それから
#24-EX おつかれさまでした(蒼灯すず)
「撤収作業進んでますかー? お手伝いが必要な方は相談してくださいねー。 ……え、残りたい? ダメです、日暮れまでに撤収してください」
晴れ渡る空の下、蒼灯すずは撤収作業の指揮を執る。
降り続けた雨のせいか、キャンプ場の土はぬかるんでいる。そんな中、探索者たちは各々のテントを片付けていた。
呪禍は討たれ、雨は晴れた。それでもこのキャンプは引き上げることになった。
長期の迷宮泊による探索者たちの疲労。防衛戦参加者たちの負傷。迷宮内の魔力均衡の破綻。
そういった諸々が重なって、どのみちキャンプの続行はできないとの判断だ。
「へー……。お前らのテントってあんな小さくなるんだ。すげえじゃん、めちゃくちゃ軽そうじゃん」
「化学繊維ですからね。雨や汚れにも強いですよ」
「いいなー。なあすず、あれ、一個くれねえか? 私も家がほしい」
「お望みとあらば、進呈いたしますけども」
隣にいるのは、箒に腰掛け、ふよふよと宙に浮く少女。
すっかり見慣れた顔だったが、蒼灯には彼女に聞かなければならないことがあった。
「ルリリス」
「おう、なんだ?」
「なんで生きてるんです?」
「ご挨拶じゃねーか」
死闘の中で命を散らしたはずの魔女は、ふくれっ面でそこにいた。
呪禍との決着がついた後。気を失った白石楓を箒に乗せて、ルリリスは当然のような顔で地上に戻ってきたのだ。
その時も死ぬほど驚いたが、瀕死の白石を前に驚いているどころではなかったため、ルリリスへの質問は後回しになっていた。
「限定蘇生魔法だよ。念の為、仕込んでたんだ」
「……そういえば、あなたにはそれがありましたね」
:あー……
:そういやあったなそんなの
:命安いなこの子
:まあ生きててよかったけどさぁ
:死亡から復活までが早すぎる
:そこはエンタメ的に、もうちょっと引っ張ってほしかった
:ルリリスの生き死にをエンタメにするな
:新手のルリ虐か?
「まったく……。なんだか損した気分です」
「なんだよ、生きてちゃ悪いかよ」
「別に。悪いなんて言ってませんけど」
「なんかお前、目元赤くね? どうした?」
「知りません」
蒼灯は深くため息をつく。
なんだか色々と台無しだ。こっちの気持ちも知らないで、けろっとした顔でぷかぷか浮いて。人がどれだけ心配したと思ってるんだ。
……それでも。生きててくれて、よかったけれど。
「つか、なんで私が死んだこと知ってんだ?」
「配信見てましたからね」
「はいしん? なんだそりゃ?」
「もちょもちょふしぎぱわーです」
「ふうん?」
:なるほどね
:配信とはもちょもちょふしぎぱわーだったのか……
:説明面倒くさがりすぎて草
:あおひーも疲れてるからね、しょうがないね
本当に、蒼灯にとっては長い一日だった。
世界樹を登って、ちゅんちゅんの亡骸を見つけて。急いで地上に戻って、撤退指揮を執ろうとしたら黒い雨が降り始めて、暴走した魔物の群れにキャンプ場が襲撃されて。一件落着した後も、撤収のために忙しく動き回っている。
本当はゆっくりお風呂に浸かって、そのままベッドに倒れ込んでしまいたい。だけど、ここはもうひとふんばりだ。
「じゃあさ、もしかしてすずって、楓がどうやって呪禍を倒したのかも知ってんのか?」
「そりゃまあ、知ってますけど」
「へー。教えてくれよ。あいつ、あの状況からどうやって逆転したんだ?」
そういえば、限定蘇生魔法には時間差があると聞いた。そのせいか、ルリリスはあの戦いの決着を知らないらしい。
「魔法ですよ。あなたの魔力核を食べて、それで倒しました」
「はあ!? 魔力核を食べたぁ!?」
ルリリスは大きな声を出す。
「お前バカ、ふざけんなよ! 吐け! 今すぐ吐き出せ!」
「そんなこと、私に言われましても」
「返せよー! 私のだぞー!」
「本人に言ってくださいって」
疲れていたので、蒼灯は適当にあしらった。
気持ちはわかるけど、今は本当に勘弁してほしい。こっちにはルリリスの相手をする元気もないのだ。
「ああくそ……! 魔力核なしに、どうやって六層まで帰ればいいんだよ……!」
「白石さんに連れて行ってもらったらいいんじゃないですか?」
「は? 私が? あいつに?」
「ええ。あの人なら、不可能じゃないと思いますけど」
忘れられた魔女・リリスに引き続き、超六層級の魔物と化した完全体呪禍の討伐。間違いなく、探索史に刻まれる大戦果だ。
それを成し遂げた白石楓なら、もしかしたらなれるのかもしれない。
史上初の六層探索者。迷宮六層に足を踏み入れ、生還した初めての人間に。
そんな期待を抱いているのは、きっと蒼灯すずだけではなかった。
「……アリ、だな」
深く考えて、ルリリスはつぶやく。
「あいつと一緒に迷宮探索、か……。悪くねえな。アリだ。全然アリだ」
「あ、それ楽しそうですね。私も一緒に行こうかな」
「あ? お前みたいな雑魚、ついてこれるわけねーだろ」
「は? あなただって、今は四層程度の力しかないじゃないですか」
「んだとお?」
「なにおう?」
:まーた喧嘩してら
:この二人仲いいなぁ
:喧嘩してくれる友だちができてよかったね、あおひー
:大手になってから、喧嘩してくれる人もあんまりいなくなっちゃったからなぁ
:あおひーが楽しそうで嬉しいよ俺
「……はん」
「……ふん」
:あ、休戦した
:今日はこの辺にしといてやるらしい
:さすがにお疲れか
:仲直りのちゅーしろちゅー
:俺でよければするけど、どう?
:どう? ではないが
:よくないからダメ
この子とは、思ったより長い付き合いになるのかもしれない。疲れた頭で、蒼灯はそんなことを考えていた。
「にしても楓のやつ、私の魔力核を食ったのか……。普通、んなことしたって、拒絶反応で使えねえはずなんだけどなぁ」
「相性がよかったんじゃないですか? 知りませんけど」
「へー……。相性、ね」
「なんでちょっと嬉しそうな顔してんですか」
「うるせえよ」
軽く小突くと、ルリリスはにやけながら空に逃げていく。箒に腰掛けて、機嫌よさそうにふらふらと飛んでいた。
「で、その楓は今どこにいんだよ」
「白石さんなら、一足先に地上の病院に搬送されましたけど」
「……死なねえよな?」
「死ぬもんですか」
呪禍を討った白石はその場で気を失った。
激しい戦いで刻まれたダメージに、マナアンプルの連続使用による魔力中毒。それに加えて、魔力核を取り込んだ未知の弊害。
彼女がこれからどうなるのかなんて誰にもわからない。
それでも蒼灯は、白石楓を信じていた。
「約束しましたからね。絶対、生きて帰って来るんだって」
交わした約束は、今もまだ生きているから。
だから今は信じよう。彼女が無事に帰ってくることを。
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