183.合流

 深く降りて行くほど魔物の出現率が多くなってきた。避けて通れるところは避けるが、そうも言ってられない時はアルバートが倒して行く。

 一対一ならば、さほど問題はないが数の多いタイプは細い道へ逃げ込むなどして戦いの方法を工夫した。後ろの敵にシーナが洗浄で足止めすることもあった。アルバートは近頃は秘書官としての仕事しかしていなかったと言う割に、こちらの有利になる戦い方へ持っていく技術があった。

「また地鳴り……」

「フェナ様たちとの距離はそこまで開いてないが、あちらの周りの魔物が多い」

 近づくのを躊躇う数だという。

「あちらに何かあったのかもしれませんね」

 何かをハッキリと明言はしないが、問題があるとすればフェナだ。

 彼女以外にない。

「少しでも早く合流すべきか……」

 安全な道を捨ててでもというアルバートの心の声が聞こえる。

「行きましょう、みんなが心配です」

「少し無茶をすることになるかもしれないが……うん、こちらの道の方がマシかな」

 今までは足音も気にして慎重に歩いていたが、アルバートが早足になり、シーナも続く。

 道はところどころ他へと通じるが、幅や高さは変わりなかった。そしてよく音が響く。少し行くと、声が聞こえた。激しくやり合ってる声だ。

「シーナ、スピードを上げる。だが、魔物が見えたら距離を取って」

「はい」

 身体強化の組み紐トゥトゥガはすごい。本来シーナには出せないスピードで道を走る。

 と、魔物の姿が見えた。同時に、フェナの銀髪もたまに光る炎に照らされる。

「フェナ様!」

 アルバートが声を上げると、通路の、フェナたちよりこちら側にいる魔物が振り向く。

「シーナ!」

「【洗浄】!」

 連携とも言えぬ連携だが、シーナが洗浄で一瞬隙を作り、そこへアルバートが剣を叩き込む。

「バル、押し戻せ」

 フェナの言葉にバルは何かを放り投げる。と、爆発がおきた。

「アルも水で奴らを押せ!」

 そして、ゆるゆるとフェナの前に壁が四方から伸びて道を塞いでいく。

 ただ驚くほどそのスピードが遅い。

 獲物が徐々に分断されていくのを逃がすまいと、魔物が鋭い爪を隙間から伸ばしてくる。

 そこへアルバートの水が勢いよく流れ込み、壁と魔物の間に少し距離が空いた。

 すかさずバルがまた放り投げると壁の向こうで爆発が起こり、その間にゆっくりと壁が閉じる。

 フェナに担がれていたヤハトをバルが受け取ると、フェナは再び壁に手を当てている。

「ヤハト、どうしたの……」

 薄暗い中でもわかるくらいに息が荒く、玉のような汗をダラダラと流している。

「毒か何かですか?」

「いや、魔力切れだ」

 答えたのはバルだった。

「バル、ポーション、寄越せ」

「ダメだ。すでに規定以上飲んでるだろ。渡せない」

 フェナが、シーナたちの来た道へ戻りながら言う。

「シーナ、組み紐トゥトゥガを作れ」

「えっ?」

 少し距離を開けてまた先ほどと同じように壁を作っているが、それが、遅い。あの簡易ベッドを土で作り上げたフェナと同一人物とは思えないほど、壁が出来上がるのが遅い。

「シーナ、準備をしろ」

「フェナ様?」

 道が完全に塞がると、フェナがシーナの前に立った。

組み紐トゥトゥガがいる。ダンジョン生成に巻き込まれた時、私の組み紐トゥトゥガが引っ掛かり千切れてしまった。予備の組み紐トゥトゥガが、だ」

 組み紐トゥトゥガがなくても精霊は操れるが、恐ろしいほど効率が落ちるし、従来の十分の一も思い通りに動かないと聞いている。

 それで、先ほど壁もあんなに遅かったのだ。

「で、でも私、まだフェナ様の組み紐トゥトゥガは」

 一度も成功したことがない。

 作れたとしてもアイスクリームのために冷やす程度の物。

 本来の力に程遠い代物だ。

「まあ、私の今の精一杯程度でも必要と言うことですね」

 微かな望みにかけて言ってみる。

 だが、返答は、シーナの思う通りのものだ。

「それではだめだ。わかっているだろう? 完璧な私の組み紐トゥトゥガが必要だ」

 やはり、そうなのかと肩を落とす。

 バルも、アルバートも、索敵でわかっているのだ。


 ここに落ちてからシーナの鳥肌が消えない。


 途中で会った程度の魔物は、今までの道のりで何度も遭遇した。

 あの程度で悪寒が走るようなことはない。

 スタンピードのような、大きな魔物の脅威がなければ、こんなに指先が震えることはないのだ。

「フェナ様、地上へ戻るのは?」

 アルバートがそう進言するが、フェナは険しい顔のまま首を振った。

「一つ前の地鳴りでここが地上より六十層はもぐっていると、バルの索敵でわかっている」

 ダーバルクたち【暴君】から、ダンジョンの攻略の仕方はいやというほど聞いている。

 ダンジョンには、必ず、すべての階層の中で一番強い魔物が、最終下層に存在する。つまりそれがそのダンジョンのボスだ。地中深くで生まれた魔物を取り巻いて、ダンジョンができると言われていた。

 そして、そのボスとセットでかならずあるのが帰還の陣だそうだ。

 世界樹が何を思っているのかはわからないが、ボスの魔物を倒せばその陣に精霊を送り込み入口近くの地上へ帰還することができる。それがダンジョンを攻略した証ともなる。

 ボスを倒せない場合はもと来た道を戻るしかない。

「六十階層を登っていくのは無理だ。ヤハトは限界で枯渇寸前まで魔力を使い果たした。十日は安静にしなければならない」

「フェナ様、俺まだ――」

 平気だと言いかけたであろうヤハトの鼻をバルがつまんだ。

「シーナ、お前の組み紐トゥトゥガが必要だ。今すぐ」

 言いたい言葉を飲み込んで、唇を噛む。

「お前は馬鹿じゃない。もうわかってるだろ? この下にいるモノを私は倒さねばならない。それには、私の完璧な組み紐トゥトゥガが必要なのだ」

 そこら辺で出会うような魔物には悪寒なんて感じない。

 今も指先が震えるその原因たるものを、倒せるような、シーナの組み紐トゥトゥガができなければ、このままここで皆死んでしまうということだ。

 つまりシーナのせいで皆が、死んでしまう。

「フェナ様は、何でも上手に、こなすから」

 五人の命の重みに、先程までとは違った震えが止まらない両手を握りしめる。

「自分の魔力で自分の組み紐トゥトゥガを……作ればいいのに」

「無理だ。そんな事ができるなら先人がすでにやっている。そりゃ自分の魔力に合えばいいんだから、自分で編むのが一番だろうな。それができれば」

 過去にもちろん試した者がいた。だがそのどれも成功しなかった。

 組み紐トゥトゥガ師の仕事がなくなることはなかった。

「さあ、シーナやるぞ」

 震える手を掴まれ、銀色の瞳で覗き込まれる。

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