第4話 シオン・スクリムジョーは嫌われている

【荒れ地】から出てから四年の歳月が流れ、十九歳になった俺は、倒したゴブリンの魔石を持ってギルドに戻る。

 

 昨日はダンジョンで無謀なことをして死んでた奴がいたが、今日はいなかったな。

 

 ここ数日は稼ぎが悪い。


 そう思いながら、開け放たれたドアをくぐり抜け建物に入った。


 瞬間、話し声が消えて、ほぼほぼ全員が俺を睨む。


 それは冒険者だけではなく、受付も奥で働くギルド職員も、なんなら依頼を出しに来た街の住人もそうだ。


 相変わらずの嫌われっぷりだな。

 何でだろうな。

 まあ良いけど。

 

 今週のノルマである魔石十個を鑑定してもらうために受付に並ぼうとすると、いきなり一人の若いの冒険者が俺の前に割り込んできて、俺を見上げ、睨みつけてくる。

 

 多分駆け出しで、十六とかそのくらいの男だ。

 首に真新しい鉄の冒険者証がぶら下がっている。


 

「なんだ?」


「お前……お前、アイツの盾を剥ぎ取って売りやがったな! 昨日見てたんだよ売るところを!」



 アイツって誰だよ。

 そしてお前も誰だよ。


 昨日売った盾ってことはアレだな。

 無謀な奴だな。

 

 そう俺は思い出しつつ、



「売ったかもなあ。で、それの何がわりぃ? 他の冒険者だってやってるだろ? ダンジョンで死んだ冒険者の持ち物は好きにしていい。それはギルドでも言われてる。何が問題だ?」


「お前に売られるってことが問題なんだよ! お前は依頼を受けるわけでもなく、魔物を討伐するためにダンジョンに潜るわけでもない。お前の目的は装備を剥ぎ取って売ることだけだ!」



 騒ぎを聞きつけて冒険者たちが加勢をするように俺たちの周りを囲み始める。

 俺に加勢する奴は当然いないけれど。

 全員俺を睨んでいる。


 仲間を得た若い冒険者は怒鳴る。



「いいか、冒険者ってのは、村や街を守るために戦ってんだ! ダンジョンから魔物が溢れないように必死になって戦ってんだ!」



 そうだ! という賛同の声。



「なのに、お前は、俺たちに寄生して、死んだ俺たちの持ち物を奪うことしか考えていない! 魔物を倒すのだって、どうせゴブリンから武具を奪うときくらいだろうが! お前は寄生虫だ!」



 また、賛同の声が上がる。



「アイツはお前を嫌ってた。そんな奴に装備を奪われるなんて……アイツが浮かばれねえだろうが!」


「何言ってんだ、お前」



 俺の何が悪いのかさっぱり解らん。



「俺はギルドの規定に反してねえ。冒険者証は持ってるし、ノルマは果たしてるし、ダンジョンで死んだ冒険者の装備品を奪っちゃならねえって規定はねえ。装備品をゴブリンやら他の魔物に奪われて使われるくらいなら、俺が奪った方が危険が少ねえからな。理解したか、ガキ」


「ガキ……だと……! 俺はガキじゃねえ! それに、お前は規定に違反してるだろうが! 魔物除けをダンジョンの中で使ってる!」


「使ってねえよ」



 持ったことねえから使い方も解らねえ。



「証拠でもあんのか?」


「いまはない。でも見た冒険者がいる。ダンジョン内に発動したままの魔物除けが転がってて、確認したらその日お前がダンジョンに入ったんだと解ったって話も聞く」


「噂、だろ?」


「証言だ! お前よりずっと尊敬できる冒険者たちのな!」



 ギルド内のささやき声が大きくなる。

 私も、僕も、俺も、その話を聞いたことがある、そんな声が聞こえてくる。

 

 若い冒険者はそれを援護に俺を指さして、



「お前はこの冒険者ギルドに害をなす! それどころか街にさえ悪影響だ! 邪魔なんだよ! シオン・スクリムジョー! お前がいるだけで士気が下がる! 出てけ! ギルドからも街からも出てけよ!」



 大きな賛同の声。

 皆、元気だな。


 自分では言えねえことをこんなガキに言わせてんのか。

 恥ずかしくねえのかな?


 出てけとか、失せろとか、冒険者証を剥奪しろとか、騒ぎは徐々に大きくなって、奥からギルドマスターが姿を現した。


 そのあたりで、



「まあまあ、みんな落ち着け」



 そう、よく通る声でいう男、

 Aランク冒険者、タイロン・トレッダウェイが仲裁に入った。



「皆の言うこともよーくわかる。シオンは村や街を守るために必死になっていないのも事実だし、魔物除けを使っている疑いもある。だがどうだろう。証拠もないのにそれだけで冒険者証を剥奪しろというのは横暴すぎやしないだろうか?」



 顔を真っ赤にしていた若い冒険者はタイロンの言葉に不満げに、



「それは……タイロンさんが優し過ぎるんですよ。あなたは人格者だからそう言いますけど、俺たちは……」


「では、この中でやむなくダンジョンの中で魔物除けを使ったことがある者は? 誰でも携帯しているだろう?」



 ギルド内が静まりかえる。

 若い冒険者ですら、その経験があるようで黙っている。



「ギルドの規定は『ダンジョン内では緊急時を除いて、魔物除けを乱用してはいけない』と言うもののはずだ。覚えているかな?」



 まるで教師のようにタイロンは冒険者たちに尋ね、彼らは頷く。



「ではもし、何か緊急事態があって魔物除けを使ったにもかかわらず、『お前は乱用したんだ』と言われて冒険者証を剥奪されたらどう思う?」

 


 若い冒険者が反論する。


 

「そんなことギルドがするわけが……」


「しかし君たちが今していることはそういうことだ。『証拠はないけれど、絶対魔物除けを乱用したはずだから、冒険者証を剥奪する』という前例を作ろうとしている。いまのギルドマスターは人格者かもしれないが、もし別の悪いギルドマスターが来たとして、その前例を引っ張り出されれば、次に冒険者証を剥奪されるのは君かもしれない」



 さすがに若い冒険者は唾を飲み込み黙りこくった。

 他の冒険者たちもタイロンの言葉に聞き入っている。

 口だけはうまい奴だよほんと、と俺は思う。


 タイロンはそこでパンッと手を叩いた。



「さあ、話はこれで終わりにしよう。魔物除けの件はこうして皆の前で釘を刺したんだ。もし誰かが今まで本当に乱用していたとしても、これからは気をつけるだろう」



 タイロンは俺を見るポーズをしてから、


 

「それから魔物除けは緊急時にはちゃんと使うんだぞ。命は大切にな」



 そうおどけて言った。

 笑い声がちらほら上がる。

 

 タイロンは俺を睨み続けている若い冒険者の肩を叩くと、



「乱闘を起こして罰を受けて、一ヶ月依頼を受けられなくなるなんてあほらしいだろ?」



 若い冒険者は言われてからも俺をじっと睨んでいたが、すぐに溜息をついて、



「解りました」



 そう言ってとぼとぼと歩き出した。






 ギルド内は通常業務に戻る。

 ギルドマスターがやってきて、タイロンの背を叩き「今回も助かったよ」とか「さすが皆の信頼を集めるだけある」とか言っている。


 他の冒険者もタイロンを尊敬の眼差しで見ているが、




 こいつらは、タイロンの秘密を知らない。

 こののことを知らない。

 魔物除けを使っている張本人だということを知らない。



 

 話すつもりもないけどな。

 

 どうせ誰も信じないし、

 それに、

 俺にとっては、どうでも良いことだから。


 金にならない無駄な労力を費やすつもりはない。

 あと、説得は苦手だ。

 説得じゃなくてケンカになる。


 俺は受付に並び、ノルマであるゴブリンの魔石十個を提出して、

 今週もDランク冒険者という肩書きを保持した。

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