184.フェナの組み紐
丸台を組み立て、糸を準備する。旅行用の小さなコマには、フェナのための糸がすでに巻かれている。
いつ何時何が起こるかわからない。
丸台はいつものもの。地べたに座ってやるので足は短い。
シーナの前に座ったフェナの指が魔力溜まりに吸い込まれる。魔力は見えるわけではない。だがそこは油膜でも張っているかのように指が歪む。
はあ、とため息をつく。
「シーナ、そこまで気負わなくてい――」
「気負え。
「フェナ様!」
アルバートが、フォローを入れようとするが、一蹴される。
フェナに言われなくてもわかっているのだ。
ふーっと腹から長い息を吐いて編み始める。少し進むが、やはり魔力が均等に張っていない。解いて戻る。
それを何度も繰り返す。
「フェナ様、シーナは最近三色の客を受け入れ始めたところなのでしょう? いきなり六色は……色合わせは一つ増えると倍どころではなく難易度が上がると聞いています」
シーナの様子を見ていて我慢できなくなったのか、アルバートが口を出すと、黙れと言われる。
「シーナに色寄せは必要ない」
「それは――」
「私とシーナの魔力の色は同じだ」
「同じ?」
虚を衝かれ、固まるアルバート。
「
「シーナを後援していたのは……」
「私の
普段は汚れの一つもない、ほっそりとしたフェナの指が今は土で汚れていた。その指先が魔力溜まりを指す。
「編めないわけがないんだ。最難関の色合わせが必要ない。あとは私の魔力を逃さぬよう、シーナの魔力で覆い、
「それが難しいんです」
泣き言くらい言わせてもらう。
「フェナ様の魔力はプルプルでツルツルしてて、捕まえられなくてすぐ逃げるんです。本人並みに言う事聞かないんですよ」
反応するとまた逃げられる。
「プルプル? ツルツル?」
「ぷるっぷるのつるっつるです」
口元を抑えてアルバートは何やら考え込んでいた。
編んでは解くを繰り返す。
気持ちばかりが焦って、先へ進めない。
小規模投網じゃ無理なのかと大きく広げたらすぐさまフェナからストップがかかる。
「そのやり方は最後まで魔力が保たない。やめなさい」
「うう……」
「シーナは、フェナ様と同じ色の魔力を持っているんですよね? でも魔力としては別物ですよね?」
「ああ。魔力の質は違う。シーナの魔力を自分のもののように感じることはあるが、それでも確実に別物だから、たまに気分が悪い」
「え、悪口!?」
「同じ色のもので自分の魔力と錯覚するような物が隣でうろちょろしている。でも明らかに自分のものではないから、違和感に戸惑う。色は同じで質は違うから、
うーんと唸ったアルバートがシーナの直ぐ側に片膝をついた。
「シーナ、フェナ様の魔力が捕まえられないのは、色味が同じだからじゃないか? 質は違って、フェナ様の方が強いから余計に逃げられる」
視線を彷徨わせながら、必死に言葉を探してる。
「まったく、同じ色味だから、シーナの魔力の表面とフェナ様の魔力の表面が同じもの同士で、お互いに滑ってしまうというか、ツルツルとツルツルだからその……」
今までの鳥肌とは別のものが全身を駆け巡る。
コマを持ち、色味を見る。
相変わらず寸分違わないフェナの色。
息を整えほんの、ほんの少しだけ。色味を寄せるときと同じように、少しだけ、色味をそらす。
風を選んだ。ほんの少し、全体を一キロメートルとした時、一ミリメートル、いや、さらにその百分の一。一万分の一。
本人にすら気づかせないほどの少しをずらす。
そして、ひと目編む。フェナの魔力を巻き込み、掴み取る。
「ああ……」
今までどれだけ慎重に近づいても、まるで磁石のS極とS極のように逃げられていたフェナの魔力を、いとも簡単に御する事ができた。
「フェナ様、私、フェナ様の
スイスイとリズミカルに。同じ調子で、薄く覆うように魔力を這わせると、フェナの魔力はとても行儀よく整列した。
涙がパタパタと零れて、服を濡らす。
それでも、魔力の光は見えている。
最後の結びを終わらせ、糸を切る。
両手のひらの上にある
「フェナ様の
何もついていなかった手首に、くるりと巻き付け、結ぶ。
うっとりとした様子で手首に巻かれた
「今、私は、九の雫となった」
「八でなく?」
バルが、驚きに目を見開き尋ねる。
「これほど完璧な
軽く腕を振るう。
先ほど苦労して閉じた壁が一瞬で消え去った。
「シーナ、お前は私の
「はい、私はフェナ様の
認められたことが、作り上げられたことが嬉しくて涙が止まらない。
「アルのおかげだよ。言われるまで気づかなかった。色味は同じだから、とにかくフェナ様の魔力を抑え込むことばかりを考えてた。どうやって捕まえればいいかばかりで、なぜ捕まえられないかなんて考えもしなかった!」
アルバートに向き直って感謝を伝えると、彼はとても嬉しそうに頷く。
「良かったね、シーナ。私も嬉しいけど、そろそろ泣くのをやめよう?」
ハンカチで頬を拭かれる。
「止めたいけど止まらないの」
捕まえられなさすぎて苦労したり苛立ったり諦めたりしていたことが溢れ出して、どうにもならない。
借りたハンカチで両眼を抑えるが、止めどなくじわりと滲む。
「バル、ヤハトを任せる。アルはシーナの手を引いていろ」
フェナの周りに精霊が集まって、薄暗い空間をキラキラと照らす。
「ついてこい」
今この場に、稀代の精霊使いが誕生した。
過去類を見ない、圧倒的な力を持った精霊使いである。
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