第2話 年下上司がヒーローすぎます
翌日、目が覚めて飛び起きた。
目覚ましをかけたはずなのに、どうやら寝ぼけて止めてしまっていたようだ。
「遅刻する!!」
昨夜のこともあって、なんとなく興奮してなかなか寝付けなかったのだ。
あわてて身支度をし、ミルクを入れたコーヒーだけ飲んで玄関へ。
予備のパンプスを出して、昨日借りたスニーカーの横に並べる。
そうだ、昨日もらった種のことをすっかり忘れていた。まだ、中身も確認していない。帰ったら確認だけして、週末に必要なものを買ってこよう。
考えながら、玄関の扉に鍵をかけた。
滑り込みセーフで会社に入った。
娘が病気などになった時以外、遅刻はしたことがない。
社員証をピッと読み込ませると、平静を装ってビジネスモードに入る。
昨日の原稿を持って、販売促進部との会議を行った。
席についたのは、我が広告宣伝部のデザイナーである私と三島さん、Web担当の女性社員、昨日私を飲みに誘った部長。
向かい側には、販売促進部の課長と、その部下である男性社員と女性社員。
いつもだいたい、このメンバーで商品のパッケージ案を出す会議をしている。
昨日手直ししたA案、B案、C案の印刷した原稿を配り、プロジェクターに、実際の商品を模したCGを写す。
「パッケージ、すごくいいですね。これで行きましょう!」
そう言ったのは、販促部の課長──
肩書は課長だけど、彼は私の後輩で40歳だ。
私が家庭を優先して昇格を望まなかったため、その間に彼は別部署だけど上司となってしまった。年下の上司、なんて昔の私だったらプライドが邪魔して不満に思っていたかもしれない。でも彼の場合、その若さで課長になれたのは、やはり人柄や仕事の良さなのだろう。
そう納得できるのは、彼の能力を認めざるを得ないからなのか、それとも私が歳をとって丸くなったからなのか……。
会議が終わって、少し昔を思い出してしまった。
散らばった資料を片付けていると、ススッと部長が寄ってきた。
「楠木くん、案件、終わったよね? 今日は付き合ってもらおうか?」
あー、そう来ましたか。
確かに、昨日は『案件を終わらせたい』って断ったからなぁ……。
数年前までは娘を理由にして断れていたけど、今はその手が使えず、どう断ろうかと困っていると……。
「えっ? 飲み会のお誘いですか?」
明るいトーンの声で間に入ってくれたのは、郡山くんだった。
「え、あ、いや……」
突然会話に入ってこられて、部長は動揺している。
それでも郡山くんは、遠慮なくずけずけと言い放った。
「いやー、奇遇ですね。僕も今日飲みたいと思っていたんですよ」
「いや、そういうわけじゃなくてだね……」
「えっ、部長がご馳走してくれるんですか!?」
「はっ? いや、違……」
「みんなー! 今日は打ち上げに部長がご馳走してくれるそうです!」
それを聞いて、他の社員はわっとこちらに集まってきた。
郡山くんが大声で宣言しちゃったものだから、部長も仕方なく、
「ええーい、わかった! 今日は俺の奢りだ!!」
他の社員に囲まれながら、ヤケになって叫んでいた。
部長の頭より少し背の高い郡山くんが、こっそりと私に向かってウインクした。
……もしかして、助けてくれた?
就業後、社内のロビーでみんな集まると、どうやら郡山くんはお店の予約もしておいてくれたらしい。
と言っても、いつもの行きつけの飲み屋なんだけれども。
でも、何も言わなくても予約までしておいてくれるなんて、スマートというか、やはり仕事のできる人だなぁって、感心してしまう。
「チーフ、郡山課長、絶対わかってて間に入ってくれましたよね」
「……あ、気づいてた?」
飲み屋へ入り予約した座敷に座ると、三島さんが耳打ちしてきた。
目ざといなぁ……。三島さんには隠し事ができない。
そういえば、あれだけしつこかった部長が絡んでこない……と思ったら、社員のみんなに囲まれてる。
えっ、もしかして、みんなでバリケード張ってくれてるの!?
嬉しいやら、恥ずかしいやら……。
注文したビールを一口。確かに案件がひとつ終わってホッとしているけれど、今日は周りが賑やかすぎて、気分良く酔えそうにない。
「チーフ的には、どうなんですか?」
三島さんが、可愛く首を傾げてこちらを覗き込んでくる。
「ん、何が?」
「郡山課長ですよ。だって、チーフのこと好きなの、バレバレじゃないですか?」
「ングっ!? えっ、そうなの!?」
思わず、咳き込みそうになった。
「そうなのって、気づいてなかったんですか?」
「いや〜、そういうわけじゃないんだけど、やっぱり私の方が8歳も年上だし、ありえないかなと」
お互いもう40代でいい歳だし、歳の差なんて気にすることはないのかもしれないけど。
それでもやっぱり、8歳差は心のどこかで引っ掛かる。
「そ、そういう三島さんはどうなの? 三島さん的には郡山課長は──」
「あ、私、オジサンはパスなんです」
はっきりきっぱりと言われた……。
そうか、20代の三島さんから見たら、40代はオジサンか……。
そりゃそうだよ、三島さん、私の娘と年齢変わらないんだから……。
ちょっと、惨めになって泣きそうになった。
「あ、あー! チーフのことはオバサンなんて思ってないですからね!?」
「いいよいいよ、ありがとう……。そんなフォローしなくても大丈夫よ……」
口にされた方が余計に惨めになりそう。
その時、娘からの電話が鳴った。
「ごめん、ちょっと電話」
ひと気のないお手洗いの前の廊下で、娘の
「うん、今みんなと打ち上げしてるところ。わかってるわよ、はい、飲み過ぎません。じゃあね、おやすみ……」
一言二言交わして通話を切ったところで、郡山くんがお手洗いから出てきた。
「あっ、楠木先輩、お疲れ様です」
今や彼の方が上司なのに、今でも“先輩”と言って慕ってくれるのは、素直に嬉しい。
「娘さんからですか?」
「そうなの。もう、毎日しつこいくらいかかってきて」
「そう言うわりには、嬉しそうですね」
「自慢の娘ですから」
本当に、いい
娘も自慢だけれど、それを育て上げた私自身も自慢したいくらい。
「先輩。この後、二人で飲み直しませんか?」
「えっ?」
おおっと、これはお決まりの展開ですか?
少し、身構えてしまった。
「すみません、僕が部長の奢りだなんて言ってしまったばかりに、大勢になってしまって気持ちよく酔えなくて。先輩が良ければ、僕を助けると思って付き合ってくれませんか?」
さ、さすが、販売促進部はプレゼン……アピールが上手い……。
私を助けてくれたことをひけらかさず、あくまで奥ゆかしく、最終的には助けて欲しいなどと
なぜ彼が未だに独身なのか、かなり謎だ……。
「あー……。ごめん、私も飲み直したい気持ちはあるんだけど、明日やりたいことがあって」
そう、明日の休日の間に、例の女性からもらった種を植える準備をしたいのだった。
パンプスの予備も買いたいし、確か、ホームセンターの隣に靴屋あったよね?
と、郡山くんの言葉もスルーしたいほど、考え込んでしまっていた。
「やりたいこと……って、何か訊いてもいいですか?」
「へっ? あ、いや、大したことじゃないんだけど、買い物に行きたいの。この間、花の種をもらったから、ガーデニングでも始めようかと思ってホームセンターに……」
「じゃあ、僕が荷物持ちしますよ」
「……えっ!?」
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