第一話

シノとミユ


「指名依頼、ですか」


 一週間前に開店してから毎日欠かすことなく利用している喫茶店で、私はマスターに渡された依頼票を見つめていた。私の隣では、双子の妹のミユが私の持つ依頼票をのぞき込んでいる。


「ああ、そうだ。こんなこと、ギルドを通しては依頼できないからな。シノに頼みたいんだ」


 依頼内容はお礼品の配達だ。誰に配達すればいいのかは、なんとなく分かってる。

 この喫茶店のマスターは、一ヶ月前、初めて表に姿を現したダンジョンマスターのミオに助けられたユウジさんだ。ユウジさんの隣には、その奥さんのカエデさんもいる。ユウジさんの生還後、あっという間にゴールインしていた。

 ダンジョンに潜ってまでお礼したい人なんて、ダンジョンマスターぐらいしか思い浮かばない。そしてそれは正しかったらしく、依頼内容にも記載されていた。


 ただ、この依頼の面倒なところは、届ける相手がどこにいるのか、どうすれば会えるのか不明なところだ。あれから、ダンジョンマスタ―の目撃情報はない。今となってはユウジさんの自作自演すら疑う人まで出てくるほどに。

 ユウジさんは、別に気にしないと笑っていたけど。生きて帰れた、それだけで十分だ、と。


「えっと……。どうやって届ければいいんですか?」

「そこなんだよなあ……」


 ユウジさんも分からないらしい。仕方ないとはいえ、それでは困る。ユウジさんにはお世話になったから引き受けてあげたいけど、達成方法が分からない依頼なんて受けたくない。


「もしかしたら、ダンジョンの中で野宿すれば出てくるのかも……?」

「本気で言ってます?」


 ダンジョンの内部は、深層以外は複雑に入り組んだ洞窟だ。フロアを行き来する階段のある部屋は一応安全地帯にはなっているが、それも正しいのか分かっていない。なぜ魔物が入ってこないのか、分かっていないから。

 だから冒険者をまとめるギルドではダンジョン内部での野宿を推奨していないし、もし否応なくやることになった場合は必ず見張りを立てるように注意喚起を行っている。

 それぐらい、ダンジョン内部での野宿は危険が伴うということだ。


「いや、悪い。冗談だよ冗談。さすがにそんなこと……」

「やりますけど」

「え」


 他でもないユウジさんの頼みだ。それぐらいなら引き受けても構わないと思ってる。少し怖いとは思うけど、ユウジさんがそれで満足するなら十分だ。


「ミユ。ユウジさんの依頼を受けるけど、いいよね?」

「もちろん」


 こくりと頷くミユ。やっぱりミユもあの子のことが気になってるのかもしれない。何度も、あの時のユウジさんの配信を見直していたぐらいだから。


「で、何を届ければいいんですか?」

「待ってくれ。今から作る」

「まさかの料理……!?」


 さすがにそれは予想外だ。何か、こう、宝石とかアクセサリーとか、そういうのかなと思ってたから。いや、ミユの亜空間に入るものなら何でもいいんだけど。

 仕方ないのでそのまま待つことにした。のんびりと、何度も見たお店を眺める。

 落ち着いた雰囲気の喫茶店だけど、ダンジョンの側にあるからお客はほとんど冒険者かその関係者だ。でもお酒は一切提供してないから、客層は女性とか甘い物が好きな男性ばかり。


 だから、酒場みたいにもめ事が起きることも少ない。ギルドとかの職員さんにも落ち着いて休憩できると評判だ。

 単純にユウジさんとカエデさんがとても強いから、あの二人の店で暴れることなんて怖くてできないだけかもしれないけど。一応、日本の冒険者の中でも五指に入ると言われてる二人だし。


「私たちも頑張らないとね」

「ん」


 頷くミユはサンドイッチを食べ続けてる。十年前、ダンジョン出現の災害に巻き込まれてから表情も感情も薄くなってしまった子だけど、美味しい物を食べてる時はとても幸せそうだ。

 しばらくそうして待っていたら、ユウジさんがバスケットを持ってきた。中は、オレンジジュ―スとサンドイッチだ。一人分とは思えない量になってる。


「多くない?」

「亜空間に入れたら日持ちするだろ」

「確かに」


 あのダンジョンマスターも亜空間を作れるみたいだったから、問題ないってことかな。

 ユウジさんから受け取ったバスケットを、ミユが亜空間に入れる。それじゃ、行こう。


「行ってきます」

「ああ。よろしく」


 ユウジさんに頭を下げて、私はミユと一緒に喫茶店を出た。




 ダンジョンが世界中に現れたのは、今から十年ほど前。都市のど真ん中に現れたものだから、そのダンジョンが出現した場所にいた人の全てがダンジョンに呑み込まれ、ほとんどの人が帰ってこなかった。

 次に、各国が調査のために軍隊とかを送ろうとした時に魔物があふれ出してきた。この魔物は例外なく、一日ほどで勝手に帰っていったんだけど、少なくない犠牲が出てしまっている。


 その後、改めてダンジョンを調査すると、入った人はもれなく魔力という不思議な力に目覚めることが分かった。さらに調査すると、ダンジョンからは不思議な道具や鉱物を持ち帰ることができたらしい。

 そのダンジョンのアイテムを買い取るために国有企業が作られ、今ではギルドと呼ばれてる。私たち姉妹もその所属のため、ダンジョンに入る時はこのギルドに届け出を出すのが決まりだ。


 ギルドに所属してダンジョンに潜る人は冒険者と呼ばれてる。命をかけてダンジョンという未知を冒険するから、らしい。

 そして私たち冒険者には、強制ではないけど推奨されてることがある。


「ドローン飛ばすよ」

「ん」


 一層目に入ったところで、ドローンを飛ばす。魔力を動力源として、ダンジョン内ならいつまでも動き続ける特別製のドローンだ。それに搭載されたカメラがちゃんと動いていることを確認して、スマホを操作。配信を開始する。


「よし。それじゃ、行こうか」

「ん」


『ヒャッハー! 新鮮な配信だぜー!』

『神山姉妹の配信は安心して見てられるから好き』

『わかる』


 推奨されてること。それがこの配信だ。理由は単純に、安否確認と異常事態の早期発見だね。配信中に何かあれば、可能な範囲で誰かが助けに来てくれる。

 ユウジさんみたいに深層だとどうしようもないけど。私だって深層はさすがに怖い。潜れないことはないけど、深層一層目でしばらく様子見になると思う。

 さて。それじゃ、配信を見てくれてる人に今回の予定を説明しておこう。


「どうも。シノです。これからダンジョンに潜ります」


『潜ります(潜ってる)』

『すでに潜ってるんだよなあ』

『情報伝達ちゃんとして?』


「細かいなあ……」


 一層は入り口みたいなものだから一緒でしょ。


「今日の目的地は下層。できれば深層。でも無理はしません」


『おお、わりと深く潜るね』

『なるほどだから本気装備』


「ま、そういうことだね」


 今の私の装備は、動きやすい鈍色の軽鎧に片手で振れる程度の剣、それに少し小さめの盾。どれもダンジョンの下層で手に入れた品だ。

 ミユの装備は茶色のローブに少し小さめの杖。これもダンジョンの下層産だね。

 そう。ダンジョンではこういった装備も手に入る。まるでゲームみたいだけど、残念ながら現実だ。地球で作られたものよりずっと強力なんだけど、誰が作ってるんだろうね。


「まあ、どうでもいいよね。それじゃ、どんどんいきます」

「ん」


『気をつけてなー』

『ダンジョンマスターさんは出てくるかな』

『もう俺は諦めた』


 出てきてもらわないと困るんだけどね。

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