261.闇の精霊信仰者たち
吐きすぎて、喉はひりつき顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
「ちょっと、洗浄してあげたらー?」
「また吐くんだから、最後にまとめてでいいだろう? 魔力の無駄。それより、地上の魔物はどんな感じ?」
「少しずつだけど、前線が後退している。なんで急にこんな攻めに転じたのかしら」
「情報が漏れているとか?」
「まさか! セルベールにいる者はそのために全容を知らされていないのよ? 知っているのは北の言葉しか話せないんでしょ?」
確かに、とユルルが頷いて地下の通路を進み続ける。空気そのものが腐っているかのように、息をするのも辛い。
口で酸素だけを取り入れるように浅く息をしている。意識を失ってしまえば楽なのかもしれないが、おぞましい気配がそうさせてはくれなかった。
ほとんど目を開けていられないが、道は人が二人並んで歩けるくらいの幅で、天井もバルやジェラルドの更に頭一つ分くらいまでしかない。かなり圧迫感のある作りだった。途中何度かある分岐を、目印でもあるのか迷わず進む。追い風を掛けて、二人の足はかなり速い。もうだいぶ遠くまで来た気がする。
正直この荷物のような運ばれ方は頭に血が上るし何度も吐いて頭痛もひどい。意識が朦朧としつつも、おぞけるような気配に途切れさせることができず、いっそもう一度眠らせてくれと頼みたくなるようなキツイものだった。
『ユルル、ようやくの帰還か』
『十年もご苦労だったな』
そんな会話に顔を上げると、先程までの通路とは違う、開けた場所についていた。
ユルルはシーナを床へ降ろす。
『聖地は世界樹様が身近でとても素晴らしかったよ。言っていた、フェナの
『おお、世界樹様に救われた選ばれし者か』
地面に顔を伏せたまま動けないシーナのそばに来ると、声の主は無理やり腕をつかんで体を起こす。
『ああ、ここに来るまでにだいぶ吐いていたから【洗浄】』
唐突に顔を水に包まれ、危うく気管に入るところだ。そうなればまた吐いてしまうだろう。今も激しい吐き気と戦っている。
『吐いた? 運び方か?』
『いや、どうやら深淵の
『これにか?
目の前に差し出された腕には真っ黒の
耐えきれずに顔を背け、吐く。
『こりゃ大変だな』
大柄で浅黒い肌に黒髪黒眼の男は、そう言って大笑いした。
『それならもういっそのこと殺してしまえばいいだろう。そんなんじゃまともに食事もできないし、ほっといてもそのうち死ぬ』
『馬鹿者。世界樹様が救った命を我々が意図的に殺すなど許されぬことだ』
『チッ』
彼らの言葉でシーナがこうやって攫われたのは、やはりフェナの戦力を削ぐためなのだとわかった。もういっそのこと殺してくれとまで思っていたが、それならばやはりシーナは生き残らなくてはならない。
『しかし、こんな子どもを
憐れみを含んだ言葉に、ユルルが笑って否定する。
『彼女、成人してるよ。幼く見える種だとか』
軽い驚きが広まるが、もうそれに反応する元気もない。
『女なら使い道もある。すぐ駄目になるからな』
『そうだ。
『それは面白そうだ、試してみよう』
全部で十人ほどだが、ビア以外は全員男だ。話の内容が簡単に察せられ気分が悪い。
さらには誰も彼もが嫌な気配を纏っている。あの
『今はそんな話をしている場合ではない。魔物の軍勢はどうだ?』
先ほどシーナの側に来た男が尋ねると、すぐに答えが返ってくる。
『順調だ。あと二日で到着する』
『二日か。その間この場所を隠し通せるか……』
『シーナは直接背に隠蔽陣を刻んでる。見つかるとすれば、そこにある気配が感じられないという逆算的発見ね。でも本来ここらへんには魔物しかいないはずだから気づかれる心配はないわ』
『だが相手は九の雫だ。慎重に慎重を重ねても間違いはない。皆気を抜かぬよう。半数は地下から魔物の誘導の補助を。半数は仮眠して次の地上戦に備えろ』
おう、と応えた男たちが散っていく。
『ルー、シーナはどうする?』
『あー、ラーリャに面倒を見させておく。死なれても困るし、あいつらが襲っても困る』
『困るの?』
『今妊娠されても扱いに困る。深淵の
『ま、確かに』
『ユルルはどうする? もう少し精霊を扱えるやつが残っていてもとは思ってるが……』
『今深淵の
『この地下にはラーリャ合わせて五人。祠には一人だ。ビアはまだかろうじて使えるんだろ?』
『そうだね。戦闘は無理。追い風なんかは問題ない』
『じゃあまだやめておこうか。風メインだから伝令もできる』
『魔物の軍勢と一緒に精霊使いも山程来る。総戦力がここに集結すりゃ、聖地も終わりだ。あとは祠で育ててる魔物の子の髪で新しい
『魔物はいくらでも補充できるからね』
ユルルが笑う。
『お前が言っていた面倒そうな五葉はどうなった?』
『ああ、【若葉】? 何人か同志が消えた。たぶん捕まってるね。でも何も知らされてない単なる伝令だから問題ないだろ。傀儡もいつの間にか消えたが、結局僕に辿り着く前に終わった』
『まさか十五の子どもが聖地で主導しているなんて思わないだろうさ。ほんとうにお疲れさん』
ユルルがニヤリと笑った。
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