第42話 一筋縄じゃあいかねえな
暗殺者が投げて俺の手に集まったナイフのうち一本を投げる。
もちろん俺は器用にまっすぐナイフを投げることなんてできないので、かなり無理矢理投げている。
脳筋魔剣術で。
手から放たれたナイフは空気を裂く音を立てながら、ものすごい速度で飛んでいく。
なんならブーメランみたいに戻ってくるんじゃないかって回転で、飛んでいく途中、収穫された後のマンドレイクの一つを切り裂いてなお、速度を落とさない。
それもそのはず、魔法によって刃は強化され、刀身よりも広い範囲を切り裂く状態になっている。
そのまま飛んでいったナイフは、スパン、と木の幹を両断してようやく止まった。
木が倒れる。
その瞬間、黒い影が木の上から飛びだして、別の木に移動しようとした。
が、すでにその木は切断されている。
二投目のナイフによって。
影は足場を失って木の外に飛び出して着地した。
そこに俺はいた。
「やあ、同業者。服も身体も真っ黒黒だ――って、うおっ!」
蹴りが飛んでくる。
どうやら女らしく、細く華奢な足だったが、蹴り自体は鋭く、一般冒険者がまともに食らったらあばらを何本かやっていただろう。
後傾して避けた俺は右手にナイフを握りしめ、脳筋魔剣術を使う。
魔法で作られた刀身があり得ないほど伸びる。
振る。
暗殺者の影はなんとか避けたが、足を深く切っていて、黒い煙がそこから溢れている。
切断したつもりだったのに、避けられたか。
「一筋縄じゃあいかねえな」
赤い二つの目は俺を睨みつつ、どこに逃げようかと探すように当たりを見回している。
逃がすつもりはない。
せっかくおびき出したのに。
暗殺者の影が短刀を抜く。
接近戦を選択したらしいが、逃げられないと悟ったからなのか、足が治るまでの時間稼ぎなのかは定かではない。
ただ俺にとっては好都合だ。
すぐに片をつける。
暗殺者の影が俺の首を狙う。
胸を狙う。
全ての手が一撃必殺で、その手数も尋常ではない。
しかも、
「あっぶねえな」
短剣を振るだけではなく、振った袖から暗器が飛び出す。
細長く鋭い鉄の棒のような物が至近距離から発射され、俺は首を振って避ける。
が、
「うっへ、やっちまったわ」
避けきれずにわずかに頬を切り裂いた。
身体に傷がついたのは数年ぶりじゃないか?
いや、この前料理中に指を切ったな。
うん。
全然普通だった。
暗殺者の影は俺の頬に傷がついたのを確認すると、突然一目散に逃げ出した。
「なっ、待てコラ!」
俺は追いかけたが、どうしてか、目の前が揺らぐ。
思い出した。
この手の暗器には毒が塗ってあるんだった。
暗殺者は殺すことだけに特化して、少しの傷からでも殺そうといろんなネタを仕込んでいる。
暗殺者の影はさっきは逃げられなかったから俺との接近戦を選んだようだが、今は逃げの一手を選んでいる。
逃げ切れると思っている。
俺を殺したから。
殺したと、思っているから。
「ふっふっふ、甘めえな」
ぐっと目を閉じて開いたときにはすでに視界は正常。
俺が【荒れ地】で何を食ってきたか知らねえだろ。
あのバカ師匠に散々「魔力のため」とか言われて食わされてきた物は、どれもこれも毒物だったんだよ!
アザリアに言ったら引いてた。
それ暗殺に使われる奴だよ、って言われた。
だから俺は死なねえ。
毒とか通じねえ。
追いかける。
逃げ出した暗殺者の影は俺の姿に気づくと、ぎょっとして立ち止まった。
表情見えないのに真っ赤な二つの目が明らかに大きく光り輝いた。
暗殺者はすでに短刀をしまっていたが、
「それが運の尽きだよなあ」
俺は脳筋魔剣術でナイフを振る。
こちらに向き直っているが、暗殺者の影の体勢は万全とはほど遠く、ナイフを避けることも、受け止めることもできない。
スパン、と腕を切る。
ああ、服ごと斬れるのか。
うーん。
黒い煙がぶわっと現れた、その隙に服を掴んでほとんど脱がせるようにして、なるべく布を切らないように身体を切り裂いていく。
一応女らしいからな。
元に戻ったときボロボロの服とか嫌だろ。
配慮配慮。
暗殺者の影が服を脱がされるたびにバタバタしていた気がするけれど、無視。
最後は無事、影の球体になったので問題ないだろ。
「君は女性の服を脱がせて殺すのか。最低な男だな」
と、ようやく目を覚ました骸骨野郎が近づいてきて言った。
「服ごと斬ったら元の体に戻ったとき大変だろ。考えろ」
お前みたいにセクハラをして悦に入ってる訳じゃねえんだよ。
「さて、マンドレイクを土ごと運んで魔女の家まで持っていくか」
で、魔女の家の前で引っこ抜く。
「近所迷惑どころの話ではないな」
骸骨野郎はぼそりと言った。
俺たちがライラの元に戻ると、ライラはドーム型の防御魔法の中で待っていたが、不意に何かに気づいたように慌てだし、空を指さした。
「シオンさん! あれ!」
ライラが指さす先を見る。
ホウキに乗った魔女が、畑に向かってきていた。
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