第17話 一年二か月後 繭と大爪

「ガァアアアーーーッ!! これで止めだッッ!!」


 左に持つ骨剣で翅を切り落とし、態勢を崩した魔獣を右手の短剣で両断した。


 絶対的な強者として君臨していた魔獣の死は、崖下の環境にも徐々に影響を与えていた。

 あの二匹目当ての魔獣以外は、ほとんど見かけなかったはずのナワバリ内でも、五日、早ければ三日内に魔獣を見かけるようになっている。

 今もぼくの背丈よりもでかいはえに似た魔獣を倒した所だ。


「これじゃナワバリ外の探索もオチオチできないな……」


『……』


 ぼくはナワバリ外の探索をナワバリ内は比較的安全。という前提の元に行っていた。

 怪我を負っても、ナワバリ内に戻れば少なくとも体を休めることができるという考えだ。

 それが徐々に。でも確実に通用しない日が来る。ということを感じている。


「いや……今までが運が良かっただけかな。でももう……腹をくくらないとダメかな……?」


『……』


 拠点のほら穴を捨てて探索に行くにも、アテが無ければかなり厳しい。

 よく見かける魔獣なら数体いても遅れはとらない。とは言っても、うっかり群れにでも遭遇すれば終わりだ。

 そして見知らぬ場所で、あの大爪おおづめ三本角さんぼんづののような強靭な魔獣がぼくを狙ってきたとしても終わりだ。


「はぁ~……でも決断するなら早いうちかな。でも……どう動くにせよを見届けてからじゃないと……」


 ぼく大きな溜息と共に肩を落とすも、拠点のほら穴とは別の方向に足を向けた。

 あれから二か月近く経つが、三日に一度はあの繭の様子を見に行くことを習慣化していた。

 様子を見る。と言っても遠目から覗くだけだけど……




 現在地から近い大爪おおづめの繭へ足を運んだ。

 

「もし成体とかになって凶悪……というか襲われたら一発だよなぁ……羽とか生えてたらかっこいいけど」


『……』


 もしかすれば興味本位で覗きに行くこと事態、自分の命の天秤を傾ける行為なのかもしれない。

 それでも、恩に報いることができなかった以上、あの繭の結末を見届けたい。それがぼくの正直な気持ちだった。


「ん~……どうかな~……? なんか色が変わっているような……」


 遠目、かつ薄目がちに繭を見た時、土色だったはずの繭が赤茶色のように色味を帯びているように見えた。


「――ッ!? 違うッッ!! ……のヤロウ――ッ!!」


 薄目を見開いたぼくは、一気に最高速に加速すると共に繭に向かって跳躍を繰り出した。

 赤茶色に見えたのは、繭の色じゃなかったんだ。

 繭に群がる蟲型の魔獣だったんだ。


 判断に遅れた要因として、遠目から見ると背中が平たい甲羅のような外皮に覆われていることが大きく。その姿は鋏角類の一種に見える。

 何度か戦ったこともあるけど、強くはないがとてもしつこい。という印象だ。蟲型は基本的に獣型よりもその傾向が強い気がする。


 四対の脚だけど……クモ。と言うよりも『マダニ』のような形だ。

 その証拠に張り付いて繭を啜っているやつらの腹が膨れ上がっている。

 もともとの体躯はぼくの顔くらいだけど、今は腹だけでぼくがふたりくらいは入れるほどに大きい。


「――にしてんだァァァァ――ッ!!」


 ぼくは叫び声と同時に剣を抜き放ち、その膨れ上がった腹を切り裂く。

 繭に群がっていた魔獣は十体。

 好き勝手に穴をあけ、貪り、顔を突き入れているため、今にも繭は破れる寸前だ。


「振り向く暇なんて与えねえよ――ッ!!」


 このマダニのような魔獣は、襲い来る分にはしつこくてやっかいだ。

 でも、吸い付いた場合、その相手だけに執着し他を疎かにすることが多いのも特徴だった。

 吸いつかれた場合は死を覚悟する必要があるほどに、凶悪な吸血ではあるけど……


「お前で最後だ――ッ!!」


 魔獣は最後まで繭に執着していたようで、全て背から僕に切り裂かれる結果となった。

 でも。


「あいつらがあけた穴をふさがないと……!!」


 そう、繭を鋏角で切り裂いて穴があいているんだ。

 しかもそこから粘り気の強い液体が漏れ出している。


「服! ローブとかで穴を……」


 着ているフード付きローブを脱いでいる時、ビリリ――と何かが破れた音をぼくの耳が拾った。

 そして一度だけでなく、二度、三度――と、幾度も続いた後、目の前で繭が破れ、中からドロリ――と液体が流れ出て来た。


「まに……あわなかった……」


 ぼくは粘り気の強い液体に膝を落とす。

 でも、そこに……


 ベチョリ――と転がってくる小さな生き物。


「こ……いぬ? おおかみ……?」


 それはぼくの両手いっぱいほどの小ささだ。

 小さいながらも犬や狼よりも特徴的な牙と爪をすでに生やしている。

 そして……見慣れた焦げ茶の毛並み。



 だからこそ――



 ぼくが分からないわけがなかったんだ。



「おまえ……大爪おおづめ……だよね?」

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