未来の私をお姉様と慕う自称異世界人の銀髪美少女と婚約しています
よなが
第1話 溜息の多いバースデー
それが今朝、母から届いた十六歳の誕生日プレゼントだった。折り畳み式の円形鏡。銀色の蓋には桜の花のレリーフ。
母曰く、掘り出し物だが魔道具ではない。添えられていた手紙に『学院であなたが笑顔多き日々を過ごしているのを祈っています』とあり、身だしなみによくよく注意するようにと書かれてもいた。
鏡をきちんと見る気になったのは、放課後を迎えてから。
アリオト魔法学院附属第弐図書館、通称・弐番館のいつもの席、図書委員の指定席であるそこに腰掛けて一息ついたとき。スカートのポケットに朝から入れっぱなしだったのを思い出したのである。
蓋を開けて覗くと、冷たい表情の少女が映りこむ。
もちろん、私だ。
額を覆う前髪に軽く触れる。うつむくと視界不良を引き起こす。そろそろ切ったほうがいいな。母譲りの黒みがかった紫色で癖のある髪だ。全体的に短く切るのは顔の輪郭があからさまになって抵抗があり、肩にかからない長さを維持している。
試しに笑顔を作った。ぎこちない。鏡の中の少女は笑うことに慣れていない。
自然と嘆息が漏れ、まさにそのとき、叫び声が聞こえた。「ドロシーちゃん!」と私の名をけたたましく何度も呼んでいる。ドタドタドタと足音を鳴らし、こちらに近づいてくる声の主に心当たりがあった。
私はさっきとは違う溜息をつくと立ち上がり、彼女の接近に身構えた。
「静かにして」
目の前に彼女――――
「ひゃい! つ、杖を下ろして。館内で魔法はご法度でしょ?」
「大声も規則に反しているわ。前にも言ったわよね」
そう返しつつ杖を懐にしまい直すと、ぴんっと張っていた彼女の背筋が緩んでいく。ここまで大慌てで走ってきたせいか、いつも綺麗に櫛を通している金色の髪、それから制服も多少乱れていた。胸元のリボンがとれかかっていて、少しはだけてさえいる。彼女に服装を整えるよう言ってから、近くの席に座るのを促した。
「それで? 何があったのよ」
隣に腰掛け、密やかに訊く。彼女も私に合わせて声を小さくしてくれる。
「ヤトくんが逃げちゃったの」
「先週、自慢していたドラゴンの幼体?」
「うん。でも自慢したつもりはないよ。ドロシーちゃんに私のことを知ってほしかったから、紹介したんだ」
「飼い始めたばかりだったわよね」
「仲を深めるのは時間の量ではなく質だよ! ドロシーちゃんだって、高等部になってからのお友達だけど、半月でもう仲良しだよね」
「図書室で騒がしくする人とは仲良くなれないかも」
「うぐっ」
「助力を求めるのに相応しい人が別にいない? 私にできることって少ないわ」
今さっきの慌てぶりからすると、既に誰かに探すのを手伝ってもらってから、ここへと念のため手がかりを見つけに来たふうではない。
「いなくなったのが壱番館なの。珍しく自習しに行ったはいいんだけど、うっかり眠っちゃって……起きたら、私の胸にいたヤトくんがいなかったの! にゅるんってどこか行ったんだよ!」
徐々に声が大きくなるサラ。
それよりも内容が私の眉根を寄らせる。
「今なんて?」
「なんでまたそんな怖い顔!? もしかしてここで自習してほしかった? でもね、それだと集中できないかもって。あとほら、眠ったらひどい起こし方されそう」
私は怒鳴り声をあげないようにと自分を抑え、低く囁く。
「図書館は居眠りするところじゃないわ。ましてや、ドラゴンの幼体をその身に忍び込ませて入っていい場所ではない。そうよね?」
コクコクと首を縦に振るサラ。
「わざとじゃないの! ヤトくん、寮室に置いてきたつもりだったのにいつの間にか、にゅるるんるんって、気づいたら服の中に」
胸元がはだけていたのはそのせいか。私と比べると明らかに隆起に富んだそこは居心地がいいのかもしれない。
「あのね、ヤトくんはドラゴンの中でもサーペントグループに分類されて……」
「幼体のうちから魔法迷彩を纏うことのできる種族。でしょ? だからサラの服の中に忍び込むことも、壱番館のゲートを突破することもできた」
「へ? この前、特性まで話したっけ」
「気になったから本で調べたの。もちろん、飼いたいだなんて身の程知らずのことを考えてはいない」
魔法適性にも通じるが、魔物との縁はおおよそが血筋で決まるものだ。
蛇淵家が代々、ドラゴン族を手なづけてきたのはサラ本人から聞いている。私にはそうした高位の魔物を使役できる血は流れていない。
「話を戻すと、壱番館で行方をくらましたその子を見つける手伝いを、図書委員の私にしてほしいのね。あっちの図書委員にもう声をかけた?」
きまり悪そうに、首を今度は横に振るサラ。追跡に役立つ魔道具の首輪などもヤトくんにつけていないらしい。
「館内規則に反して処罰を受けるのが怖いのはわかるわ。でも報告せずにいたら、事情を知らない誰かに見つかって最悪の結末を迎える恐れもある」
「そんなぁ! 噛みついたりしないのに!」
「壱番館はここより何倍も広い。ヤトくんが迷い込んだ区画に心当たりでもない限りは、さっさと図書委員や司書に報告してしかるべき人数で対応しないといけないわ」
きっぱりと私がそう言い切ると、サラはぼそっと呟く。
「地下書庫かも」
どうやらそれが心当たりらしかった。
「地下書庫? なぜそう思うの」
「ヤトくん、そっちを気にしていたから。自習していたのは書庫近くだったの。あっ、でもね、入っていくのは見ていなくて……」
サラの声が妙に弱々しくなる。
嘘をついていないのは直感的にわかった。むしろ感じたことをありのまま話しているからこそ、強く言えないのか。
「ヤトくんを大切にしていて、よくなついているのを前に見たわ。そのサラが、彼は地下書庫を気にしていたと言うなら私は信じる。きっとそこにいるわ」
「ドロシーちゃん……ありがとう」
まずは書庫を確かめに行くべきだという方針を定める。
「よく聞いて。地下書庫に自由に出入りできるのは図書委員や司書、許可証を発行されている人だけ。つまりサラは入れなくて私は入れる」
「う、うん」
「だからこうしましょう。今から二人で壱番館へ行く。私が書庫でヤトくんを探すわ。それで見つからなかったら、他の委員に報告して総出で捜索に入る。それから罰を受けることになる」
「ヤトくん、殺されないよね……?」
図書館への、事前に許可を得ていない魔物の手引き。しかも一般の立ち入り禁止区域である書庫への侵入となれば重大な規則違反だ。処罰もそれ相応になることは、図書委員である私はよく知っている。
潤んでいるサラの瞳を見やって私はまた一つ溜息をついた。
彼女は今、新しい家族を失うことを想像して泣きかけている。彼女自身に下される処罰のことよりも、あの幼い竜を想っている。
否応なしにあの子を思い出す。私の、
「させない」
口から衝いて出てきた。サラが「えっ?」と聞き返す。
「処罰なんてさせないわ。ヤトくんにも、サラにもね。誰にもばれないように探し出していっしょに帰ってきてみせる。それでハッピーエンド。でしょ?」
難題だ。図書委員としては間違った判断。
とんだ誕生日の贈り物。私はそれを受け取ることにしたのだった。
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