にしないのであれば彼は呼ばれていないのだ。


 マフィアに借りを作る羽目になるとは警察として失格とも言えるが、それ以上にこの街での事件をマフィア達だけで解決するのは不味い。


 マフィアが牛耳っている街と言えど、警察は最低限の権力を持っている。その権力すら奪われてしまえば、彼らは警官のコスプレをしたタダの人間に成り下がるのだ。


「........1度は見逃してやるよ」

「そうして貰えると助かるね。ウチのボスを怒らせない様に精々顔色を伺っておくんだな。長生きしたければ尚更だ。ボスの怒りを買ったFRがどうなったのか、知らないわけじゃないんだろう?」

「その時は我々も巻き込まれるじゃないか。やるなら我々を巻き込まないようにして欲しいものだね」

「ハッハッハ。そりゃボス次第だな」


 国家権力と一介のマフィア。


 今この時点では完全にマフィアの方が上に立ってしまっている。それが許されるのがこの街。


 警察だろうが、国家権力だろうが、知ったこっちゃない。世界の中でも有数の極悪都市は、力によって支配されているのだ。


 ジルハードは自分たちの立ち位置をはっきりさせたと確信すると、早速本題へとはいる。


 既に大まかなやり口は聞いているし、彼らを狩る準備は万端だ。


「で、ミスシュルカ。貴方の描いた地図は?」

「昨日話した通りだ。我々は犬っころを誘導し、レイモンド達に引き合せる。最初から殺す気満々でやれば楽なのだがな。花を持たせる行為というのは、実に疲れるものだ」

「........チッ」

「しくじるなよ。POLの警察犬っころ。我々が態々お前たちの顔を立ててやってるんだ。もし、失敗すれば、この街でのお前達の居場所は糞の塗れた便所だと言うことを理解するんだな」

「分かってるさ。恩着せがましい。マフィア相手にこうも手玉に取られるのは不本意だが、今回ばかりは乗ってやる。お前らこそしくじるなよ。こちとら上から“圧”掛けられてんだ。しくじれば、俺達だけでなくお前らの首もこの街に転がることを理解しておけ」

「どの立場でもの言ってんだこの白豚ホワイトピッグは。丸焼きにされてぇのか?」

「全くだ。トリュフ掘りをしている方がお似合いかもしれんぞ。今からでも転職したらどうだ?」


 今回は圧倒的に立場の悪いレイモンドは、権力をものともしないマフィア達を強く睨みつけながらも何も言わない。


 いつか絶対しょっぴいてやるからなと思いつつも、彼は面倒事を嫌うので何もしてこないだろう。


「では行くとしよう。この街で盛大な工事をしてくれたお礼参りをしなければな」

中共マザーファッカー共が。裏で何やってようが自由だが、表に出てきた以上、その体にドデカイ銃口トンネルを開けてやる」


 そう言ってその場を離れるシュルカとレイモンド。その2人の後ろ姿を見ながら、ジルハードは実に楽しそうに呟いた。


「あの二人は完全にボス達の手駒だな。何が偶然だ。今回も騒ぎを利用して立場を分からせた癖に。謙虚は美徳だが、行き過ぎると嫌味だな」


 こんな所でも、何故か株が上がるグレイであった。




【ダグラス・マッカーサー】

 アメリカ陸軍元帥、連合国軍最高司令官、国連軍司令官などを歴任。サングラスを掛け、キセルを吸いながら飛行機から降りてくる写真は有名であり、学校の教科書で見た事がある人も多いだろう。

 1950年には朝鮮戦争における国際連合軍総司令官として仁川上陸作戦を成功させたが、中華人民共和国の人民解放軍との戦いに劣勢がみられ、北部のピョンヤン制圧から38度線まで撤退した。その後核を使うなどと全面戦争を主張したことなどからアメリカ大統領のトルーマンと戦略が対立し、1951年に解任。

 退任後、1952年のアメリカ大統領選に出馬しようと考えたが、指示が集まらず断念した。




 その日、グダニスクに潜伏する彼らも街の異変を感じ取っていた。


 全身の毛が警戒を鳴らし、その場にいる誰もが“今日は何かが違う”と理解する。


 この街から離れた方がいいのでは?既に自分達は深淵の中に足を踏み入れたのでは?


 そう錯覚してしまう程、今日の街は静かで不気味だったのだ。


「ファッキンクソッタレ。嫌な予感が絶えないぜ」

「全くだ。テロリストの事務所で彼が1人だと報告を受けたから戦力を少し回したが、それが良くなかったかもしれんな」

「だが、早々チャンスは回ってこない。たとえトラップだとしてもやらなきゃならん時もある」

「それには同意だが──────伏せろ!!」


 黒づくめの男の1人が、言葉の途中で危険を察知して周囲の仲間達に指示を出す。


 次の瞬間、彼らの頭があった位置には銃弾が通過していた。


「残念。外してしまいましたか」

「No.038!!貴様か!!」

「そろそろこの下らない鬼ごっこにも決着を付けようと思いましてね。“契約”も終わったので、貴方々を始末しようと思いまして」

「作られた存在が創造主たる我々に敵うとでも思っているのか?思い上がりも甚だしいな」

「自分を創造主と宣うとか、頭大丈夫ですか?あぁ、共産主義アカの思想が残ってましたね。これは早めに精神科医にかかる事をおすすめしますよ。もう手遅れでしょうが」

「ぶっ殺せ!!」


 突如として姿を現したレミヤ。


 既に何ヶ月もの間、鬼ごっこを続けていた彼らは精神的に疲れきっていたのだ。


 普通に考えれば、この場に堂々とレミヤが出てくる時点で何らかの策があると考えるべきだろう。


 だが、どれ程訓練した人間であろうと精神的疲労は避けられずその疲労が限界に達しているとなれば、冷静な判断をするのは難しい。


 早く終わらせてゆっくりとしたい。そう思ってしまうのは、人として当たり前の現象であった。


 ドドドドド!!と、鳴り響く銃声。


 祖国から支給されてる軍用魔弾を使いながら、彼らはレミヤを破壊しようと銃口を向ける。


 が、既に契約を終え、その能力を十全に使える彼女にとってこの程度の弾丸は欠伸が出るほど弱々しいものであった。


 思っていたよりも簡単に釣れたなと思いつつも、レミヤは自身の能力を展開して自分を守る。


機械仕掛けの二重奏ウェポンズ・アンサンブル:デュエット


 その背中から現れるは、2枚の魔力障壁。魔力によって生成された2枚の盾は、軍用魔弾程度の攻撃ならばいとも容易く弾き飛ばしてその身に傷一つ付けることすら無い。


機械仕掛けのn重奏ウェポンズ・アンサンブル


 魔力からありとあらゆる兵器を生産することができ、魔力が続く限り絶対的な破壊力を持つ能力。


 人工的に作られた能力であり、CHが自立型魔導人形に人の脳を入れる原因ともなった擬似的な神の恩恵。


 戦闘に限って言えば、どこぞの玩具遊びをしているボスの完全なる上位互換であった。


「クソが........」

「逃がすな!!追いかけろ!!」


 さも当然のように銃弾を防がれたら事に顔を歪めつつも、静かに微笑みながらその場を離れようとするレミヤを追いかける彼ら。


 周囲を警戒しつつも、素早く追いかける姿は長年訓練されてきただけの実力があった。


 惜しむべきは、既に相手の掌の上で転がされていた事に気づいていないこと。


 実戦経験があまりない彼らは、この誘いにまんまと釣られたのだ。


「ここまで上手く釣れると、周囲で気配を消しながら展開している軍団の方々が可哀想ですね。暇でしょうに。無能脳におが屑が詰まったカス共の相手をさせられた挙句、暇を持て余すとは」


 シュルカもここまで簡単に釣られてくれるとは思っておらず、相手に気づかれない位置で軍団を展開していた。


 が、相手があまりにも簡単に釣られすぎたお陰で、あっという間に目的地へとたどり着いてしまう。


 あっさり終わってくれるのは有難いが、拍子抜けだなとレミヤは思いつつ自分を追いかけている人数が足りてない事に不信感を覚える。


 15人いたはずなのに、この場には9人しか居ない。


 残る6人はどこへ行ったのだ?と。


(まさか........)


 とある考えが脳裏をよぎるが、今は最終局面。


 少し開けた行き止まりに辿り着くと、彼らはなんの警戒もなしにノコノコと蟻地獄の中へとやってきてしまった。


 この場に足を踏み入れた時点でレミヤ達の勝ちデッドエンド


 彼らはもう逃げられない。


「........あっさりとし過ぎやしないか?手の込んだ作戦はどうしたんだよ」

「相手が我々の想定以上に馬鹿すぎただけだ。ほら、お膳立ては済んだぞ」

「これなら俺たちだけでも全て事が片付いたかもな。ま、さっさと終わらせてゴルフにでも行くとするか。最近調子がいいし、ハイスコアが狙えそうなんだよ」

「ほざけ。無能警官ノンキャリア。誰がコイツらを補足し続けたと思ってる。ボスに借りを作ってる時点でお前らも同類だよ」


 あまりにも拍子抜けすぎて緊張感のない3人がこの場に現れ、それと同時に周囲には銃火器を構えた警察や軍団の面々が彼らを包囲する。


 ここでようやく黒づくめ達は悟ったのだ。


 この女は囮役デコイ。自分達はまんまと誘い出されたということに。


「さて、中国の糞チャイニーズ共。お前らに人権なんざない。黙秘権やらなんやらあるらしいが、俺はそんなこと知ったこっちゃない。全て囀って貰うぞ」

「大人しくした方が身のためだ。お前達も銃火器アレと話したいわけじゃないんだろう?」

「........普段しないようなヘマをやらかしたな。クソッタレが。精神的に疲れすぎていたみたいだ」

「どうするんだ?この数は流石に逃げられないぞ」


 相手は警察やマフィアではあるが、あまりにも数が多すぎる。


 ここで突撃したとして、何人殺せるのだろうか?


「上手く囀れば長生き出来るかもしれんぞ?この後の人生を地獄の炎ゲヘナで過ごすか、この地上で過ごすのか。よく考えるこったな」


 彼らはどちらにしろ不幸な事故によって処分されるだろう。その違いは祖国に裏切り者として殺されるか、この場で犯罪者として殺されるかの違いしかない。


 ならば、ここで戦って散るのも悪くない。


 そう思った矢先、首に強い衝撃が走り彼らの意識が刈り取られた。


 相手が抵抗する気だと察したリーズヘルトが、誰よりも早く飛び出して全員を一瞬の内に気絶させたのだ。


 あまりの速さに、誰もが何が起きたのか理解できないほどに。


「........リーズヘルト。お前なぁ........」

「さっさと終わらせた方がいいでしょう?こいつら、ヤル気だったし」

「いや、それはそうだけども」

「フハハハハ。ま、これで終わりというわけだ。手応えもクソもないゴミだったがな。まだ、スライムと戦った方が楽しいかもしれん」


 こうして、街に入り込んだ犬達はあっさりと無力化されて警察の世話になる事となった。


 その裏でグレイがCHと戦っていた事を知るのは、もう少し後の話である。








 今更なんですが、この小説の分類って「異世界ファンタジー」なんですかね?それとも「現代ファンタジー」?

 私は、一応異世界(平行世界の地球)に転生してるから異世界ファンタジーだと思ってるんですけど、作品の設定は現ファなんだよなぁ。

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