不幸とは立て続けに起こるもの


 何とか変異種オーガから逃げ帰ってきた俺は、一先ず自分の家に戻ると血塗れのリィズをシャワー室に案内しルーベルトに何があったのかを話した。


 隠し通路を見つけた事、その中でリィズを保護し変異種オーガと命懸けの鬼ごっこをした事等。かなりの部分は端折ったが、大まかな内容は伝わっただろう。


 ルーベルトは途中で何度もツッコミたそうな顔をしていたものの、俺の話を最後まで聞いてくれた。


「─────んで、今に至るって訳だ」


 俺は、タバコの煙を口から吐き出しながら、話を終えた。


 鼻を突き抜けるメンソールの香りが、心を癒してくれる。


 タバコを吸い始めて二日目だと言うのに、既に中毒の沼に飲まれてそうな気もするが、何かに縋ってないと壊れてしまいそうだ。


 ルーベルトは一度大きくタバコを吸って吐き出すと、俺の言ったことを簡単に纏める。


「つまり、朝っぱらからダンジョンに潜って帰ろうとしたら隠し通路を見つけ、興味本位で入ってあの血塗れの女を保護し、変異種オーガに追っかけられながら命からがら逃げてきたというわけか?」

「そういう事だ」


 ルーベルトは深くため息をついて頭を抱えた後、目にも止まらぬ速さで俺の脳天にゲンコツを振り下ろす。


 ゴンと鈍い音がすると共に、脳髄が鼻から出るんじゃないかと思うほどの衝撃が襲ってきた。


「いっでぇぇぇ!!何すんだよ!!」

「“何すんだよ”じゃねぇよ!!隠し通路に興味本位で立ち入りやがって。下手しなくても死んでたんだぞ。あぁ言うのはな、長年の経験を積んできたベテランのハンター以外は入らねぇんだよ。初心者ルーキーが入ってお宝を見つけるなんて、天文学的数字よりも低いと思っとけ!!この馬鹿野郎が」


 うぐ、そう言われると何も返す言葉がない。


 今回は運良く逃げきれたが、少しでも運命の微笑み方が違えば死んでいた。


 今頃リィズと一緒にオーガの腹の中にいたのかもしれないのだ。ルーベルトが怒るのも無理はない。


「なんか父親みたいだな」

「........そうかよ。まぁ、生きて帰ってこれたならそれでいい。命さえあればなんとでもなるのがこの世界だ。それよりも、とんでもなく面倒な厄介事トラブルを持ち込んだな?」

「は?何の話だよ」


 少なくとも、俺の記憶ではルーベルトが顔を顰めるほどの厄介事トラブルを持ち込んだ記憶はない。


 俺が純粋に首を傾げていると、ルーベルトはシャワー室の方を指さして小声で告げた。


「あの女だよ。アイツが着ていた軍服。ありゃ市民行動サービスSACのもんだ。国に属する軍人が一体なんの用で死にかけたんだろうな?」


市民行動サービスService d'action civique;略称SAC”と言えば、1960年にド・ゴール主義の警備隊として結成された右翼の民兵組織だ。


 前の世界の地球では、1981年に起こした事件をきっかけに1982年に消滅しているはずなのだが、どうやらこの世界では今は国の軍として存在しているようだ。


 もしかしたら、第一次ダンジョン戦争(1972)の時に色々とあったのかもしれないな。


 話を戻そう。


 そんな平行世界パラレルワールドでは国家に属する軍事組織の1人が、なぜダンジョンに入って死にかけていたのか。


 色々な推測はできるが、どれも内心穏やかなものでは無い。


 自分の置かれた状況がようやく理解できた俺は、嫌な汗を背中に掻きつつもニヤリと笑ってルーベルトの目を見た。


「もしかしなくても、クソ程面倒な者を持ち込んだか?」

「理解が早くて助かるな。詳しい話しはそのリーズヘルトとやらに聞かないと分からんが、ケツにピン抜いた手榴弾をぶち込んでるぐらいにはヤバいと思うぞ。下手をすれば、口封じで俺達も“こう”だ」


 ルーベルトは、“こう”の時に親指を立てて首を掻っ切る動作をしてみせる。


 つまり、口封じで俺達も殺すという訳だ。


 ようやく変異種オーガとか言う人外から逃げ切ったと思えば、次は国家と鬼ごっこか?俺に死ねと言ってるのかこのクソッタレは。


「とは言っても、まだ確定した訳じゃない。クソッタレな事に巻き込まれていない事を神に祈るしかないな」

「生憎、日頃の行いはいい方だからな。きっと神様が何とかしてくれるだろ」


 俺は思ってもいない言葉を吐き捨てると、吸い終わったタバコの火を消してもう一本取り出すのだった。


 吸わねぇとやってらんねぇわ。




【市民行動サービス】

 1960年にド・ゴール主義の警備隊として結成され、秘密軍事組織や左翼によるテロを防ぐ事を目的としていた。1981年のミッテラン政権発足直後にマルセイユ近郊オリオールで、SAC責任者が家族と共に殺害される事件が起き、SAC隊員5任が実行犯として検挙。その後、この事件でSACの危険性が議論され、翌年ミッテラン大統領は「戦闘集団と私兵に関する法律」に基づいてSACに解散命令を発し、公的には消滅した。

 しかし、この世界では第一次ダンジョン戦争において目まぐるしい活躍を見せ、国に属する軍部組織として活動している。




 リィズがシャワー室から戻り俺も泥を落とすために身体を洗った後、彼女から色々と話を聞くことになった。


 ケツにピンを抜いた手榴弾をぶち込んでいるぐらいには危ない状況かもしれない事は分かったが、実際に話を聞かなければどれほど危険なのかは分からない。


 最悪の場合はFRにその命を狙われるかもしれないのだ。やってらんないねぇ!!


 俺は適当なジュース(コーラ)と簡単な軽食を用意すると、それを食べながらリィズにどういう経緯であの場に居たのかを聞いた。


 と言っても、話の進行は人生経験豊富なルーベルトに任せたが。


「さて、リーズヘルト。君が市民行動サービスSACに所属していることは既にわかっている。悪いが、俺達も命の危険が有りそうなんでね。知ってることは全て話してもらうぞ」

「分かってる。何から聞きたい?」

「全てだ。何故あの場に居たのか、君が何を隠しているのか。その全てを話せ。でないと、俺も強硬手段に出る事を忘れるな」


 俺と話していた時のような暖かい口調ではなく、相手を脅す低く重い口調。


 相手を視線だけで殺せるのではないかと思うほど鋭い眼光が、リィズを射抜く。


 流石はベテラン。俺だったら優しい口調で何があったのかを聞くだろう。平和ボケがまだ取れていない日本人には、到底出来ない芸当だ。


 俺が感心していると、リィズはポツポツと語り始めた。


「ルーベルト........だったっけ?が察しているとおり、私は市民行動サービスSAC所属の者。でも、それは表の経歴で、本当は“アリス機関”の実験体。数少ない“成功例”。私は“アリス機関”の内部抗争に巻き込まれて、命からがら逃げてきた」

「待て待て待て。最初から何を言ってるのか分からん。もっと細かく説明しろ」


 語り始めたリィズの話を遮り、ルーベルトは頭を抱える。


“アリス機関”?“成功例”?一体なんの話しなんだ。


 もしかして、俺が知らないだけで当たり前に通っている名前なのかとも思ったが、ならばルーベルトは話を聞き続ける。


 ルーベルトも知らない単語を出されて、困惑しているんだな。


「まず確認だ。市民行動サービスSACには所属してるんだな?」

「うん」

「OK、次だ。んで、その所属先は隠れ蓑カモフラージュで、本来の所属は“アリス機関”なんだな?」

「そう」


 ルーベルトはここまで確認すると、目頭を抑えて天を仰ぐ。


 そして、俺の肩に手を乗せて今にも死にそうな顔をしていた。


「喜べ新人ルーキー。ケツにピンを抜いた手榴弾をぶち込んでるだけじゃなくて、残り時間3秒の時限爆弾を体に括りつけて高度3000メートルから紐なしバンジーも付いてきたぞ」

「マジかよ。地獄への片道切符を切る死神だってもう少し優しくしてくれるぞ」

「全くだ。これならまだアーサー・フレックに出会って殺された方がマシだね」


 この世界、ジョーカーが既にあるのか。前の世界では2019年に公開された映画のはずなんですがねぇ........


 まぁ、平行世界パラレルワールド矛盾点パラドックスは今に始まったことでは無いので、深く考えるのはやめにして今に向き合おう。現実逃避をしても無情にも現実は迫ってくるのだ。


 おそらく、その“アリス機関”が原因でルーベルトは思いつく限りの絶望を言ったのだろう。


 先ずは“アリス機関”が何なのかを知らなければ、俺は話についていけない。


「その“アリス機関”ってのはなんなんだ?」

「俺もよくは知らんが、いい噂は聞かねぇ。マフィアやギャングと違って、研究機関だって言ってたな。そして、容赦の無さも世界一だと。聞いた話じゃ、揉めたマフィアが家族事消されたって話だ」

「どう見ても穏やかな話じゃないな。もしかしなくても次は俺達か?」

「十中八九そうなると考えておいた方がいい。全く、とんでもないクソみたいな面倒事ビッグトラブルを持ってきたな。相手が非合法の研究機関である限り、俺達が何を知っていようが知っていなかろうが殺しにくるぞ」


 ファッキン人生。


 不幸は不幸を呼ぶとは言うが、ここまでの絶望デストロイは求めてないんだわ。


 俺は頭を押えて現実逃避したくなる衝動を抑えながら、今後の事を考える。


 リィズと関わってしまった以上、この国にはもう居られない。早い内に遠くに逃げないと死ねるな。


「オーガとのファックを拒否したら、今度はどこぞのやべぇ研究機関にケツを狙われるのか。やってらんねぇぞ」

「モテモテだな。ケツと口じゃ足りないから、その一物を切り落として女にされるかもしれないぞ」

「ふざけんなよ。俺はニューハーフになるつもりは無いだよ」

「お前につもりはなくとも、向こうはファックする気満々だ。今にでもお前をぶち殺して死体をファックしたくてたまらないだろうぜ」

「その時は頭にもケツの穴ができてるだろうな........」


 どうしてこうなった。俺は死にかけていた女の子を助けただってのに、なぜ野郎共からケツの穴を狙われないといけないんだよ。


 俺は思わずリィズを睨みつけたくなったが、彼女を睨んでも仕方がない。こうなれば、ヤケクソだ。全部巻き込んで自爆でもしてやろうか。


「.......大丈夫。グレイちゃんの貞操は守ってあげるから」

「それは心強い事で。話を妨げて悪かったな。アリス機関に付いての認識は合ってるのか?」

「大体は。向こうは間違いなく私達を始末しに来る。私に関わった以上、連中は2人も狙ってくると思う。私と離れても、間違いなく調べて追跡される」

「すまんなルーベルト。完全に巻き込んだ」

「気にすんな。こう言うのは日常茶飯事だ。特に運の悪い俺はな」


 ルーベルトは飄々と言っているが、申し訳なさが絶えない。


 リィズが市民行動サービスSACの人間だと気づければ、ルーベルトを巻き込まない方法も取れたかもしれないのに。


 少なくとも今住んでいる宿は引き払うしかない。足跡をつけずに逃亡とかやったこたないんだが、素人ができるものなのか?


 俺が未知なる恐怖に怯えていると、ルーベルトはリィズから引き出せるだけ情報を聞き出していた。


「.......クソ厄介事なんてもんじゃねぇ。世界の真理を覗いた気分だ」

「それが“アリス機関”。そして、私。ルーベルトもグレイちゃんも急いで逃げる準備を」

「分かった。これはシャレにならん。グレイ、急いで逃げるぞ」

「え?あぁ、うん」


 ルーベルトは俺の返事を聞くと“久々だな”とだけ言って、部屋を出て行ってしまった。


 しまった。2人の話を何も聞いていなかった。


 生返事をした俺を見て、リィズは俺の話を聞いていなかったことを察したのか可愛らしく首を傾げる。


 アルビノ体質なのか、白く綺麗な肌と髪。ルビーよりも光り輝く深紅の目が俺を見つめていた。


「話、聞いてなかった?」

「全く。他のことを考えてた」


 正確には絶望に打ちひしがれつつ、神様ギャラリーにはいい見せ物になるなと場違いすぎる事を考えてましたね。はい。


 リィズは俺達が逃げる準備をする間に大まかなことを話してくれた。


 要約すると、こんな感じ。


 アリス機関は研究機関ではあるが、国家公認のものでは無い非人道的犯罪組織であり、現大統領によって殲滅された。


 しかし、生き残った者たちが再びアリス機関を結成。その後、現大統領を疎ましく思う過激派左翼の連中に近づいて、大統領暗殺計画を立てた。


 アリス機関の中にも左翼派と右翼派がおり、今回の計画を企てたのは左翼。


 右翼派としては国家に喧嘩を売るのは不味い、時期を見るべきと言うことで意見が対立。


 内部抗争にまで発展し、右翼派の主戦力であるリィズが暗殺されかけた。


 そしてなんやかんやあって、俺と出会ったダンジョンまで逃げてきたらしい。


 俺が中級治癒ポーションで直したのは、暗殺の際に受けた傷だとか。


 そして、俺達が今からやるべきことは、一刻も早くこの国から出る事と現大統領に暗殺計画を伝える事。


 暗殺計画を使えるための伝はあるそうなので、一先ず逃げることに専念だとか。


「なるほど。大体わかった」

「ごめんね。グレイちゃん。私が巻き込んじゃって」

「........まぁ、言いたいことがないと言えば嘘になるが、こうなっちまった以上うだうだ言っても仕方がないさ。それに、助けたのは俺だしな。人間、諦めが肝心だ」

「........ありがとう」


 その日。俺は人生初めての夜逃げをすることになったのだった。


 まだ、この世界に来て二日目なんですけどね!!どうしてこうなった。


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