第11話 決着と代償

 血が止まらない。

 朦朧とした意識の中でぼくにできることはナワバリへ戻ることだけだった。

 全体重を枝に預け、血の跡を大地に染み込ませながら歩く。


「ヒノ……ごめんな……せっかく……契約したのにもうダメかも……」


『……』


「でも……ぼくを選んでくれて……ありがとう」


 最後まで変わらず――だ。

 でも、伝えたいことを伝えられた。その気持ちがぼくの胸を少しだけ温かくしてくれた。



 もう、どこまで戻ったのか分からない。

 それに、ちょっとこれ以上はそうだ。


 出血はもちろんだけど……背後に魔獣まじゅーの気配……草木のザワツキを感じる。

 それも一匹や二匹じゃない。

 きっと血の匂いに釣られてきたんだろう。


とーちゃん。かーちゃん。お墓……作ってあげられなさそうでごめん……」


 後ろを振り返ることに意味はないと分かっていた。

 振り向いたところに魔獣まじゅーが大口を開けていたとして、今のぼくは走ることもできない。


 だからできることをやる。

 一歩……もう一歩。

 少しでもナワバリの奥深くへ。ナワバリに戻ってこれているかも分からないけど。


 一秒でも長く生き抜いてやる。

 背後で、絶叫にも似た魔獣まじゅーの声。崖が崩れたのかと思うほどの、けたたましい爆音が響いている。

 もしかしたら、集まった魔獣まじゅー同士で仲違いしてくれたのかもしれない。


 なぜなら。

 さっきまで背中に感じていた圧が、いつの間にか消えていたからだ。


「――あっ……」


 安堵したことが逆効果になった。

 全身の力が抜けていくことを自覚した途端、ぼくは硬い地面にその身を投げることとなった。


「こんな堅い地面を掴むより、綺麗なお姉さんの柔らかい手を握りたかった……」


 最後にかっこいいことを言っても、誰かが伝えてくれるわけじゃない。

 それならどこまでも自分のワガママを貫き通してやる。


「強くなって……崖の上に帰って……可愛い女の子たちに頼られたかった……」


 もう自分で何を言っているのか分からない。

 最後の力で寝返りをうち、仰向けに転がると、掠れていく視界の端に大爪おおづめの姿が見えた。


「なにより……お前みたいに……強く……たくましく……そして……――誇り高く生きたかった……」


 聞こえるわけもないぼくの呟き――のはずが、だんだんと大爪おおづめの姿が大きくなっていく。


「死んだら食べてくれ……知りもしない魔獣や蟲に貪られるよりお前の一部になるほうがいい……そしたら……ぼくも少しは役立ったことになるかもしれない」


 大爪おおづめが、音もなく近付くにつれて何か咀嚼しているように口を動かしていることに気が付いた。

 口から飛び出しているのは、牙と……草? 色々な種類の草を混ぜて噛んでいるように見えた。


「草食……なんてわけないか……」


 目前まで迫った大爪おおづめがぼくを見下ろしている。

 ぼくの隣にそっと忍ぶように置かれた足は、爪先だけでぼくの体より大きい。


 もう考えることもできず、ただ漠然と見上げるだけしかできない。

 すると、ベッ――と噛んでいた草の塊をぼくに向かって吐き出した。


「うぐっ――」


 ベトベトの草がぼくの体に乗ると大爪おおづめが鼻先で、草を撫でるように伸ばしている。

 辛うじて息ができる程度にくさくて粘つく草に包み込まれたぼくの意識は、そこで途切れることとなった。

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