第15話 完全にママ

 箱をガタガタと揺らしたが当然他に何も出てくることはない。


 箱自体も丈夫、装飾も細かかったので、金にはなりそうだから持ち上げて持ってくると、グウェンの隣にどっかと置いて睨んだ。



「お前らの目的はこれだったのか? 誰に聞いた?」


「うるさいボクの身ぐるみ剥がして売ろうとする盗賊には口をきかない」


「盗賊じゃねえよ! 一応冒険者だ! と言うか盗賊はダンジョンに入れねえだろ。冒険者証は偽造できねえんだから」


「知らない知らない! どうでも良い!」


 

 グウェンは大きく首を横に振って、両腕を骨折していることを思い出して痛みに呻いた。



「あっふ」



 バカだなこいつ。



「いたいいい。ポーションちょうだいいいい!」


「シオンさん、何か持ってないですか」



 ライラが俺を見る。



「あるけどなあ」



 俺はグウェンを見下ろした。

 彼女は痛みに顔をしかめている。



「はあ、あとで金払えよ」



 俺はベルトにくくりつけたバッグの中を探す。

 確か何本あった気がするんだけどなあ。


 ああ、あった。


 うわ、これ一本しかねえのかよ。

 もったいねえ。


 光に透かすと金色に輝く小瓶。



「特級……ポーション?」



 ライラの目の色が変わって、



「何でそんなもの持ってるんです!?」



 驚愕に怒鳴った。



「何かの時のために持ってたんだよ」



 高かったんだからな!

 遺品じゃねえんだぞ、これ!



「おい、グウェン。お前これ買えるだけの金払えんのか」


「馬鹿にすんな! 払える! いいから早くよこせ!」



 ふんふん鼻息荒くグウェンは言う。


 ありがとうとかねえのかな!?


 俺がそれをライラに手渡すと彼女はかなり恐る恐る受け取って、グウェンの口に運ぶ。


 嚥下えんげ


 彼女の身体がふわりと輝いて、折れていたはずの両手足が治癒していく。


 輝きが消えた瞬間、グウェンはほっと息を吐き出して腕を持ち上げた。



「治ったぁ。けどまだ痛いぃ。ママ撫でてえ」


「金払えよ」


「解ったうるさい」



 ライラがそれを見て少しむすっとして、



「グーちゃん、ありがとうは?」


「こんな奴に……」


「ありがとうは?」


 

 ライラはグウェンに顔を近づける。

 鼻がくっつくんじゃないかってくらい。


 グウェンはたじろいで「うう」と唸って、



「ありがとう」



 小さくそう言った。




 Dランク冒険者にたじろぐSランク冒険者。




 雑魚だな。




「で、アーティファクトについては誰に聞いたんだ」



 俺が尋ねているのに、グウェンは寝転がったまま両手両足の調子を確認して、無視。

 もう一回両手足折ってやろうかこいつ。


 らちがあかないと思ったのか、ライラが俺の代わりに尋ねる。



「グーちゃん、誰に聞いたんですか?」


「ヘイグが情報を持ってきたんだよ。危険度Sのダンジョンがあるからギルドに内緒にしても戦わないとまずいって。アーティファクトについても言ってた。メアリーは金が絡まないと動かないから」


「俺みたいな奴がいたんだな」


「…………」


 

 ライラの言葉にはすぐに反応するくせに!

 もう完全にママだと思っているみたいだ。



「で、誰かに売るって言ってたのか?」


「…………」


「グーちゃん、ヘイグさんは誰かに売るっていってたの?」


「ちがうよ。『このアーティファクトがあればSランクになれる。お前は用済みだクソガキ』って言われたの! ボク、クソガキじゃないもん! うわあああああ! ママ撫でてええええ!」


 

 ライラが頭を撫でる。


 どうやらこいつは元のパーティでもクソガキ満載だったらしい。

 塩一粒分だけパーティに同情してやる。


 ライラはグウェンの頭を撫でながら、



「じゃあ、他の三人全員がグーちゃんを陥れたってことですか?」


「そうだよ! アーティファクトを手に入れた瞬間、みんな人が変わったようになってそれで……。うううう、三人に同時に襲われて、両腕両足ぽっきんされて、ポーションも全部奪われて置いてかれたんだああ」



 グウェンはまたライラの腹に戻ろうとする。


 気になる点がいくつかある。


 ライラも同じようでひとしきりグウェンの頭を撫でると、



「あの、ダンジョンを出たのはヘイグさんだけだったはずです。他の二人はどうしたんでしょう?」


「知らないよ!」



 グウェンは叫んだが俺は考えてみる。



「一つはあの猿だか牛だか犬だか解らねえ四本腕のモンスターにやられた可能性。っていうかグウェン、お前どうしてあいつ倒さなかった」


 

 またもやグウェンが黙っているのでライラが尋ねると、



「体力温存のためにスルーした。ボクが弓で追い払ってるうちに先に進んだ。帰りもそうするつもりだった」

 


 とのこと。



「他の三人だけであのモンスターを倒せる実力はあったんですか?」


「あった。ヘイグ以外の二人はSランクに近かったから。ヘイグはそうでもなかったけど、情報仕入れたり罠を見分けたりするのがうまかったから、パーティにいた」

 


 やっぱり同業者か?

 情報が漏れたのか、それとも、誰かが流したのか?


 ふむ。



「ってことは帰り道もスルーしたんだろうな」



 俺はまた考える。



「あとは……仲間割れだろうな」



 このダンジョンには即死級の罠がある。

 イーヴァは死ななかっただろうが、他の二人は死んだんだろう。

 ヘイグが罠を見分けていたなら、陥れるのは簡単だろうから。


 少しずつ解っては来たが、



「問題はヘイグがどこに行ったのかだな。俺のアーティファクトを回収しなきゃならん」


「…………シオンさんのではないと思いますけど」


 

 ライラが呆れたように言う。



「俺のだ。せっかくここまで来てクソガキだけ回収して戻っても金にならねえ」


「クソガキって言うな! 敬意を払え!」

 


 クソガキことグウェンが叫ぶが無視する。



「ヘイグの目的はSランク冒険者になること、だよな? もう行動を起こしているとすれば、最初にどこに行く?」


「そんなの、決まってるじゃないですか」



 ライラがどうして解らないんだろうと言う感じで言った。



「俺はランクを上げることに興味がねえから、そこら辺の話を知らねえんだよ。そもそもランクの上げ方が解らねえ」

 


 自動的にDランクからCランクにならないようにする努力はしているけれど。


 ライラは「ああ」と呟いて、



「Sランクになるには金銀銅が名についているダンジョンで素材を集める必要があります。この近くだと、まず『銅貨洗いの沼』の最下層で特級ポーションの素材であるマンドレイクを手に入れて、『銀翼貴婦人の談話室』で竜の鱗を採取、『金烏玉兎の眠る場所』でミスリルを手に入れるというのが知られたルートですね」


「詳しいな」


「冒険者なら皆知ってます!」



 そんなものか。



「グーちゃんもこれを達成してSランクになったんでしょう?」


「そうだよ! えらいでしょ!」



 本当かよと半信半疑になってしまう。



「素材だけ買って報告したんじゃねえだろうな」


「んだとこらぁ!」



 グウェンが怒鳴るのと同じくライラが、



「それはできません」



 ときっぱり否定した。


「マンドレイク、竜の鱗、ミスリルはギルドが厳重に管理している素材です。偽装の類いは不可能です。ダンジョンの入り口にいる魔動人形が、誰が入り誰が出たのかを逐一記録するだけではく、手に入れた素材を全て鑑定、登録します」


「はああ、便利なこって」



 あいつらくっちゃベってばっかりだけど仕事はするんだな。



「ってことは、最初は『銅貨洗いの沼』に向かってるはずか」


「ええ、でもそこにいるかどうかは……どうでしょう?」


「馬車の馬を片方ヘイグが持っていったと考えると、ここから全力で走って準荒れ地から出て一番近い街まで四日はかかる」


「……そうですか。と言うことはもう街に着いてるかもしれませんね。街から『銅貨洗いの沼』までは五日です」

 


 間に合う、か?

 いや。



「俺もさすがに八日とか走り続けるのはキツい。今だって二日お前を背負って走ってきてる。それに帰りはこいつも運ばねえといけねえんだろ?」



 両手足が治ったと言っても、すぐに歩けるわけではないし、体力まで回復したわけではないはず。

 まして、走ってついて来られるとは思えない。


 俺とライラが唸っていると、



「じゃあボクが運ぶ」



 グウェンが言った。



「何言ってんだ病み上がりのくせに黙ってろ」


「んだと! ボクをなんだと思ってるんだ! Sランク冒険者だぞ! 特権がいっぱいあるんだ! 権利を乱用できるんだ!」


「乱用は止めろ」



 そんなことを誇るな。



「で、その特権で何ができるって」


「ふふん! 聞いて驚け。ボクの力に恐れおののくがいい。ボクは……」


「良いから早く言え、置いてくぞ」


「ふうううううう!」


 

 グウェンは唸って、俺を睨みつけると、治ったばかりの腕を使ってなんとかライラの手を取って自分の頭に擦りつけた。


 どんな精神安定方法だよ。


 落ち着いたグウェンは咳払いをすると、言った。



「Sランク冒険者は、飛行において最速の魔物、王族しか乗ることを許されないルフに乗れる」

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