三年目

第26話 二年後 ポチとプチ

 ポチとプチに出会ってから十か月。

 崖下に落ちて二年の月日が流れた――



「ポチ! 足場ァァァーーッ!!」


『パゥゥッ!!』


 ポチの魔法がただの地面を階段上の岩場に作り変える。

 ぼくたちは上まで駆け上がると、反転してそこから飛び込んだ。


「プチ! 撃てェェェーーッ!!」


『プォォォッ!!』


 ぼくの腕ほどの長さに成長したプチの角が仄かに赤みを帯びる。

 そして溢れ出た炎は相手を穿つ炎の角として放たれた。


 残る魔獣をぼくが斬ると、辺りが静寂を取り戻す。



 ――そう、ぼくたちは相変わらず死に物狂いで今を生きていた。




「はぁぁぁ……どうにか倒しきれたかぁ~……」


『パゥ!』


『プォ!』


 ぼくたちは今、住み慣れたナワバリ内にはいない。

 落ちた崖――東側の崖から、西側の崖へ向かっていた。



「よくわからん魔獣も増えてきてるから慎重に進まないとだなぁ……」


 ぼくたちが拠点から移動している理由は二つ。

 一つは当初の目的である崖上への道を探るためだ。


「でも……ふたりのおかげで、ぼくだけじゃどう足掻いても無理だったのに……ついにたどり着いたぞ!」


『パゥ~!』


『プォ~!』


 道が用意されている。なんて甘い考えは持っていないけど、東側の崖は至る所に魔獣の住処がある。飛翔系の魔獣がいたり、崖のような複雑な地形を好む魔獣もいて登るためにはもっと強くなければいけない。


 だから対面の崖の状況も確認したい。という思いで向かってきたわけだけど。

 今は出発して七日経っている。そして三日……四日前には分かっていたことをぼくは再確認したところだ。



 そして二つ目。

 もうナワバリがナワバリとして機能を果たさなくなったんだ。


「ほら穴周辺もすっかり危険になったからな……ある意味ぼくもお前たちも戦い漬けで強くなったけど……」


『パゥ……』


『プォ……』


 あの頃の――二匹が生きていた頃は、体から立ち昇る息苦しさを伴うような濃度の高い魔力によって他の魔獣は近付くことを諦めていた。

 でも、二匹が居なくなった……いや、いるけどあの頃の魔力を持たなくなった今、他の魔獣も我が物顔で闊歩するようになっていたんだ。

 拠点のほら穴じたいは岩で塞いできたけど、どうなっているか……



 ポチとプチは思ったより体の成長はゆっくりで、手の上……は無理だけどまだ片方ずつなら抱き抱えられる程度の大きさだ。


 ちなみにプチは今でこそ炎を操れているけど、生まれた直後の魔法はポチに負けず劣らずひどかった。角の先に火を灯すことはできるけど、小さすぎて灯りにもならないほどだった……今ではすっかり魔獣を貫くほどだけど。


 そしてプチは初めて川に連れていった際、三回川に流されていった。

 ポチは助けようとしたのか。雄叫びと共に飛び込んで一緒に流されていく、という惨事をしっかり引き起こしていることをぼくは決して忘れることはない。

 さらに言うならぼくはかなり泳ぎが達者になったとも思う。



「まぁ……でも見えていたけど間近で見たら……ますます無理……だな」


 そう、崖は早い段階から見えていたんだ。そして西側の崖下について再確認した。


 この崖はいるんだ。

 遠目で見た時、高さは東の崖よりも低い……と思う。

 でも、大洪水で抉られたように反り返った崖は易々と登ることなんて、今のぼくらじゃ到底無理な話だ。


「ちょこちょこ岩をポチの魔法で積み上げて……」


「ゥ~パゥ~!」


 ポチが任せろ。と言わんばかりの誇らしげな表情と共に声をあげてるけど、むちゃくちゃすぎる。

 昔のポチ、もとい大爪おおづめならできたかもしれないけど、今のポチだと日々積み重ねて……予想が付かない日数になりそうだ。


 ちなみに半年以上一緒に行動していたこともあって、なんとなく意思の疎通がとれるようになった気はしている。

 少なくともポチとプチは、ぼくの言葉をただの音じゃなく意味を捉えているように見えた。

 そういう意味だと、ポチは最初からぼくの考えてることを分かってる風な行動をしていた気もするけど……



「うん……積み上げるかはともかくとして、西側のほうが低そうって言うのが分かったのは収穫だ!」


 ぼくが握りしめた拳と共に微かな手応えに胸を高鳴らせていると、ポチとプチもクルクルとぼくの周囲を走り出す。

 言葉だけじゃなく、感情も汲み取っているのかもしれない。


「んで……しばらくこっち周辺を回ってみようか。何かあるかも――と言うか何かあってほしい……」


 ポチとプチはぼくの言葉に大きく頷いて、全身で賛成を表現している。

 ぼくとしてもこっち側で本とか武器を新たに見つけることを期待しているということもある。


 この崖下に来たひとらは、ぼくたちと同じように崖の壁際を拠点にしていることが多いと思っている。

 その証拠に東の崖側では、多いとは言えないまでも見つけていた遺品的なものが、この中央部を通った時は一個も見かけることがなかった。


「北も南もアテなんてないし……――ってポチ?」


 するとポチが天を仰ぎながら鼻をヒクつかせ、小走りで動き出した。

 何度もぼくたちを振り返る姿は、魔獣を見つけた時の挙動とは明らかに異なっている。


 ぼくはプチと顔を見合わせると、黙ってポチの後へ続いていった。


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