268.シーナにできること
近寄ってきたルーは、シーナを広場へ引きずり出すと、地面に片手で押さえつけ乱暴に背中をめくる。
傷に障るのでやめてほしい。
『隠蔽陣を傷つけやがった!』
『何? どうしたの?』
ユルルの声もする。
気持ち悪いし傷が痛いしで、正直もう放っておいてほしいがそうはいかないようだ。
『ラーシャ! 道を塞げ! ユルル、皆を集めて撤退するぞ』
人の駆け回る音がする。
『シーナに目印でもついていたら、地下に道があることもすぐバレる! 急げ!』
光り輝くラコを、金目銀目が真っ先に見つけてくれるだろう。
事実、地上からの攻撃がこちらに寄ってきている。音が近づいていた。問題は、今いるのが地下なので無闇に地下まで貫くような攻撃はしないでほしいなということくらいだ。
『全部はいい。最低必要限だけ持ったら後退だ!』
男たちが集まり、
駆け回ってる彼らの足元で、とにかく息を整えているしかなかった。
自分を傷つけるとき手加減をしていては、しっかり陣を崩せないかもしれないと、思い切りやったので背中がまだ出血している気がする。ズキズキ痛い。あれは、自分で自分を傷つける行為になるから防御の魔導具はノーカンなのか、それとも大した威力がないのか? 隠蔽陣を刻みつけられるときに働かなかったのは、命の危機になかったからだと思う。きっと調整が難しいのだ。
『ラーシャ、道は?』
『ある程度塞いだけど……先に行ってくれる? もう少し塞いでから行く。私は自分で道も増やせるから大丈夫よ』
ルーはその言葉に少し躊躇ったようだったが頷く。
『ルー、魔物を何匹か放っておこうか』
『祠の分がたぶん全滅しただろうが……その方がいいかもしれねぇなぁ。出し惜しみしていたら負ける』
ぶわっと鳥肌が立った。
顔を上げると地面にシミが広がり、例の魔物がのっそり現れてくる。
こんなものを地下に放たれたらそれは困る。
心の中でラコに願う。シーナの直ぐ側で頭を擦り付けていたラコが、ぶわりと大きくなった。
『えっ? あれ?』
『消えた?』
シーナは倒れたまま目を瞑った。私は何も知りませんよアピールをしておく。
ラコがそばに寄ってきて、腹をさすっていた。
満腹なのかな。これ以上は望めないかもしれない。
ドンっと地面が揺れた。
『やっぱり、何か目印があるぞ!! 確実に寄ってきてる!』
『連れて行ったら追いかけ続けてくるだろ!
それは困る。フェナの
『
『すでに今、そいつが厄災だろ!』
意見が二つに割れて、どちらの主張も激しい。
とにかく、フェナの
だがこの囲まれた状態で、どこに逃げればいい? 何か気をそらすものはないか。
周囲の殺気が肌で感じられるほどになったとき、突然浮遊感に包まれる。
えっ? と思った瞬間抱きとめられた。地下の広間の灯りが閉ざされ、闇の中だ。
「よし、もう一段下がるぞ!」
ダーバルクの声だ。
そしてまた浮遊感。ただ、シーナを抱えている腕は変わらない。
「ちっ、やっぱり土使いがいるな! 行け! こっちは任せとけ!」
「お願いします!」
一番聞きたかった声が頭上から響いて、嬉しくて抱きしめ返す。
「アル! アル!!」
「シーナ、ちょっと走りにくい」
道にはところどころ明かりが灯されていた。精霊の明かりだ。見上げると、優しいアルバートの瞳があってホッとする。
「アル……ごめん降ろして、背中痛いの」
抱きかかえてくれるとどうしても背に腕が当たり、それがかなり痛い。
慌てたようにシーナを立たせると、背中を覗き込もうとするので止めた。
「それはまた後で! 進まないと」
無事に帰ればフェナが傷は塞いでくれるはずだ。
「あ、フェナ様。上から攻撃してた?」
走りながら尋ねると、アルバートが頷く。彼が先を行き、シーナが後を追いかける。ダーバルクが早駆けをかけてくれているようで、走りやすかった。
「ラコがいるからフェナ様もこっちの位置がわかるだろうけど、だからって思い切り攻撃ぶつけたら……ダーバルクさん大丈夫かな」
フレンドリーファイアが怖い。
と、突然アルバートが止まる。
「ん、なに? 何かある?」
「シーナは! ……お願いだからまず自分の身を案じてくれ。一番守られないといけないのは君なんだ」
声は抑えていたが、アルバートの切実な訴えに申し訳なくなる。ただもうこれは性格としか言えなくて、ごめんねと謝っておくが繰り返すだろうなぁと思った。
ため息をついたアルバートは、シーナの手を握ると再び走り出す。いつの間にか行きに通った、ラージャの作った道に入った。
「あと少し、この先の出口にヴィルが待機してくれている。そこまで行けば――」
アルバートが振り返り、そう言ったとき、視界が真っ白になる。
さらに少し先でぎゃぁと女の叫び声がした。
真っ白な光はすぐに収束し、前方に倒れた女性の姿があった。ピクリとも動かず、すでに事切れているようだ。
「ビア……てことは今のは防護の魔導具が反応したんだね」
ね、と己の右手の先を辿り、それが、下を向いて重くのしかかってきていることに気付く。
シーナの右手の先に在るはずの、アルバートの姿を探す。
「アル?」
倒れたまま、シーナの声に全く反応しない。まぶたは閉ざされ、まるで美しい人形のように横たわっていた。
地面に赤い染みが広がっていく。
「アル……アル!! やだ、え、アルも防護の魔導具持ったって……アル!?」
黒い騎士服では傷の深さがわからない。ただ、出血量が尋常ではないことはわかる。
「ヤダ! アルなんで! ラコ!! フェナ様を……そんな、間に合わない!」
こんな終わり方は嫌だ!
素人目に見ても致命傷で、今すぐ、今すぐに傷を塞いでもらわないと。だが、こちらからフェナを呼ぶ術が思いつかない。
「ヤダ!」
こんな風にアルバートを失うのは嫌だ。もう無くすのは嫌だった。
「助けてフェナ様! 助けて……」
耳飾りをつかむ。魔力をそこへ注ぐ。
「助けて、リュウ! フェナ様が今すぐここに欲しいの!!」
叫びは空を駆けた。
召喚の煌めきが天を突き抜ける。
それまで雲一つなかった空に、大きな陣が展開される。赤い禍々しい光が辺りを包み込む。
震えが来るあの存在が、突然何もなかったはずの場所に現れる。
ラコやあの魔物たちで予想はしていたが、さすがこれは予定外だ。
地下の街道をぶち破り、リュウは変わらずシーナに語りかけた。
『またあのクッキーを所望する』
戦場に現れた伝説の魔物の王、リュウに、人だけでなく地上に溢れた魔物たちまでが戦慄し、恐怖し、恐慌状態に陥った。
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