第36話 『グラム』。それがこの剣の名だ。
真っ暗なその体は何でできているのか解らない。
鼻はないが、話せば口が開き存在を確認できる。
目も口も閉じてしまえば、きっと、それを顔だと認識できなくなってしまうだろう。
手袋を取ってもローブをとってもその下にあるのは真っ黒な影ばかりで、その上に服を着て、鎧を着て過ごしていたようだ。
「お前さっき太ももの古傷が、とか言って見せようとしてただろ」
「見せようとしても断られることくらいわかっていたさ。なんたって、私は紳士だからね」
「紳士はそもそも下腹部を見せようとしねえんだよ」
その下腹部も、影に飲まれているのだろうけれど。
「私の身体はこの通り、真っ暗な闇に飲まれている。触れることはできるし、食事などに影響はない。ただ、眠ることはできないし、日の光には当たれない。生きている心地がまったくしない。それに、傷は全てあっという間に修復される。なんなら、切断されようが木っ端微塵にされようが、まるで煙が近づいてくるように集まって、元の形に戻ってしまう。多分ただ分離して戻ってるだけだ。不死身と言えるだろう」
手袋を外した手を握りながら彼は言う。
王立騎士団の人間とは言っても、限界があったはずだ。
不死身、だったとは。
ライラはしばらく骸骨野郎あらため暗闇野郎の身体を観察していたが、思い切ったように、
「どうしてそんな身体に?」
「もちろん
「じゃあ、このダンジョンに入った冒険者たちは……」
「多くが、生きている。奴隷として働かされているが」
ん?
んん?
俺は大きく首を傾げ、
「待て、いくつか聞きたいことがある」
「なんだ?」
「お前はどうやって奴隷から抜け出してきた? お前もその体ってことは、働かされていたはずだろ?」
「いや、この身体にはされたが、完全に奴隷になったわけではない。この剣のおかげでな」
暗闇野郎は巨大な剣を示す。
「アーティファクトにして『聖遺物』。『グラム』。それがこの剣の名だ。だから、呪いの類いである奴隷契約は弾き返した。裏を返せばこの身体は呪いではないのだろう」
ほう、と俺はその剣の方に興味がいってしまう。
アーティファクトとは、いわゆる伝説の代物のことを指していて、基本的には固有名がついている。
一方で、魔法戦争が起きていた時代に天使によって祝福されたもののことを『聖遺物』と呼び、基本的には呪いの類いを弾く。
グウェンが持っていた弓がその一つで、アザリアが
と言うことは、その二つを満たす暗闇野郎のこの剣はヤバいくらい高価ということだ。
俺が剣ばかり見ていたからだろう、ライラが隣で俺の裾を引っ張る。
「シーオーンーさーん?」
「いや、だってアーティファクトのうえに『聖遺物』だぞ。絶対高い」
「他人の物ですよ! 窃盗でしょ! それに話がずれてます!」
なんの話をしていたっけ?
ええと……。
ああそうだ。
「奴隷にならなかった理由についてか」
思い出すとすぐに次の質問も思い出した。
質問というか……、
「このダンジョンに入った冒険者たちは多くが、生きているって言ったな? 姿形をお前みたいにさせられて、奴隷として働かされてるって」
「ああそうだ」
暗闇野郎は頷く。
それは…………ダメだな。
全然ダメだ。
俺は深く溜息をついて、言った。
「よし、じゃあ帰るか」
「え! 何言ってんですか!?」
ライラが驚愕する。
「だってそうだろ。冒険者たちは生きている。ってことはそいつらは装備品をまだもってるはずだ。こいつみたいにな。ってことは遺品じゃねえ。もし持ち帰ったら、ただの窃盗だろ。今お前が言ったみたいにな。俺は盗賊じゃねえんだよ」
「でも……でも助けないと! そうですよね!?」
「まあそうかもしれねえけどよぉ」
俺は深く溜息をついて、暗闇野郎を見ると、
「その奴隷、俺たちのこと襲うだろ?」
「あ……」
と、ライラは呟いてうつむいた。
暗闇野郎は頷いて、
「ああ。襲うだろうな」
「しかも、そいつらは不死身だ。斬っても斬っても再生する。トレントは再生するたびに身体が小さくなって魔力やら生命力やらを消費していたが、この闇に飲まれた身体は……」
「ただ分離して、元に戻るだけだ」
暗闇野郎は補足した。
俺は頭を掻く。
こんな奴がいるなんてな。
奴隷は数人じゃきかない。
きっと、軍隊と言っていい数だ。
「要するにな、ライラ。俺の脳筋魔剣術は、今度ばかりは効かないんだよ」
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