第29話 プチとミノタウロス
「プチの嘘つきぃぃぃぃ――ッ!!」
『パゥ~……!』
ぼくはプチを担いで走っている。
追いかけてくるのは『ミノタウロス』という牛なのか鬼なのかよく分からない、この前のキュクロプス並みに大きい魔獣だ。
ちなみにこいつは何かのばかでかい骨を鈍器代わりに振り回していて、プチが見事に食らって目を回している状況だ。
「ポチ……――いまだッ!!」
『パゥッ!』
ポチの魔法によって大地から次々に壁と突起が乱れ飛ぶ。
おまけにぼくが切れ込みを入れた巨木も倒れて、ミノタウロスの進行を妨害することに成功し、振り返ることなくその場を後にした。
「くそぉ~……いまいちお前たちの成長具合を把握できてない、ぼくの責任なのかぁ~?」
『パゥパゥ~』
逃げ切った後の反省会を開催。
例によって、今度はプチがミノタウロスの引き付け役を請け負った。
おまけにポチに『不甲斐ない兄に変わって手本を見せてやる!』的なことまで言っていたので、信用した結果がこれだ。
しかもポチよりちょっと重かったし。
ポチはポチで目を回しているプチに文句を言い放っているようで……なんというか仲が良くて何よりだと思う。
手頃な岩に背中を預け、プチを寝かせる。
そこにポチが近づいてくると、
『パゥ~』
ぼくの肩の傷を舐めていた。
「お~攻撃がかすってたみたいだな。助かるよ」
そして最近判明した事実。ポチの唾液は治癒効果があったんだ。
ぼくが探した草も決して効果がないわけじゃなかった。
でも、あの致命傷を癒せたのは唾液の治癒効果の恩恵が大きかったという事実が分かった。
さすがにまだあの頃の治癒効果はなく、かすり傷を癒せるくらいだけど、正直ありがたい。
プチもポチほどではないけど、唾液に治癒効果があるので何かとふたりから舐められてベトベトになることも少なくなかった。
おまけを付け加えるなら、
「草噛んで唾液出さなくてもいいからね」
草に治癒効果があったのは偶然で、ただただ噛んで唾液を分泌させることが目的の動作だったらしい。
ポチが本能で傷を舐めていて最近分かったことだ。
「お……? プチも起きたな。殴られたとこは大丈夫か?」
『プォ!』
元気そのものを体現したような声だ。
目は回していたけど、そもそもプチの赤黒い皮膚は、鱗と間違えるほどに頑強で衝撃は受けても傷は受けにくい。
「西側の崖は見れたから、次は川に沿って北か南に向かってみようか」
この大陸を北から南にかけて両断する崖は呆れるほどに長い。
でも、どこかに一つくらい登りやすい場所があってもいいはずだ。
「川が東側に寄ってるから結構戻ることになるけど……水は確保しやすいほうが楽だしね」
ポチとプチも問題なし、と言わんばかりに間延びした鳴き声をあげた。
「まぁダメな弟たちに変わって……次の状況はぼく……いや、『おれ』が引き付けてやるからな……!」
『パ~ゥ~……』
『プォ~……』
目標も決めたところで、少し長男らしく気取った口調で背中を見せてみたけど、反応が
「うん。分かるよ。なんか言っててぼくもしっくりこないし……」
だから、本当に自信を持てた時、言い方を変えてみよう。
それはきっとこの崖を乗り越えられた時なのかもしれない。なんて思ったけど、そんな日が訪れてくれるのか……。
それでも諦めるわけにはいかない。
村に戻ってお墓を建てて……そして綺麗な女のひとと出会って――
考えるほどに生きる活力が湧いてくる。
特に後者を考えると力が漲るけど、きっと
むしろ息子の成長を喜んでくれるかもしれない。
そんな事を考えていると、やや白い目でぼくを見上げるポチとプチに気が付いた。
「――なっ……なんだよ……ちょっと考え事だよ。変な事じゃないぞ!」
そんなに表情に出ていたのだろうか。最近鋭くなってきて油断ができない。
そして。
そんな穏やかな瞬間なんて、この崖下では一瞬で崩れ去る。
その事だけは紛れもない真実ってことを、ぼくはこれから身を以て知ることとなるんだ。
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