第27話 ライラの秘密

 礼拝堂の十字架の前ではいつものように、アザリアがたばこを吸っている。


 俺たちに気づくと説教台から足を下ろして、



「さて、数日ぶりだね、ライラちゃん。今日来てもらったのはねえ、まあ、伝えることがあったからなんだよ。具体的には、どうして『呪物』が壊れたのか、だね」



 そう言って、アザリアはライラのそばまで歩いてくると手を出した。



「え? なんです?」


「情報料だよお。もちろん。金貨二枚ね」


「そんなにとるんですか!? アタシの月の稼ぎより多いじゃないですか!」


「ふーん。じゃあ借金につけとくことにしとくよ」


「アタシの借金が増えていく……。これ騙されてるんじゃないですか?」



 おお、と俺は感心する。



「疑うことを覚えたな」


「今までアタシが何も考えず信じてきたバカみたいな言い方しないでください!」


「違うのか?」


「ちが……ちが……違わないです。すいませんでした」



 ライラは深く溜息を吐いた。

 アザリアはニヤニヤと笑って、

 


「ま、騙されないためには情報が必要だよねえ。心配しなくてもあーしは金さえもらえば真実を話すよ。そこは商売人の信用に関わることだからねえ」



 ライラは「うむむむ」と唸る。



「それで情報って……アタシのこと何か解ったんですか? 田舎の村で育って、冒険に憧れて街に出てきた、よくいる冒険者なんですけど」

 

「別に君の過去に興味はないんだよねえ。問題なのは今、現在、君がどんな能力を持っているのか、どんな存在なのか、だよねえ。具体的には、どうして『呪物』を壊せたのか、そして、どうしてグウェン・フォーサイスがそんなに君に懐いたのか」



 ずっと聞いていた俺は少し考えて、



「あふれでる母性とかじゃねえのか?」


「そんなに母性感じるかな、この子から? あーしの方が母性的だよ」


 

 そういって胸を強調するアザリア。



「母性ってそういうことじゃねえだろ」


「そうかもねえ。でもさあ、きっと、あーしが同じ状況でグウェンを撫でてもここまで懐かれなかったと思うよお。それにルフにも懐かれたんでしょう?」



 街に戻ってきたとき、ライラがルフに鼻先を擦りつけられたあげく、その後しばらくルフが全然飛び立たなくなったという事件があった。



「じゃあ、どうして……」



 ライラのつぶやきに、アザリアはにっと笑みをうかべると、手招きをして俺たちと共に説教台へと足を運ぶ。

 


「実際に見てもらった方が早いからねえ」



 彼女が取り出したのは見たことのない魔道具で、十字架に天使の羽根をあしらったマークが描かれている。



「なんだこれ」


「大きな教会から失敬した『聖遺物』だよ。なあに、ちゃんと返すから睨まないでよねえ」



 睨むって言うか、呆れてたんだが。


 それは鏡のような円形の金属板。

 中央に穴があってトゲのようなものが見える。



「そこに指を入れて血を垂らすんだよ」



 アザリアがライラに促す。


 ライラはおっかなびっくり指を入れて、「痛っ」と呟いて指を舐めた。


 血がトゲから中に落ちる。

 金属板が光り輝いて、そして、文字が浮かび上がる。


 称号・聖女。

 称号・聖母。


 スキル・《聖母の手》レベル1――触れた者の心を癒やし、幸福感を与え、呪いを払い、いかなる『呪物』も無効化して破壊する。



「な、なな、なんですこれ!」


 

 ライラは金属板にほとんど顔を押しつけるようにして文字を読み、言った。



「書いてある通りだよ。いやあ、数日前にこっそり君の血を抜き取って垂らしてみたらびっくりびっくりだよねえ」


「アタシの血を採ったんですか!? いつ!?」



 あはは、とアザリアは笑うばかり。


 俺は呆れて、



「アザリアお前、聖女から勝手に血採ったのかよ。それでも聖職者か」


「あーしは聖職者じゃないよ」


 

 ついに言っちゃったよ。

 なんなんだこいつ適当すぎるだろ。



「まあ良いじゃんかあそんなことはさあ。重要なのはこの子が聖女であり聖母であり、人に触れれば心を癒やして、『呪物』に触れれば無効化して破壊するってことだよ。いかなる『呪物』もってのが頭おかしいよねえ。あーお金の匂いがする」


 

 アザリアはふふふと笑って、



「調べてみたらねえ、その昔、同じスキルを持ってた聖女は、騎士たちを撫で撫でして依存させ信仰させて、なんでも命令に従わせてたみたいだよ。ママの言うことは絶対、ってね」


「そんなことしません! 絶対しません!」


「その方が賢明だよ。その聖女、火あぶりになったみたいだから」


 

 扱いが魔女。

 やってることも魔女だけど。



「あ!」


 

 と、ライラは気づいたように言って、



「ど、どどど、どうしよう。グーちゃんに……グーちゃんに謝らないと!!」


「ああ、心配しなくても依存はしてないよ。レベル1ってあるでしょう。依存するほど強くないし、そもそも依存させてやるって思わなきゃ大丈夫だから。《誘惑》とか《心神喪失》とは違うんだよ。心を奪うわけじゃない。それは呪いの領分だからねえ。あの子が君に執心してるのは、死ぬかもしれないって時に心まで助けられたってのが大きいんだ。助けようと思って、慰めようと思って頭を撫でたんでしょう?」


「それは……そうですけど……」


「ならあの子は君自身に執心してるはず。どん底で助けてくれた君自身に。スキルの力はその補助ってだけだよ。もしも君自身を嫌っていたら、反発は簡単にできるからね」


 

 ライラはほっと胸をなで下ろした。



「と言うことでね、迷える鼠君、それから野良聖女様」


「野良聖女!? それアタシのことですか!」


「君以外に誰がいるんだい?」



 アザリアは笑って、



「聖女の称号は珍しいし、聖母に至っては歴史上一握りしか存在しないよ。だからバレないようにしないとねえ。特に聖職者には」


 

 ライラが唾を飲み込む。



「もし見つかったら?」


「最悪使うだけ使われて歴史を繰り返すんじゃないかなあ。ま、それは本当の最悪で、教会の中で飼われて過ごすってのが普通だろうねえ」


「どっちもいやです」



 ライラは即答した。


 アザリアはニッと笑みを浮かべて、



「じゃあ、野良聖女として野良聖母として生きていくんだねえ。あーしと迷える鼠君のそばにいれば安全だよ。あーしが情報操作して、迷える鼠君が物理的に守ってくれるからね」


「あ? 俺?」


「ま、他の人に任せてもいいんだけどね、君にもメリットはあるんだよ」

 

「例えば?」

 

「さっき言ったでしょう。野良聖女様は、いかなる『呪物』も無効化できる。今は無効化する『呪物』が少なくてもじきに何でもできるようになるよ。例えば、君ですら太刀打ち出来ないSランク以上の『呪物』とかもね」


「……本当にいかなる『呪物』も、なのか?」


「そう。今まで誰も開けられなかった『呪物』の扉を開いて、その中にある宝を手に入れられるかもしれない。特に【荒れ地】にはそんなのがわんさかあるって話だよ」



 それは心躍る話だな。

 いくらになるか検討もつかない。


 俺がにやけていると、ライラがじとっとした視線を向けて、


 

「またお金の話ですか」


「それ以外にあるか?」


「その……もっと他にないんですか!? アタシを守ってくれる理由……お金とかじゃなくてこう、その……ああ、アタシ何言ってるんだろう!」



 ライラが頭をかきむしる。

 何言ってるんだはこっちの台詞だと思う。



「アタシは、シオンさんと冒険に行くのが好きです! 今まで見たことのない景色が見られるから! シオンさんは何かないんですか!?」



 何かと言われてもなあ。



「まあ、お前と一緒だと楽しいよ」


「え?」


「置いてかれそうになったときの反応とか」


「むーーーー!!」



 ライラは怒って俺の肩を叩いた。


 アザリアはにっと笑みを浮かべて、



「さて、野良聖女様。ということで、君が借金を返す方法は、あーしたちに手を貸して稼ぐ手伝いをするってことになるね。その間、あーしと迷える鼠君は君を守ってあげよう。ま、その分も借金に追加される訳だけど」


「また増える……。あの、借金を返してから先は?」


「君次第、だよ。まあ借金を返すまでは試用期間ってわけだねえ。お互いにさ」



 ライラは少し考えてから。



「借金返さないといけないですし。アタシの正義に反しない限りは、手伝います」


「あっはは。大丈夫だよお。あーしは正義に反したことないから」



 ほんとかよ。

 でかい教会から『聖遺物』失敬してる奴が何言ってんだ。

 

 アザリアは不適に笑みを浮かべると、



「ま、じゃあ、取引は成立だね。ふふふ。これから楽しみだねえ。がっぽがっぽ、がっぽがっぽ」



 アザリアはもうライラをこき使うつもりのだった。


 ライラを守るのは俺の仕事だろ!


 こうして、俺たちの奇妙なパーティは存続することになった訳である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る