第8話 死闘とガルム その1

「……――〈始まりの火を灯せ〉」


 降霊こーれーするための文言。魔術とは似て非なるものらしく、ぼくでも唱えることができる。

 契約した精霊せーれーは、降霊こーれーを行うことによって、力を借りることができるんだ。


 ヒノの魔力が流れ込んでくることを体の内側で感じとる。

 周囲がより一層はっきりと見える。

 そして……肩に鎮座したままのヒノの間抜け顔もよく見える。


 ヒノは精霊せーれーなので物に触ることができない。

 岩はすり抜けるし、木も通り抜ける。


 唯一触れることができるのが、ぼくの体だ。

 出会った当時みたいに浮くこともできるだろうけど、契約してからはずっとぼくの肩にしがみついている状態だ。

 たまに気が付くと背中に張り付いてるけど。


「こういう気持ちで……お前の力を借りるのは始めてかもしれないな」


『……』


 今までは実や魚を採ったり、岩を砕くために力を借りていた。

 でも今回は違う。


 戦い、生を勝ち取るために力を借りる。


 逃げる先があるならよかったけど、ここで逃げ込む場所なんてない。

 ナワバリだっていつまでもつか分からない。

 だから……

 ぼくは。ぼく自身の未来のためにガルムあいつを倒すと決めたんだ。


「戦いになったらお前のすごい力が溢れ出てくるとかしてもいいんだぞ?」


『……』


 いや、むしろそれがあるならもっと早くに出してほしいくらいだ。

 だから……そんな都合のいい願いは頭から追い出そう。


 ぼくは何度も踏み固めてすっかり獣道と化した道を進む。

 自然は常に形を変える。

 草が同じように揺れていても、一度としてまったく同じ揺れなんてない。

 そしてぼくがそんな機微を察せるわけもない。


 でも。

 何度も同じ道を通り、似たような場所で襲われるなら……それくらいなら察することができる。

 

 だから――


「ウワアァァァ――ッ!!」


 獣道の脇に向かって思いっきり剣を振る。

 なぜならガルムやつが、背の高い草の影から一気に飛び掛かってきたからだ。

 ぼくの短剣と爪がぶつかり合うと甲高い音をたてながら、キラキラ光る銀の粒を撒き散らした。

 ガルムは奇襲に失敗したことを悟ったのか、着地すると大きく後方に飛び退いた。

 必要以上に怯んでる気がするけど、今はそんなことを気にしている場合じゃない。


『グゥ……グルォォォォ……』


 威嚇代わりの唸り声。

 獣特有の前傾姿勢だ。飛び掛かるぞ――とぼくに言葉の代わりに伝える役目だろう。

 今までのぼくならこの時点で剣を投げている。

 逃げるために。


 でも、今日は……今は違う。

 ぼくはお前を乗り越えるためにきたんだ。


「今までのぼくと思うなよ……ッ!!」


 声を振り絞ることで精一杯だ。

 逃げ出したい衝動を必死に抑える。剣を持つ手だって震えっぱなしだ。


「ぼくは……お前を……――お前を倒すためにきたんだッッ!」


 口に出す。

 そんなことがここまで重要だと思っていなかった。

 決意を乗せた言葉が喉を震わせた時、ぼくは初めてガルムと向き合ったと感じた。


 体を向かい合わせただけじゃない。

 向き合ったのは心だ。


 エサとして捕食する気構えとそれに抗うぼく。

 やつも生きるために命を懸けている。

 ぼくとなんら変わりはない。


 だから下手な理由付けも、もういらない。

 怖い……でも……このままおとなしく食われてやるものか、と。


 体の震えはいつの間にか鳴りを潜めていたと今気が付いた。


 だから、叫ぶんだ。

 自分を奮い立たせるために――


「かかってこい――なんて言わない。いくぞ……!」

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