21.戦場

 シーナの怪訝な表情に目を止めて、ため息をつき、ガングルムはガラを睨む。

「弟子の無知は師のせいだぞ。組み紐トゥトゥガ師の役割をハッキリと伝えておかねば」

「ですが、今はそんな時勢ではないと」

「それでもだ。シーナはフェナ様の専属にするんだろ? それほど色が合ったのだろ?」

 店では皆が察してはいるが、言ってはいけないことだと言われていたので、返答に困る。ガラはブスッとむくれていた。

「そうでもなきゃ、あの気まぐれで気難しいフェナ様がお前以外のあんなクソみたいに下手な組み紐トゥトゥガを腕につけているわけがないんだよ」

 ひどい言われようである。

「だが、それならなおさら伝えておかねばなるまい。フェナ様の専属になると言うことがどういったことか」

 ずいぶんと物々しい言い方に、チラリとガラを見る。彼女はそんな視線にはあ、とため息をついた。

「普段の生活態度を見てると、ものすごく、平和なところから来たようだから、あまり怖がらせたくはなかったんですよ」

「ものすごく不安になってきました」

 いったいなんなのだ。

「このセルベール王国は、わりあい平和よ? 内海があって、南側もセルベールだし、王国自体がこの世界で三番目に大きい領土を保有しているから。でも、どこもかしこも平和って訳じゃない。ずっと南とはちょくちょく小競り合いがあるし、西のベーデンハーグ帝国とは常に牽制しあってる。北の小さな国々ともにらみ合っているしね。特に北は、どうしても物資が乏しくなるから、セルベールの土地が欲しくなる。国が小さいから、大事になりにくいけど、隙を見ては手を出そうとしているわ。つまり戦争の火種はあちこちにあるの」

「戦争が始まれば、冒険者たちも傭兵として徴兵される。そしてその場合い戦力になるのが、精霊使いだ」

 つまり、フェナだ。

「戦争に赴く精霊使いが持っていくものはわかるか? まず第一に、自分の組み紐トゥトゥガを一番上手に編む組み紐トゥトゥガ師だよ。そして、フェナ様は稀代の精霊使いだ。君が成長すれば、もちろん君を連れていきたがる。色の合う組み紐トゥトゥガ師がいれば、戦場における疲労度は段違いになる」

「私を戦場に連れて行こうとしてる……」

「そうとは言わん。あの人は、戦争はもちろん、政治や面倒臭いことから逃げて、王都からはなれたこんな街にいついているんだからな。今くらいの戦況じゃ呼ばれることはまずない。どちらかと言うと、大樹様のお導きと、保険なのだろう。だが、北が、最近少し動き出したと言う話も入ってきてはいるからな。基本はよっぽどじゃなけりゃ一人前と認められていない組み紐トゥトゥガ師は連れていかない。ガラがいつまでも弟子として囲っているのも、本人が独立したいと言い出さない限り店においてるのも、弟子に甘いせいだ。一人立ちさせて多少の辛い経験もさせておいた方がいいと、私は思うがな」

 やれやれと、ガングルムは肩をすくめ、そして、声を落とした。

「戦争が本格的になればたくさんの組み紐トゥトゥガ師が戦場に連れていかれる。だから、ある一定数は、使える組み紐トゥトゥガ師を排出しておかなければならないのさ」

「まあ、シーナはそこら辺は気にせず、組み紐トゥトゥガ作りに専念しなさい。今日明日と言う話ではないし、さすがに今のレベルじゃ連れてくわけにもいかないんだから」

「まあ、それはそうだな」

 酷評をいただいたものでは、まったく使い物にならないと言うことだ。

「精進します」

「今度の素材染めはあなたの分も作るから、そうすればもう少しましなものを作れるだろうし、あとは魔力の這わせ方を何度も経験するしかないわ。色寄せを考えなくて良い分ずっとましよ」

「魔力を均等に流すのは経験とセンスだからな。センスはよほどの天才でない限り、経験に基づく。まあがんばりなさい。その傍ら新しい耳飾りを作ればいい。他にはないのか? 面白いかたちは」

「かわいい形なら他にもたくさん」

 ピアスにできるのはあと何があるだろう?

 菊結び、梅結び、亀結び、几帳結び色々あるし、石と組み合わせたらまた可愛いのができそうだ。

「かわいい?」

「かわいいやつです」

 頭の上にはてなマークが山ほど浮かび上がってそうなガングルムは、まあよいと話を打ちきる。

「耳飾りについての取り決めは最初のもので本当にいいか?」

「はい、お願いします」

「支払いは、神殿に直接で構わないかな? 正直大金を持ってうろうろさせたくない。金を預けられるのは商業ギルドか神殿だが……」

「商業協会はだめよ!」

 またもや食いぎみに拒否するガラ。

「そんなに仲が悪いんですか……?」

「あそこはね、ほら、あんたの言ってた二重取りみたいなものよ。組み紐ギルドには、組み紐の使用料を払うの。ほとんど発明したのが死んでる人たちばかりだから、まあ、管理費くらいよ。さらに、売れ行きに応じて納める金額が決まってるわ。それは税金ね。組み紐ギルドにはそれなりに世話になってるから問題ないわ。でもね、商業ギルド、あそこは単なる守銭奴よ! 商いの大きさから商売をしているという金をとるのよ。商売の許可証を出すところだけど、だからといって他にこちらに何をしてくれるわけでもないの! そりゃギルドがないような商いはいいわよ。でもね、何か問題があったときに調整するのが商業ギルドでしょ? なのに、組み紐は組み紐ギルドがあるからと丸投げするのよ!? あいつらはほんとだめ。大嫌い。組み紐ギルドがあればあそこにはいる意味がない」

「だが、商業ギルドに所属しなければ店を持つことができない。ホントに憎たらしいやつらだ。いいかシーナ! 今回のことで君に何かと接触してくるかもしれんが、絶対関わりになるな! もういい、落とし子ドゥーモだからよくわからないで押し通せよ!」

「は、はあ」

 

 組み紐ギルドは主に組み紐の品質維持の確認、商品登録の使用料の確認。

 商業ギルドは商売の大元締め。他にもギルドはいくつもあるが、それらをまとめている場所ということだ。商売を始めるときは、商業ギルドへ申請し、下位ギルドが存在するならそちらの所属で国への税金も下位ギルドを通してする。下位ギルドのない、特殊な商売や、色々な品物を買い付けて売る、小売り販売店は直接商業ギルドが管理するらしい。

 下位ギルドは漁業ギルドや、農業ギルドといったそれだ。魚をとるものたちは漁業ギルド、その魚を買い付けて売るのは商業ギルド所属だ。

 その時に、ある程度規模の大きい店からは商業ギルドは別途金をとっていくらしい。零細個人企業からはあまりとらずに、中小や、大企業から別に規模に応じて金をとる感じだろう。まあ怒るのはわかる。

 そのあとはいかに商業ギルドが極悪かという話を延々とされたのであった。

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