無理無理無理‼︎


 洞窟内に響き渡る咆哮。空気を揺らし、地面すらも揺らすその咆哮は明らかに只者が放つ咆哮では無い。


 絶対にヤバいやつだ。今戦っても勝てる気がしない........いやワンチャンあったりするのか?


 たった一つの咆哮でビビりまくるのは情けない話だが、それほどまでに相手が強大である事を示している。


 俺は少女に早くポーションを飲むように促すと、洞窟の奥に潜む咆哮の主に対抗するために能力を使用した。


昔懐かしの玩具箱トイボックス


 具現化したのは自転車。通称ママチャリである。


 小学六年生の時に乗り回していたものであり、少し小さめの自転車だがこれをバリケード代わりにすればほんの少しは足止めになるだろう。


 玩具判定なのは謎だけど。


「具現化系の能力者........視界内に入っていれば具現化可能な遠近バランス型か。それにしては具現化速度が早すぎる。何か制限リミットがある?」

「能力考察どうも!!それより、動けるのか?!」


 冷静に俺の能力について考察する少女であるが、今はそんなことしている場合じゃないだろ。洞窟内が暗すぎて先が見えないが、割と近くまでヤベー奴が迫ってきてるんだぞ。


 俺は簡単なママチャリバリケードを作り上げると、少女の方に視線を向ける。


 少女は、フラフラとしながらも壁を支えにして何とか立ち上がった。


「走れるのか?」

「無理。毒を盛られた。解毒までかなりの時間がかかる........ゴホッ」


 少女が手を口に当てながら咳をすると、血が手から滴り落ちる。どうやら毒を貰ったらしいが、この洞窟には毒を使う魔物もいるのか。


 解毒ポーションも持っていたので飲むかと聞いたが、“いらない”と言われてしまった。解毒ポーションは、毒によって解毒できなかったり時間がかかったりするので、もしかしたら既に飲んだのかもしれない。


「走れないとなると........コイツを使うか」


 俺は少し考えた後、再び能力を使用。リヤカーを具現化させると、少女を乗るように促した。


 さらにワイヤーも具現化。嫌がらせ程度に自転車を固定しておく。


 と言うか、自転車もリヤカーも“玩具”判定なんだよな。確かに小さい頃に遊んだ記憶があるから“玩具”でもいいのだが、なんと言うかちょっと違う気もする。


「乗れるか?」

「複数個の具現化系能力者........!!これはかなり珍しいね。ゴホッ」

「そりゃどうも。いいから早く乗りな」


 少女がリヤカーに乗り込んだのを確認すると、俺は急いで出発する。


 足止めのママチャリバリケードがどこまで時間を稼いでくれるのかで、生死が別れそうだ。


「........来る」

「グオォォォォォォ!!」


 三度目の咆哮。


 既に移動しているため正確な位置は分からないが、咆哮の大きさからしてかなり近い。多分、ママチャリの少し前辺りにいる。


 俺はバックパックに入っていた予備の懐中電灯を取り出して後ろを照らすように、少女に指示を出した。


「見えるか?!」

「いる。オーガの変異種。個体名“レッドグリード”........運が悪いね」

「達観して言ってる場合か!!バリケー──────────」


 ドゴーン!!(オーガがママチャリバリケードをぶっ壊す音)


 ヒュン!!(俺の真横をとんでもないスピードで通過するママチャリの残骸)


 ガシャーン!!(ママチャリの亡骸が壁にぶつかる音)


 ママチャリー!!あの怪物、ママチャリバリケードを一瞬で突破しやがった!!やべぇよ。想像の何十倍もやべぇよアレ!!


 思わず走りながら後ろを振り返ると、見なければよかったと後悔する程恐ろしい化け物が懐中電灯に照らされていた。


 2本の角を携え、凶悪な牙と筋骨隆々な肉体。全身は赤く染め上がっており、今まで殺してきた相手の血を吸収してきたかのような禍々しさがある。


 大きさは約3メートル程だろうか。この少し大きめの洞窟で不自由なく動ける程度の大きさをしており、化け物が放つ威圧はこちらの全身の毛を逆立てる程の恐怖を感じる。


「いや、無理無理無理‼︎」


 ワンチャン倒せるんじゃね?とか思ってたりもしたが、あんなのに勝てるわけねぇだろ。


 Lv1で竜王に遭遇した気分だよ。魔王が先に脅威を察知して殺しに来てるよ。


 初手ラスボスが許されるのは、漫画の世界と負けイベだけだって教わらなかったのか?!リアルに持ち込んでくるんじゃねぇ!!


 俺は全身を身体強化して、更に走るスピードをあげる。


 が、しかし。


 この空気の読めない化け物は、あっという間にこちらとの間合いを詰めてきた。


「グオォォォォォォ!!」


 先程よりも響く咆哮。耳の鼓膜が破れたかと錯覚する程大きくうねる咆哮は、俺と少女の命を狩り取ろうとしてくる。


「クソッタレが!!」


 俺は後ろを振り向くと同時に、腰に仕舞っていたピストルを取り出して発砲。


 パンパン!!と乾いた音と共に発射された魔弾は、正確にオーガの眉間と心臓に当たった........が、この程度はオーガにとって軽く石を投げつけられた程度だったらしく、痛がる様子もない。


 それどころか、抵抗してきた俺達にキレ散らかしていた。


「マジかよ」

「あのオーガの皮膚は鉄よりも硬い。軍用じゃない魔弾は通じないよ.......軍用でも怪しいけど」

「それ、先に言って欲しかったな!!後、お前も手伝え!!」

「無理。私は今能力を使えない。戦闘も出来ないから、囮ぐらいにしかならないよ」

「囮にしたら助けた意味がねぇだろうが!!なら、これ撃って牽制しておけ!!」

「分かった」


 俺はリヤカーの後ろに乗っている少女にピストルを手渡すと、前を向いて懸命に走る。


 キレ散らかしたオーガは何度目か分からない咆哮を上げると、こちらへ猛スピードで迫ってきた。


 俺は前しか見ていないのでその姿を見ることは無いが、足音で分かってしまう。やべぇ、怖すぎる。


「牽制にもならない。もっと威力のある物はないの?」

「あったら使ってる!!」


 俺はオーガから全力で逃げつつ、今持てる手札でこの状況を打破できないか考えた。


 何が使える?何が今の俺達を救ってくれる?


 小学生の頃までに遊んだ玩具を必死に頭の中で思い浮かべながら、オーガから逃げ続けるが、足の速さが段違いすぎてそろそろ攻撃範囲に入るそうであった。


 しかも、こういう時に限って不幸は起こる。


「弾切れ........」

「魔力を込めればまだ使えるだろ?!」

「今の私だと無理。毒でマトモに魔力が使えない。最低でも、後一日は回復しないと」

「だァァァ!!クソッタレめ!!おい、ライトで俺の行く道を照らせ!!そして銃をよこせ!!」


 前を向いて走りつつ少女から銃を受け取ると、俺は素早く魔力を銃に込めて弾丸を生成する。


 リロードにはさほど時間は掛からず、5秒程で弾丸の生成は終わった。


「ほら、リロード終わったぞ!!さっさと撃ってくれ!!」

「了解」


 少女は銃を受け取ると、再び牽制を開始。


 足音が遠ざかるどころか近づいてきているのを聞くに、毛ほども効いていない様に思えるが、それでも無いよりはマシ精神だ。


「追いつかれるよ」

「分かってる!!」


 俺はすぐ様能力を発動させると、オーガの目の前に金属バットを生成。


 何も無いところからいきなり目の前に何かが現れればビビるやろと言う、賭けに近い選択を取った。と言うか、これ以外に取れる手段が思いつかなかった。


 悲しきかな。戦闘IQが高い訳でもない俺に、何か画期的な閃を期待してはいけない。


「グォ?!」


 単純な手だったものの、オーガには効果的だったようで足を止めて様子を伺う。


 その隙に距離を取れるだけ取る........はずだった。


 足場の悪い洞窟内を進み、来た道を戻る簡単なお仕事。しかし、天は尽く俺を見放すらしい。


 分かれ道がある少し広い場所。自分が大体どの辺に居るかは分かっているので、道に迷うはずはない。


 そう、道が変わっていなければ。


「........おいおい、どうなってんだよ」

「この洞窟は時間によって道が変わる変化型。私も牽制ばかりに夢中になっていたから、時間の事を忘れてた........ゴホッ」


 通ったはずの道は封鎖され、新たな道が生まれていることもない。


 完全に行き止まりだった。


 洞窟を出るには来た道を戻るしかないが、その戻る道の先にはオーガが居る。そして、そのオーガを倒すなんてことは、今の俺の実力では不可能だ。


「帰り道、分かるか?」

「道は分かる。けど、それよりもあのオーガを何とかしないと、どうしようも無い」

「んな事は分かってる。お前は──────────そう言えば、名前はなんだ?」


 ポーションを渡した時に名前を聞きそびれた。今更ながら、俺は少女の名前を聞く。


 少女は、血と泥にまみれた白髪を揺らしながら自分の名前を言った。


「リーズヘルト・グリニア。それが私の名前」

「よし、リーズヘルトグリニア?長ぇな。リィズでいいか。なんとしてでもあのクソから逃げ切るぞ」

「........?リィズ?」

「あだ名みたいなものだ。不満か?」


 リーズヘルトと名乗った少女は静かに微笑むと、首を横に振る。


 その目からは、生きる意思の光が宿っていた。


 いいね。俺はそっちの綺麗な目の方が好きだぜ。


「不満じゃない。リィズ。いい名前だね、グレイちゃん」

「“ちゃん”付けはちょっと........まぁいいや。それよりも、来るぞ!!」


 ほんの僅かに親交を深めた俺達は、絶望を引っさげた足音がする洞窟の奥に目を向けるのだった。




【変異種オーガ】

 赤色の肌と3メートル近い屈強な体格をした亜人種オーガ科に分類される魔物。通常種オーガとは全てが違い、その強靭な肉体は弾丸をも容易に弾く。作中に登場している変異種オーガの他にも様々な変異種オーガが存在し、そのどれもが通常種オーガの5~10倍近く強い(通常種オーガはCランクハンターが4人集まればひかくてき安全に狩れる程度)。

 現在確認されている変異種オーガの中で1番強い個体は、たった一体で都市を滅ぼした。




 FRで2番目に人口の多い都市“マルセイユ”。様々な人々が行き交う活気溢れる街ではあるが、どこの都市にも暗い場所と言うのは存在していた。


「や、やめてくれ........本当に知らないんだ」

「あ?ここを通った後があるのにソイツの姿を見てねぇだと?テメェの目は節穴か?ほら、思い出せよ!!ママの腹の中に入っていた頃の記憶から全てを捻りだせよ!!」

「アガッ........」


 街灯もない暗い裏道。普段からアウトロー以外が通ることの無いその道で、1人の大男が血まみれになりながら悲鳴を上げる。


 目の上は腫れ上がり、両腕はへし折れ、足からは肉の焼けた匂いがしていた。


「兄さん。やりすぎだよ。この人、本当に何も知らないと思うよ」

「あん?そうなのか?」

「ここまで拷問されても何も言わないって事は、本当に知らないんでしょ。遊ぶのもいいけど、僕たちにはまだ仕事があるよ」

「........チッ、使えねぇな」


 深紅の髪をした男は、自分の一回りも大きい男を投げ捨てると、自分とは正反対の髪色をした弟の頭を優しく撫でる。


 冷たく静かな水色の髪が月明かりに照らされ、神秘的な湖にも見えるその髪を揺らされた弟は、少し困った顔をしながらスマホのような物を見ていた。


「兄さんが最初の一撃で仕留めてくれれば、こんな事にはならなかったんだけどね」

「それは、悪かったよ。だが、あのアバズレの生命力が異常すぎるだけだろ。なんで炎で焼いて全身を凍らせた上に、特殊な毒を塗ったナイフを深く刺しても死なねぇんだよ。上の話曰く、抗体が無い毒のはずだったぞ」

「確かにアレは凄かったね。本当に生きてるのが不思議なぐらいだよ。でも、彼女は生きている。殺さないと、次は僕達かもしれないよ?」

「はん、貴重な“成功例”を殺せるのかね?それが無理だから、同じ“成功例”の俺達を動かしたんだろうに」

「一応、反旗を翻した時のために自爆できる機構を取り付けてはいたらしいけど、僕達も彼女も何らかの手法で無力化できてるからね。Sランクハンターレベルの強者じゃないと僕達は殺せないでしょ」


 弟はそう言うと、壁に投げ捨てられ何とか命を拾ったと安堵し逃げ出そうとしていた大男の頭に銃弾を叩き込む。


 パンと乾いた音が夜の街に響き、大男は眉間に風穴を作って死に絶えた。


「発信機もバレてるし、厄介だなぁ........」

「しらみ潰しに探すしかないのか?」

「そうだね。まぁ、この街で僕達の追跡を撒くとなると、逃げ込める場所は限られるけど」

「ダンジョンか」

「多分隠し通路を出現させて、その中で逃げてるんじゃないかな?今は魔力がロクに使えない状況だろうから、下手をすれば魔物に食い殺されるだろうけど」


 深紅の兄と水色の弟はそう言うと、マルセイユ唯一の管理ダンジョンに足を運ぶのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る