シミ

仁城 琳

シミ

壁に小さなシミがある。

「おや、こんなところにシミなんてあっただろうか。」

男はティッシュで壁を拭いてみるが、シミは取れない。

「嫌だなぁ。でもこれだけの為に壁紙を張り替えるというのも…うぅん…。」

男は綺麗好きできっちりとした性格であった。家具やリモコンなどの小物も自分が決めた位置にないと落ち着かない。もちろん掃除も毎日するのでホコリも落ちていないし汚れもない。それだけにたった数センチの小さな壁のシミが気になって仕方ないのだ。男は今度は濡らした布で拭いてみる。やはり落ちない。

「うーん、仕方ないか。しかし気になるなぁ。いつの間にこんなにシミが付いたんだろう。」

壁にポスターか絵画でも飾ってシミを隠すか。男は考えながら大学へ向かった。

大学の帰り、ホームセンターにインテリアを見に行ったものの気に入るものがなく、男はひとまず家に帰ってきた。

「ん…?」

壁の小さなシミ。朝よりも濃く、大きく広がっている気がした。

「気のせい…か?俺が気にしすぎているせいか?」

念の為もう一度拭いてみるがやはりシミが取れる気配は無い。

「どうしても気になるなぁ。早めに何か隠す物を調達してこないと。」

男はテレビを付けようとリモコンに手を伸ばす。

「あれ。」

リモコンの位置がズレている。ぶつかった時にでも動いたか、とも考えたがぶつかった覚えは無い。

「なんだか変な気持ちだなぁ。」

男はテレビをつけ、ふとシミの方を向く。

「え。」

小さなシミ。朝は黒い塊に見えたが、広がっている形が人の顔に見えるような気がした。

「気のせい…だよな。人は3つ点があると顔だと認識するらしい。きっとそれだ。」

男は気にしないようにしようと思ったけれど、リモコンのこともあり、ゾワゾワと気味悪さに心が支配されるような感覚に襲われた。

「…早いけどもう寝てしまおうか。」

男は復習を済ませると、シミのある壁に背を向けて眠りについた。

翌朝、男が目を覚ますとシミが昨日より大きく広がっている気がする。いや、気のせいなんかじゃない。明らかに顔の形をしている。

「やっぱりおかしい。人の顔をしているじゃないか。それにこんな短時間で広がるシミなんてあるのか。」

男は恐る恐るスマホを取りだし、撮影する。この奇妙な現象を一人で抱えることが嫌になった。撮影することに抵抗はあったが、男は友人にこの写真を見せてこの気持ちを共有したかった。大学へ行こうと鞄を取ろうとした時だった。

「…俺はこんなところに鞄を置いていないはずだ。」

几帳面な男はもちろん鞄を置く場所も決めている。しかし今、鞄はいつもの定位置にない。やはり何かが起こっている。このシミが原因なのだろうか。顔のように見えるシミ、それがこちらを見つめている気がして男は慌てて鞄を掴み、家を出た。

「うーん、確かに言われてみれば顔に見えるかもしれない。」

「そうだよな?本当に不気味で、どうしたらいいのか分からないんだ。」

大学で男は早速友人に相談していた。たしかに普通のシミでは無さそうだ、と友人は共感してくれた。

「シミだけじゃないんだ。置いていた物の位置が変わっている。」

「置いていた物の位置が?それはお前の勘違いじゃないのか?」

「違う。俺が物の場所はしっかり決めているのは知っているだろう。」

友人は確かに、と頷いた。

「俺は心霊現象には詳しくないが、ポルターガイストってやつじゃないのか?」

「ポルターガイスト?」

「ああ、物の位置が変わるんだろう?シミもそれも心霊現象で物の位置が変わるのはポルターガイストじゃないのか?」

「ポルターガイストってそんな感じなのか…?」

「俺だって分からないけど。でも心霊現象なんじゃないのか?御札やお守りを買ったり盛り塩をしたらどうだ。」

盛り塩って素人がやると不味いんじゃなかっただろうか。とりあえずお守りを買ってみるよと返す。

「あ、そうだ。お前の家って事故物件?」

「いや…違うと思うけど。契約時にもそんな話は聞かなかったぞ。」

「お前よりも前に誰かが住んでいたら、事故物件であることは告知しなくてもいいんだよ。有名なサイトがあるから一度調べてみようか。」

男は万が一自分の借りている家が事故物件だったら、と嫌な気持ちになったものの、分からないままにしておく方が悶々とした気持ちで過ごさなければならない気がして、友人と一緒に調べてみることにした。

「なにも…ないな。」

「…そうだな。」

結果から言うとあの家は事故物件では無いようだ。だったら何故、心霊現象が起こるのだろう。

「…お前に何か憑いてるんじゃないか。」

「嫌なこと言うなよ…。お祓い、行った方がいいのかな。」

もし何か実害があればお祓いに行ってみよう。今日はお守りだけ買って帰ろう、と男は決めた。

お守りを買って帰宅するとシミは更に濃くなっていた。はっきりと人の顔だと認識できる。そして机が斜めになっている。ティッシュケースやリモコンの位置もグチャグチャだ。やはりお祓いに行った方がいいのだろうか。男はお守りを握りしめる。再びシミに顔を向けると益々濃くなっている。あまりにも早い変化に男は悲鳴をあげそうになる。その時だった。背後からミシミシと誰かが歩くような音がする。これもポルターガイストか。シミは恐怖に歪んだ表情をしている。まるで叫んでいるような。気味が悪くて恐怖が頂点に達した男は叫ぶ。

「やめてくれ!消えてくれよ!」

シミと目が合う。あれ、この顔、見たことがあるような。

「…俺の、顔?」

再び背後からミシミシと音が聞こえ、男の側へ近付く。ミシミシ、ミシ…と、急に音が止まる。すぐ側に何かいるようだ。どんな恐ろしい霊がいるのか。男は恐る恐る振り返る。

そこには霊などいなかった。フードを目深に被った、男…?右手にはナイフが握られている。

「…え?」

俺の顔をしたシミ。恐怖に叫んでいる様な表情のシミ。もしかして知らせてくれていたのか。この家に、不審者がいることを。そうか、家の物が動いていたのはこの不審者が。いつからこいつと共に生活していたのだろうか今更気付いてももう遅い。フードの男がナイフを振りかぶる。男は恐怖に顔を歪ませ、絶叫した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

シミ 仁城 琳 @2jyourin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ