俺、無理ゲーに挑むってよ〜平行世界の地球があまりにもハードすぎる件〜

杯 雪乃

マルセイユテロ

俺、無理ゲーに挑むってよ


 願わくば、その顔面の形が変わるまで殴らせてくれ。


 俺がそう願うのも無理は無い。何故かって?それは──────────


「随分と舐めた事やってくれるじゃねぇかよぉ!!えぇ?!九芒星エニアグラムさんよぉ?!」


 マフィア映画に出てきそうな目元に傷を負った凶悪な顔面と、映画やアニメでしか見た事がない極太な葉巻を口にくわえ、黒いスーツに身を包んだ30代後半のオッサンが、その部下と思われる輩を引連れてウチの事務所にカチコミをかけているからだ。


 事務所の窓からチラリと外を覗けば、銃火器や剣、更には戦車らしきものまで。しかもあの戦車、レオパルト2A9じゃねぇか。あれ1台で日本円にして7億近くかかるんだぞ?どんだけ資金力があるんだよ。後、あれはこんな狭い市街地で乗り回すものじゃないと思うんだが........


 意味が分からない。その巨悪な顔には見覚えがあり、二週間ほど前にウチの事務所を訪れて交渉を持ちかけてきたやつだった。


 その時、俺は面倒だし対応しなかったのだが、もしかしてそれが原因か?と首を傾げる........訳が無い。


 その時の対応は、元詐欺師に任せていたのだ。どうせそいつが何かやらかしたに違いない。前にも何度かやらかしてるからな。


 そう考えた俺は、事務所のソファで寝転んでDSN(ニン〇ンドーの折りたたみ式携帯ゲーム機)を弄る男に声をかけた。


「おいバカ。お前何やった?」

「へ?ボスが言う通り便話を付けただけですよ。あ、大丈夫ですよ?今回はちゃんと周りに迷惑にならないように、あの高性能AIに手伝ってもらってあちこちに手を回してあるんで。ウチの戦力ならあの程度、赤子の手をひねるよりも簡単に処分できるでしょ?」


 違う違うそうじゃ、そうじゃない。


 如何にも“俺、ちゃんと仕事しましたよ?”と言わんばかりのドヤ顔をかましているが、お前は俺の言ったことを何一つとして理解していない。


 俺は“話し合い穏便に”と言ったのだ。誰が“ドンパチ起こせ穏便に”と言った?お前の脳味噌ではどう変換されたんだ?えぇ?


 頭が痛くなってきた。


 どうすんのよこの状況。何をやったのか知らないけど、絶対ろくな事してないよ。関係修復不可能だよ。


「あぁ、どうしてこうなった」


 俺は、このクソッタレな状況に陥った最初の原因を思い浮かべる。


 そう、全てはあの【神】の一言から始まった。




【レオパルト2A9】

 ドイツにある戦車。このレオパルト2A9は今のところ実在しないものの、レオパルト2AVを原型としたレオパルト2~という戦車は実在する。現在はレオパルト2A7Vが最新(執筆時)。大きさは全長10.93m全幅3.74m全高3.03m重量6.75t




「おめでとう!!君は私達、神々の遊戯に選ばれた!!」

「........は?」


 突如として現れた自称神は、そう言って両手を広げる。


 自称神からは後光が差しており、逆光から写真を撮ったかのようにその姿は輪郭のみが映し出されていた。


 その見えない顔は美しいのだろうか。髪は影を見る限り長いようだし、もしかしたら相当な美人かもしれない。ほら、自称神だし。


 ........いや、重要なのはそこじゃない。なぜ俺はこんな所にいる?


 俺はついさっきまで自分が何をしていたのかを必死に思い出した。


 えっと、その日はくそ暑くてアイスを買いにコンビニに行ったんだ。んで、スーパーなカップのバニラアイスを買ってその帰りに........アレ、帰りに?


 そこから先が思い出せない。家に帰った記憶が無い。もしかして、熱中症で死んだ?あの日は、幻覚が見えるんじゃないかってほど暑かったからな。まさか、今これは異世界転生イベントの真っ最中?


 異世界ファンタジーが好きでよくWeb小説を読んでいた俺は、今の現状がその小説で読む異世界転生の前に神と話すシーンに良く酷似していることに気がついた。あ、俺これ死んだパターンか。


「おぉ、自らその地点に至るとは流石は日本人。話が早くて助かるよ。日本の異世界転生ブームはまだ過ぎてないんだね」


 自称神........いや、もう普通に神と呼ぶべきか。俺は長いものには巻かれるタイプだ。ここでご機嫌を取ってなるべくイージーモード異世界に飛ばしてもらうとしよう。


 俺はできる限り柔らかい笑顔をうかべ、神の好感度を上げるように努める。ものによっては、ここで怒りを買ってハードモードの異世界転生をさせられた小説だってあるのだ。俺はそんなスリルを求めてはいない。


 多分この心の声は神様に聞こえているだろうが、それでも媚びを売るぞ俺は。


「えぇ、まぁ。流石は神様。地球の事もお見通しなんですね」

「うん。心の声が聞こえていると分かっていながら、全力で媚びを売るスタイルは嫌いじゃないよ。さて、君も察しが着いているように異世界に今から転移してもらう。とは言っても、平行世界の地球みたいな感じだから、異世界ファンタジーと言うよりは現代ファンタジーに近い世界だ。そこで君は好きなように生きるといい。精々、私たちを楽しませてくれ」

「え、魔法とかないんですか?」

「あるにはある。その辺の必要な一般常識は、向こうの世界に行った時に分かるようにしてあげるよ。それと、向こうの世界では日本語が廃れて無くなっている。君、言語学習は得意じゃないだろう?」

「え、あ、はい」


 俺は英語のテスト(中学)で32点を叩き出した男だ。不得意なんてレベルじゃない。


「そんな君には言語理解の能力を与えようか。言葉が分からずに困り果てるのは、見飽きたしね」


 サラッと恐ろしいことを言う。“見飽きた”という事は、実際に何度か試したという訳だ。この神様は、何度も異世界転生させては俺達を盤上の遊戯として遊んでいるのだろう。


 良かった。その試している時に死ななくて。


「ありがとうございます」


 俺は素直にお礼を言った。冗談抜きで助かる。それがチート能力かと言われれば首を傾げざるを得ないが、ないよりは絶対あった方がいい能力だ。


 例を言われた神様は、数度頷くと俺の頭をコンッと小突いた。


「うんうん。良い子だね。近頃は神を軽視する者もいるけど、君は軽視しながらも見下しはしないようだ」

「信仰心はないですからね」

「日本人はそこが困るよね........まぁ、これ以上話しても時間の無駄だし、そろそろ向こうの世界に送るとしよう。あぁそうだ。もしも課題をクリア出来れば、私が君の願いを何でも一つ叶えてあげよう。頑張りなよ」


 神様はそう言うと、軽く腕を振るう。


 それと同時に、俺の意識は深い闇の中に消えていくのだった。


「あ、死んだ理由が熱中症じゃなくて、落下してきた鉄柱だったの言い忘れた」




【神】

 高次元に存在する神秘体。彼らは娯楽に飢えており、最近のブームは異世界転生。一時期はチートじみた能力を与えては、その人間を観察して楽しんでいたが最近は廃れ気味。主人公は神が今後も干渉してくるのでは無いかと疑っているが、干渉する事は一切なくあくまで見守る立場である。後、神々には独自のコミュニティがあり、よくチャットの様な形式で話し合っている。




 神に異世界へと転生させられた俺は目を覚ました。灰色の天井が異世界へと足を踏み入れた俺を歓迎しており、これからの新しい生に対してやる気を溢れさせてくれる........事はない。


 流石に灰色の天井でやる気は出ない。もう少し彩って欲しい。


「知らない天井だ」


 俺はお決まりのセリフを言ったあと、ゆっくりと寝転がっていたベッドから身体を起こした。


 絶妙に寝心地の良いベッドから身体を起こすのは少し名残惜しかったが、俺はそれよりも新しい世界を早く一目見てみたかったのだろう。視線は自然とベッドの横にある窓に向けられ、世界を閉ざしていたカーテンを勢いよく開く。


「これが新しい世界........」


 雲ひとつ無い晴天に、現代のヨーロッパの街並み。若干近未来感があるが、その中で異質に輝くのは様々な武器を持った人々だ。


 日本ならば銃刀法違反でしょっぴかれるであろう武器を背負った人々は、当たり前のように街の中を闊歩している。そして、武器を背負った人々が街中を歩くことがさも当たり前かのように誰しもが反応していない。


 神様に植え付けられた知識から推測するに、彼らは“ハンター”と呼ばれる職業の者達だ。彼らは、“ダンジョン”と呼ばれる異界の地を繋ぐゲートを潜ってその地で様々な資源を集めてくるいわゆる採取者である。


 この世界では、何があったのか?


 1960年代までは、この世界は地球の歴史と大した違いもなく進んでいた。しかし、1972年の冷戦時代に歴史が大きく動くこととなる。


 それが“ダンジョン”の出現だ。


 突如として出現したダンジョンはその特性上、地球の一部を飲み込んで魔物と呼ばれる地球外生命体をダンジョンの外に放った。


 もちろん、人々はこの事態に困惑しつつも対応。しかし、人類が想定するよりもはるかに強かった一部の魔物は人間を食い荒らした。


 銃火器も効かず、ミサイルも無力化されるとなれば人類に打つ手はない。


 そんな絶望の中で現れたのが“能力者”だ。


 彼らは元は普通の人間でありながら、人ならざる特殊能力を得た者達(彼らの事を覚醒者とも呼ぶ)。世界中で覚醒した能力者達は、己の国を守るため愛する者達を護るために戦い見事を守り切った。


 この出来事は、第一次ダンジョン戦争と呼ばれるようになる。俺が今いる時代から415年も前の話だ。


 そこからまぁ、色々とあってダンジョンで資源を調達する者を“ハンター”と位置付け、世界は彼らに手厚い保護をしながら資源を得つつ平和を守ってもらっている。


 しかし、先程守り切ったと言ったように、人類は守れたが、全てを守れた訳では無い。


“五大ダンジョン”と呼ばれる現状攻略不可判定である5つのダンジョンや、あまりに秘境すぎて対応が送れた“秘境ダンジョン”などは地球を蝕んで国を滅ぼした。


 我らが祖国日本も“五大ダンジョン”の一角によって滅ぼされており、純日本人は既にこの世界から消えている。


 他にも滅んだ国は多く、現在まともに人々が暮らせる地はヨーロッパ諸国と北アメリカ大陸全般、そしてCH(中国)のごく一部と北アフリカとなっていた。


 俺が神様によって送られた場所はFR(フランス)であり、この世界ではかなり安全に住める国として人気が高い。ありがたやー。


「それにしても、地球にダンジョン........ねぇ」


 確かに神様は、“異世界ファンタジーと言うよりは現代ファンタジー”と言っていた。確かにその通りだと思う。


 だって普通にテレビとかあるし、なんならスマホに似た携帯電話もある。街では車が普通に走っていれば、バック・トゥ・ザ・フ〇ーチャーで見た空飛ぶスケートボードに乗ってトリックを決める子供までいた。


「この部屋も随分と現代的だし、普通にテレビあると異世界って感じはしないな」


 俺が今いるこの部屋は、ハンター向けのアパートのようなものであり、格安でありながら最低限の設備が揃っている中々悪くない物件だ。神様に媚びを売った甲斐があったな。


 俺は既にハンターとしての資格を持っているようで、更には二年ほどは働かなくてもいいだけの金が銀行に預けられている。


 この世界の金は以前居た地球とはだいぶ違う。第一次ダンジョン戦争によって、紙幣などの価値が大幅に下がって紙屑と変わらなくなってしまった。そこで各国は当時不変の価値を持っていた金や銀を使った金に変えたのである。現在の金の単位はゴールドであり、鉄貨1枚で1ゴールドとなっていた。


 貨幣の順番は下から鉄、銅、銀、金、白金となっており、1つ単位が上がるのに100枚必要となる。ここら辺は紙幣の方が持ち運びが便利になっただろうが、紙幣に対する信頼が既に無いので仕方がない。今の世界の住人は慣れているからいいが、俺は慣れるまで時間がかかりそうだ。


 パン1つで銅貨2枚(200ゴールド)かかるそうなので、1ゴールド1円換算で問題ないとは思うが、物価が違いすぎるので宛にはならない。なるべくこちらの価値観に物事を寄せた方が懸命と言えるだろう。


 ちなみに、1人が不自由なく生きていける金額は年300万ゴールド程。年間300万稼げば、人並みの生活が送れるわけだ。


 そんな現代ファンタジー感満載の世界だが、気になるのは俺の能力である。


「コレ、強いとは言えないよなぁ........馬鹿と鋏は使いようとか言うけど、これは無理だろ」


 この世界に来てから俺も能力を得ている。現代に生きる人々は、全員能力を持って産まれてくるようで無能力者と言う存在は一人もいない。


 能力に関係する研究機関もあるようだが、そこまでは一般常識の範囲に入っていないのか詳しくは分からなかった。


 さて、話を戻して俺の能力である。


 使い方は既にわかっている。試しに使ってみるとしよう。


「“昔懐かしの玩具箱トイ・ボックス”」


 身体からほんの僅かに何かが出て行く感覚がした後、俺の手にはカシャンカシャンと両手にシンバルを持った猿の玩具が出現していた。


 これが俺が得た能力“昔懐かしの玩具箱トイ・ボックス”。能力は小学生時代に遊んだ玩具を具現化させ、一定の範囲内であれば操作できる能力だ。


 うん。何に使うねん。


 魔力と呼ばれる能力を使用する際に必要なエネルギーの消費量はとてつもなく少ないが、これどうやって戦うの?いや、一応金属バットや木刀も具現化できるのだが、これで魔物が討伐できるとは思えない。


 身体強化と呼ばれる、魔力を纏って肉体を本来の数倍以上に引き上げる技術もあるのだ。が、それ以前の問題だ。


 木刀でドラゴンが倒せるか?いいや、精々ゴブリンを撲殺するのが限界である。


 そして、神様が言っていた“課題”というのは現状攻略不可判定を出されている“五大ダンジョン”の攻略だった。


「うーん。無理ゲーじゃね?」


 神様。俺に死ねってか。





お昼頃(12時ぐらい)にもう一話上げます。

 ※この物語はフィクションです。実在する人物や団体、国家、都市などとは一切関係ありません。

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