第3話 共同プロジェクトは突然に
──なぜ、こうなった?
私は今、会社の上司で後輩でもある
たしかに、荷物は重くなるだろうし助かる。
でも、自転車で行けば一人でなんとかなる量なのに。
夫が亡くなってから、プライベートな事は一人でなんでもやってきたせいか、人を頼るなんてとんでもないというか、畏れ多いというか……。
郡山くんには、ほんと、借りを作りっぱなしだなぁ……と、運転している横顔をチラリと見ると、こちらの視線に気づいていたらしく、にっこりと微笑まれてしまった。
驚いて目を逸らしてしまったけど、とりあえず、迷惑と思われていない事に安堵する。
男性と二人きりなんて、本当に久しぶりで、何を話せばいいのかわからない。
いやっ、私は決して! 郡山くんを男性として見ているとか、そういうことではなく!
でもやっぱり、二人きりなんてデートみたいで意識してしまうというか!
心の中でセルフツッコミしていたら、なんだか疲れてきた。
ホームセンターに買い物に行くと宣言していたためか、郡山くんも気負わずラフな服装だし。うん、冷静に見ればデートとは程遠い感じだ。
最初に、予備のパンプスを無事購入し、ガーデニング用品のコーナーへ行く。
何が必要になるかわからないから、念の為、種の入った袋を持ってきていた。真っ白の袋かと思っていたら、裏面に説明が書いてあったのだ。
・いつの時期に植えても大丈夫。
・大きい花が咲くことがあるので、大きめの植木鉢に種を植える。
・最初は、室内の日当たりのいい場所で育てる。
・一日一回朝、霧吹きで水をあげる。
・数週間で、あなたを癒してくれる花が咲きます。
・花が咲いたら、寝室に置くと寝ている間にリラックス。
なんだか、マイナスイオンが発生しそうな花なのね?
どんな花が咲くかは書いてないけれど、大きめの植木鉢に園芸用の土、肥料、スコップ、霧吹きなど、必要そうなものを一式カートに入れた。
「あ、先輩。栄養剤なんかも買っておいた方がいいですよ」
郡山くんが、アンプル式の植物用栄養剤を手渡してくれた。
もしかして、詳しいのかな……? それとも、またスマートに事前に調べてくれた?
「うん、ありがとう」
買い物を終えると、マンションの前まで送ってもらった。
「郡山くん、今日は本当にありがとう。助かったわ」
車も出してもらったし、荷物持ちもしてもらったし、このお礼はいつか返そう……と思っていたんだけど。
「玄関前まで運びますよ。駐車場、どこですか?」
……結局、五階の玄関前まで郡山くんに土と植木鉢を運んでもらうことになった。
他の軽い物は袋にまとめて私が持ったけど、きっと、重いものを選んで運んでくれたんだよね……? エレベーターを使ったとはいえ、お互い汗が滲んでいる。
これはもしかして、お茶の一つでも出さないとさすがに申し訳ないかな……。
いや、でも、自分に好意があるかもしれない男性を、気軽に家に招き入れていいものなのか、うーん……。
「先輩、あの……先輩が迷惑じゃなければ、種を植えるところまで手伝ってもいいですか?」
そう言われて、初めて他人を家に入れてしまった。
いや、今までに娘の友人が遊びに来た事はあるが、私自身は忙しくて人を招くなんて時間はなかったし。そう思うと、子どもが手を離れて余裕ができたんだなぁって、実感する。
「迷惑じゃなければ」なんて言われたけど、迷惑だとは思わない。助けてくれるのは、素直にありがたい。でも、なんだろう……さっきから、何か心に引っ掛かる。
「どうぞ」
と、まずは冷えた麦茶を差し出した。
「ああ、ありがとうございます」
郡山くんは、ポロシャツの裾をたくし上げて首元の汗を拭っていた。な、なんて格好してるのよ!!
後ろを向いていたから背中しか見えなかったけど、とても引き締まっていた。40代の
「すみません、はしたなかったですね」
「い、いや、大丈夫……」
二人がけの小さなダイニングテーブルに、向かい合わせで座る。
お互い麦茶を飲んで一休みしたところで、郡山くんが立ち上がった。
「土、散らばると思うので、ベランダでやりますか?」
「そうね、ベランダで……ああっ、ちょっと待って!!」
ダッシュで、ベランダに干してあった洗濯物を寝室へ干し直した。
ああ、クールで何事にも動じない先輩でいたかったな……。
寝室から戻ると、何事もなかったように、郡山くんがテキパキと準備をしていた。
「ああ、待って。私もやる!」
郡山くんは手伝いに来てくれたのに、任せるわけにはいかない。
植木鉢の底に大きめの砂利、その上に土を入れて肥料を混ぜる。
そして、例の種だ。
袋を開けると、どんぐりくらいの大きさの種が一つ、手のひらに転がってきた。
土に1センチほどの穴を開け、種を入れてそっと土を被せる。
仕上げに霧吹きで水をあげた。
「どんな花が咲くのかな〜」
「楽しみですね」
植木鉢のそばに、二人並んでしゃがんで、私は芽が出るのを楽しみにしていた。
郡山くんは、そんな私を見て嬉しそうにニコニコしている。
……種を植えてワクワクするなんて、ちょっと子どもっぽかったかな?
「今日は嬉しかったです。先輩のお手伝いができて。二人で何かを作り上げるって、仕事でしかなかなかできないですからね」
郡山くんが、少し汚れた指先で頬をかきながら、はにかんで言った。
そうか、仕事だと思えばいいんだ。種をくれた女性も、モニターのようなものって言っていたし。郡山くんと共同のプロジェクトだと思えば、ガーデニングも難なくできるような気がしてきた!
「そうよね、郡山くんと二人で築き上げるプロジェクトね! 実は、花が咲いて癒されたら感想をちょうだいって、種をくれた人に言われてるの。郡山くんも、何か感想があったら言ってね!」
「う、うん……?」
私は、郡山くんの複雑な表情にも気づかないでいた。
先ほどから感じていた自分の心の中に引っかかっていたもの、それが取れてスッキリとした気分だった。
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