第16話 引き分けと繭
『グルルゥ……』
……――
……――――
……――――――
すると、
『ヴォゥ……』
その後ろ姿に
側にいるぼくでも聞き逃すほどの囁きにも関わらず、
その足取りは普段のしなやかさなんて一切持ち合わせない、とてもぎこちない歩みだ。
でも、その姿は出会った当初よりも美しく、身震いさえ感じるほどに大きく映っていた。
それはぼくが歩いても追い抜いてしまうほどの速度だ。
滴り落ちる血の跡を消しながら、後についていく。
そして、付いていった先でその意味がやっとぼくにも理解できた。
最後を自身のねぐらで迎えるために戻ってきたということを。
動物も死期を悟ると姿をくらますことがある。
この誇り高き魔獣は戦いに敗れたなら、そこで死を選ぶことに迷いはないだろう。
だから……あの時の鳴き声は決着が付いていない――引き分けとでも伝えたんだろう。
お互いに最後だということを理解していたことくらい鈍いぼくでも分かっていた。
そして、
……――――――
……――――
……――
……
すると今まで感じていた圧がふっ……と風に撫でられた蝋燭の灯のように揺らめきながら消え行った。
もう本当は、事切れていたのかもしれない。
命を懸けて向き合った相手だからこそ、その気持ちに答えたんだと、そう、強く思えた。
「戦いに明け暮れてたんだ。でも……もう……ゆっくり眠れるな。それと……ありがとう」
『……』
ぼくは結局、恩も何も返すことができなかった。
だから、せめて気持ちだけを伝えた。
その時。
砂の山が風に吹かれたように体が崩れていく。
「自然の魔力の流れに還るんだね」
『……』
赤く煌めきながら揺れる光が広がっていく。
広がっていくにつれて細い糸のように分かれ、また中心に糸が集まりさらに包み込んでいく。
「違……う? 魔力の糸? が……集まって何か……」
『……』
目を離すという思考すら生まれない、神々しくも温もりを覚える光景にぼくは呆然と佇むことしかできなかった。
数分だったのか、それとも数時間経ったのか――
幼虫が作り出すようなモノの数千倍はあるけど、これはたしかに繭だ。
おとなでも、二……丸まれば三名はいけるだろうか。そんな大きさだ。
「治癒……じゃないよね。体は崩れたし……」
『……』
幼虫は蛹が繭を作って成体になる。
でも……
「でも……なんであれそっとしておくのが一番……かな……――うん……行こうか」
『……』
繭作りを見届けたぼくはその場を後にした。
名残惜しさがないと言えば嘘になる。でも、じっと見ていたらせっかくの安息の邪魔になってしまう。
そして。
まだ拠点に戻るわけじゃない。
ぼくは周囲を警戒しつつも、その足に力を込めその身を疾風と化した。
「やっぱり……崖下の魔獣はそういうものなのかな……」
ぼくは
あっちが朱に近い色だったことに対して、こっちの繭は土の色だ。
崖近くの巨大な岩の根本に開けられた穴の中に作られている。
色が違うことしかぼくには違いが分からない。
それでもぼくはこの繭に対して何かする気はない。この神聖ささえも醸し出す繭にぼくが手出しするのは気が引けるからだ。
「ありがとう……おかげでぼくは今……生き延びることができてる」
繭に手を当てながら別れの言葉を告げるとぼくは振り返った。
「よし……それじゃ~戻ろうか! ご飯食べるのも忘れてずっと見入っていたしね。血の跡も踏み消してきたし……もう……ゆっくり休ませてあげよう」
『……』
ぼくはこの三日間の出来事。そして今起こった出来事を忘れることはないだろう。
今日ここで二匹の偉大な魔獣の最後に立ち会う事ができたのだから。
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