二年目
第14話 一年後 大爪と三本角 その1
ぼくがこの崖下に落ちて来てそろそろ一年が経つ。
きっと村ではぼくがここまで生き延びてるなんて思ってもいないだろう。いや、生き延びる以前にいなくなったことを認識しているかも怪しい。
心配してくれるようなひとは崖上でみんな死んだ。
でも、村ではこういった魔獣による被害は珍しいことじゃなかった。
そんなぼくは未だに穴ぐらを拠点に活動しているものの、頻繁にナワバリ外へ出向いては死にかけていた。今も命からがら穴ぐらへ戻り、唸り声にも似た後悔の声に喉を振らせていた。
「ぐぅ……傷が痛くて動けない~……ほどではないけど、痛い……」
『……』
ガルムの死闘後もぼくは戦い続けていた。
泥に塗れていたフード付きのローブに
蜘蛛の糸は想像以上に頑丈だったので使う分だけ丸めて持っているが、首やお腹、腕と足にぐるぐる巻きにすることによって、体を守ることにも利用している。
――と、自分を少しずつ強化していった。
でも、あれから今までに十二回ほど死にかけた。
うち三回はガルムの時よりまずかったかもしれないほどだ。
思い出すだけでも身体の芯が凍ったように身震いを起こす。これをトラウマと言うのかもしれない。
「お前が物に
『……』
背中に消化液のような液体を受けて、背中が焼けただれている真っ最中だ。
触った感触なので、見たわけじゃないけど。
ぼくは嚙みほぐした草を地面に置くと、ごろりとその上に寝転がる。
自分の手が届かないのでこうするしか方法がない。
「これでなんとか治癒するまでおとなしくしておこう……」
『……』
この草もあの時、
結局あの草の組み合わせは分からないままで、なんとか見つけたモノで代用している。
治癒効果はあまり高いとは言えないが、治療の魔術を使えないぼくにとっては十分だった。
ナワバリの外への進出。
これが想像以上に難しい。ガルムの時のように一対一なんて状況のほうが珍しいということを身をもって学ぶ良い機会でもあった。
ヒリヒリと痛む背中の傷に考える力を絶妙に奪われつつも、ぼくは次回の進出に向けて道のりを探っていた時だった。
隕石が間近に落ちたかと思うような衝撃と、耳をつんざく雷鳴のような雄叫びが響き渡った。
「――なっ!? え……?」
傷の痛みさえも消し飛ばす咆哮に、ぼくは飛び上がって武器を携える。
でも……ぼくが武器を用意する必要はないということを薄々感じとってもいた。
獣であると証明するような猛り狂う姿をぼくは忘れたことがない。
この声の持ち主である二匹の姿こそが、ぼくの目指す強さでもあるのだから。
「……行こう」
『……』
安易に近づくことは許されない。
あの二匹にとっては撫でるような一撃だとしても、ぼくにとっては体の原型を留めることすら許されない死神の抱擁そのものだ。
穴ぐらを出るとすぐさま跳躍し、崖を駆け上がっていく。
そして見つけた。
目を凝らす必要なんてなかった。
むしろ、ぼく自身にこの光景を現実と認識させるほうが難しいくらいだ。
草木が生い茂り、密林と言っても過言ではなかった場所がすでに大地を剥き出しにしている。
燃え燻る大樹が自身を弔うかのように至るところで白煙を上げていた。
でも、更地というわけでもない。
槍。杭。角。
どう表せばいいのか分からないほどの、巨大な岩の突起がそこら中から生えているためだ。
大地を操る
炎を操る
どちらにも恩がある。
でも……この戦いの横槍なんてぼくが入れられるわけがない。
ぼくにできることは。
誇り高き二匹の姿を目に焼き付けることだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます