269.リュウと言う名の暴力

『リュウ! フェナ様呼んで!! アルが死んじゃう!!』

『残念だが我は治癒はできぬ』

『だから! フェナ様を!!』

『ふむ、あれか、銀の娘か?』

 リュウはとにかく大きい。ビル三階分くらいある。それもとぐろを巻いた状態で、だ。地下に作られた道を突き破って外に飛び出すことになっている。召喚主であるシーナは潰さないよう、埋もれないよう配慮はなされたようだ。シーナはもちろんアルバートにも土埃の一つもかかっていなかった。

『銀の娘ならほら――』

「シーナ! 何があった!!」

 絨毯からフェナが血相を変えて飛び降りてくる。

「フェナ様助けて! アル、あるが死んじゃうの!ヤダもうヤダよ、しんじゃやだ」

 すぐに現状を把握してすぐさまアルバートの横にしゃがむ。

「これを喚んだからには覚悟は決まったんだな?」

「覚悟なんてないよ。でも、アルがいなくなるなんて耐えられないもん」

 溢れる涙と鼻水を袖でぬぐう。そんなシーナにフェナは呆れ顔だ。

 アルバートの傷口は塞いだようだが、流れ出た血の量が多すぎるとフェナが呟く。

『なら、ほら、そこの我が子の祝福をしておけ』

『我が子?』

『精霊の子だ』

『もしかして……ラコのこと?』

 名を呼ばれたと思ったのか、空中をスイスイと泳いでシーナに頬ずりする。

『ああ、そうだ』

「ラコ、アルに祝福してくれる?」

 横たわりまぶたを閉じるアルバートに祝福の光が降り注ぐ。あまりに神々しくて、天に召されそうでまた泣けてきた。

『我が子ってどういうことなの?』

「シーナ! リュウは言葉を解するだろ。私たちの言葉で話しなさい」

 交わされる会話の不穏さに慄くフェナから注意が入る。意識しないと話している相手に合わせてしまうから、今は少々面倒くさい。

『我が子は我が子だな。精霊の子は等しく我が子だ』

「ラコはリュウになる?」

『まあ性質はそれそれだがな。というかそなた、召喚の組み紐トゥトゥガを知っているならそれを編めばよかったのだ』

「いや、これは偶然で、別の人が作ってたのを完成させてしまったというか……」

『ふむ……無理な召喚は我の腹が減るのだ』

 お腹が空くのくらいは我慢してほしい。

『それにしても、なんぞ気味の悪いものがあるなぁ』

 リュウが、首をもたげて目を細める。言葉を発するたびに口先なのか、鼻先なのか、長いひげがふよふよと揺らめく。

「……あーもしかして、魔物を操る組み紐トゥトゥガかな?」

 気味が悪いといえばそれくらいしか思いつかない。

「あれ全部燃やしてしまってほしいくらい。そうしたら今まで操られてた魔物がどうなるかわからないしなぁ……というか、魔物の王様なんでしょ? 魔物全部来たところに帰ってもらいたいんだけど!」

『まあ、命じることはできるし、あの気味の悪いものは我も我慢ならぬので始末してやりたい』

『え、本当!?』

 なんならあとから来る魔物の軍勢とそれを操る組み紐トゥトゥガまで始末してほしい。

『ただなぁ。腹が減った』

『腹?』

『クッキーが食べたい』

 よっぽど気に入ったのか。

『クッキーならいくらでも作るよ! なんならもっと美味しいものもたくさんある! だから、お願い。ここへ、聖地へ攻め立ててくる魔物を全部返しちゃって!』

「シーナ! 何を話しているんだ!」

 シーナの勢いに何か危険なものを感じたフェナが再度叱責する。だがもう遅い。

『うむ、任された。耳を塞いで……いや、結界を張るから動くなよ』


 山間の中で打ち上げられる花火の音を知っているだろうか?

 暴力的に腹に響く音の塊。その何十倍もの衝撃がこの地に降り注ぐ。


 リュウが吼えた。


 全ての魔物が恐慌状態から、さらに、絶望を感じ、還れとの命に従う。頭でなく身体が、本能に従う。

『あとはアレだな。【滅せよ】』

 長い爪を持つ三本指を、シーナが走ってきた方に向ける。三本指の真ん中を軽く弾くと、魔力のゆらぎが見えた。その先がどうなったかはわからない。

「シーナ……」

「フェナ様! アル、大丈夫ですか?」

 立ち上がって怒っているが、シーナの問いには頷く。 

「あとは体力次第だ。祝福もかかったなら大丈夫だろう。それより今のはなんだ?」

 地上の方からたくさんの足音がする。

「えと、おうちへ帰りなさいと命じてもらいました」

 額に手を当て唸っている。

「あと、リュウも黒の組み紐トゥトゥガ、彼らは深淵の組み紐トゥトゥガて呼んでましたけど、アレが気持ち悪いそうで、それをなんか滅せよって」

「……そうか。周囲の魔物がどんどんと北の方に移動している」

「あ! 後二日くらいで魔物のおかわりが来るらしいんですけど、リュウ! 北の方から来ている魔物、いる?」

『それも帰れと命じたぞ』

組み紐トゥトゥガで操られて来てると思うんだけど」

『あの程度のものと我のめい。どちらが優先か、本能でわかっているだろう』

 突然反乱を起こす魔物に、操っていた人はどう対応するのだろうと少し同情をしたが、やるからにはやられる覚悟を持っていて当然だろう。自業自得ということで自分を納得させる。

「ダーバルクさんは大丈夫かな」

「ヤハトとバルを落としてきた。まあ平気だろう。それよりもこのあとの始末だ」

『早くクッキーを食べたい』

「もう少し待ってください」

 大きな体を震わせて、リュウは不満そうに唸る。直ぐ側にあるリュウの背(?)を撫でていると体を震わせた。鱗のような肌は硬く、逆方向に撫でたら手が切れてしまいそうだ。

「ラコちゃんの毛皮と全然違うんだけどなぁ」

『召喚主の性質にもよるし、その後の育ち方にもよる。召喚主の魔力や精霊、魔物やときには人も喰らう』

「ええ!? 人も食べるの……?」

『食べぬよう言い聞かせればいい』

 それはもう全力で言い聞かせる。

「闇に潜む魔物食べても、ラコちゃんが悪い子になることはないよね?」

『育て方だ。そなたらの子どもと同じだ。我は精霊と魔物を食って生きたからこうなっているな。というか、基本は魔物だ。すぐ湧くからな』

 生まれより育ちってやつだ。よし、頑張ろう。

「召喚って、なんなの?」

『漂う精霊をまとめ、縒り上げる儀式だ一度呼ばれれば根底で繋がる。シーナは我をもういつでも好きなときに喚ぶことができる』

 最強の召喚獣ゲットだぜ……。

「て、私の魔力食べるの!? すぐ枯渇しちゃう……」

『我はもう成体だからそれほど餌は必要ない。ただラコはこれから成長期だ。気をつけたほうが良い。定期的に、ほら、先日我とそなたが会ったような場所へ送り込めば良い。それはまだ触れることのできない存在だから、相手にやられることはないのだ』

 ラコずるっ! やりたい放題。

 え、待て。まだ触れることのできない?

「ラコ、そのうちみんなに見えるようになる? 触れるようになる?」

『精霊ばかりを喰ろうておれば違うのだろうが、食性の影響は出る』

「ぁぁぁ……フェナ様ぁ……ラコちゃん可愛いから攫われちゃう」

 精霊の煌めきがひっきりなしにフェナの下に届く。そのたびに腕を振るい返信をしていた。

 ぎろりと睨まれため息をつかれた。


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