九重移動工房にようこそ!
:向こうは後輩、こっちは部下ですか
:互いに年を取ったもんだ
:二人でキャンプを立ち上げたあの頃が懐かしい
:あれ、キャンプを始めてまだ八日しか経ってないはずでは……?
:一日一日が濃すぎるんだよなぁ
コメントを流し見しつつ、私は別のことを考えていた。
考えているのは例の少女。私をストーキングしている、あの黒尽くめの女の子のことだ。
今も隠れてこちらを見ているけれど、正直言ってツメが甘い。一度意識してしまえば見つけるのは結構簡単だった。
私からすればバレバレなんだけど、だからって全く効果がないってわけでもないらしい。
:お嬢、どうかした?
:なんか考え事してんね
:世代交代を前に感慨にふけっているのかもしれない
:これまで色々あったもんな……
:蒼灯さんに星空見せてもらったのって何年前だっけ?
:一週間前です
コメント欄もこの調子だ。カメラの画角のせいか、リスナーたちも彼女の存在には気がついていなかった。
……まあいいや。別に実害があるってわけでもないし、ほっとこう。
それよりお腹すいた、おべんと食べよ。
「あ、白石さん。お疲れっす」
お弁当を手に自分のテントまで戻っていると、声をかけられた。
私を呼び止めたのは鍛冶師の九重さん。この人は配信者ではなく、一般の方だ。
彼の後ろにあるのは、九重さんが持ち込んだ大型のトレーラー。ウィングボディのトレーラーは片翼が跳ね上がっていた。
「九重さん。さっきは、ありがとう」
「ああいえ、あれくらいすぐなんで」
さっきの、と言うのは木刀のことだ。
うちの部下たちがぶんぶん振り回している木刀は、九重さんに作ってもらったものだ。お願いしたら二つ返事で了承してくれて、ありあわせの資材でこしらえてくれた。
「ぱぱっと作ったもんでしたけど、あんだけ使い込んでもらえると嬉しいっすね」
「うん。みんな、喜んでた」
「具合悪いとこあったら教えてください。いつでも調整するんで」
夕暮れになっても、うちの部下たちは訓練を続けている。その手に握られている木刀を、九重さんは目を細めて見ていた。
「白石さんも剣見せてもらえます? 研ぐっすよ」
「え」
ありがたい申し出だけど、少し迷った。
キャンプ中も剣の手入れはこまめにしてきたけれど、自分でできる手入れにも限度がある。そろそろ一度、本職の人に見てもらったほうがいいとは思っていた。
だけど、剣を研ぐ間は少しだけ待つわけで。その間、軽く雑談をすることになるのが、自然な流れになるわけで……。
「……お願い、します」
「いやあの、無理にとは言わないっすけど」
「お願い、します……!」
「りょ、了解っす」
……もしも、武器の手入れを怠ったせいで、誰かを助けられなかったら目も当てられないから。
そんな理屈で自分を納得させて、私は九重さんに愛剣を差し出した。
:お嬢、覚悟決めろ
:がんばれお嬢……! がんばれ、がんばれ……!
:あの、ただ剣を研ぐだけですよね?
:お嬢にとっては美容院に匹敵する超高難易度クエストだから……
:髪切ってもらうだけのことをクエストにするな
「上がってください」
そう言って、彼は自身のトレーラーに乗り込んでいった。
木刀を作る時にも見せてもらったけれど、彼のトレーラーは中々気合が入っている。
ウィングボディのトレーラーの中には、工具箱や溶接機やレーザー加工機といった工作機械がごろごろと転がっている。トレーラーハウスというよりも、移動工房と呼ぶべきか。お洒落さからかけ離れた無骨な佇まいは、見ていてわくわくするものだ。
あちこち触ったり調べたりしたい衝動を懸命にこらえつつ、申し訳程度に隅っこに置かれたパイプ椅子に座る。
九重さんは刀身を簡単に確認して、作業台に置かれた電動砥石に火を入れる。回転する砥石に刃を当てると、甲高い音が響き渡った。
「探索者さんの武器とかよく見るんすけど、得物の具合見ればなんとなく実力わかるんすよ」
「えと、そうなの?」
「はい、やっぱ強い人ほど変な痛み方してないんで。それで言うと白石さん、めちゃ手練っす。手入れもマメにされてますし、こんだけ大事に使われてる剣はそうそう見ないっすね」
「大事な剣、だから」
:すごい! 会話が成立してるぞ!
:お嬢のコミュ力が……覚醒した……!?
:ついに至ったか、コミュニケーションの“極み”に……ッ!
:これが……可能性の、力……
:俺は信じてたよ、お嬢ならどんな不可能も可能にしてみせるって
……なんか、コメント見てたらむしろ冷静になってきた。
私のことなんだと思ってるんだこいつら。私だって、調子がよければこれくらいできるわ。
「もしかして、剣に名前とかつけてたり」
「うん。オジョウカリバー四十二世」
「へえ、オジョ……。え、なんて?」
:草
:そういやそんな名前だったな
:何度聞いても語呂が悪い
:最初にオジョウカリバーとか言い出したやつの罪は重い
:そろそろ別の名前つけてもええんやで?
やだ。私、この名前、気に入ってる。
「白石さん。海斗ってやつ、覚えてますか?」
研ぎ終わるのを待っていると、九重さんはそんな話を振った。
人の名前を覚えるのはあんまり得意じゃない。簡単に記憶をさらってみるけれど、思い当たる節はなかった。
「えと……。ごめん、わかんない」
「まあ、結構前のことですからね。覚えてなくても当然っすよ」
「ごめん……」
「ああいや、謝らないでください。大したことじゃないんで」
九重さんはそう言うけれど、ただの雑談じゃないような、そんな雰囲気があった。
「前に、助けた人?」
「はい。数ヶ月前、女王蜘蛛に負けてぐるぐる巻きにされてたやつなんすけど」
「……あ」
そう言われて思い出した。
迷宮二層にある悪疫の巣穴エリアの最奥部から、ボス蜘蛛に負けた探索者を救出したやつだ。たしか、助け出した二人のうちの一人が、そんな名前だったような。
あの時のことはよく覚えている。だってあれは、私の初仕事だったから。
「あれ、うちの弟なんすよね」
剣を研ぎながら九重さんは続ける。
「家にいるとうるさくてしょうがないんすけど、あんなんでも家族ですから。無事に帰ってきた時は、マジで嬉しかったっていうか。だから、白石さん」
九重さんは一度剣を研ぐのをやめる。作業台に剣を置いて、深々と頭を下げた。
「うちの弟を助けてくれて、ありがとうございました」
:わあああああああああああああああ
:あの時助けた人のご家族かぁ……
:そういやあったなぁ、そんなことも
:助けられてよかったよマジで
:家族失うのは辛えもんな……
……そうだね。
私も、そう思う。
「どういたしまして」
受け取った感謝を心に留める。
また一つ、宝物が増えた。忘れてはいけない大事なものが。
私が守りたかったものは、きっとこういうことだから。
「俺、実はこれ言うためにここに来たんすよね。もちろん、鍛冶師としての仕事もきちんとやるつもりっすけど」
九重さんはもう一度剣を研ぎ始める。
そろそろ仕上げの工程らしい。今度は電動ではなく、普通の砥石を使って手動で研いでいた。
「九重さん。弟さんは、元気?」
「はい、海斗もここに来てますよ。あいつも白石さんと話したいって言ってました」
「そっか……。えと、じゃあ。九重さんのこと、なんて呼んだらいい?」
「あー、確かに。そっすよね」
九重さんと九重さんじゃわけがわからなくなってしまう。弟さんの方だけ海斗さんと呼ぶわけにもいかないし、きちんとお名前を聞いておきたかった。
「あらためて、鍛冶師の九重陸です。手先の器用さには自信あるんで、よろしくお願いします」
「じゃあ、陸さん」
「……すんません。それ以外でお願いします」
「なんで?」
「下手すると白石さんのリスナーに殺されかねないんで……」
「……?」
:草
:別に気にせんでええぞ
:そんな下の名前で呼んだくらいでなんも言わんて
:それなら俺はりっくんって呼ぶね
:は? 俺のりっくんに色目つかってんじゃねえぞ
:ちょっと!!!! りっくんのこと馴れ馴れしく呼ばないでくれる!?!?!?
:りっくんガチ恋勢もいます
:一般の方で遊ぶのやめなー?
「うちのリスナー、りっくんって呼んでるよ」
「え、なんで?」
「私も、そう呼んだらいい?」
「勘弁してください……」
だめらしい。そっかぁ。
そうこうしているうちに剣が研ぎ終わる。九重さん(結局そうなった)から受け取った私の剣は、新品のようにぴかぴかになっていた。
「他にも何かあったら言ってください。なんでも作りますよ、白石さんには大きな借りがあるんで」
「気にしなくて、いいよ?」
「気にしたいんすよ、俺が」
……そっか。
貸して、借りて、返して。もしかすると、それもコミュニケーションってやつなのかもしれない。
他に何か頼めそうなものはあったかな。そう考えた時、ふと思い出したものがあった。
「じゃあ、えと。見てほしいものがあって」
ウェストポーチをごそごそ漁る。
取り出したのは、透き通るような純黒の魔石だ。
「これは……」
「リリスの魔石」
:あー、リリスのやつか
:懐かしいな
:六層魔物の魔石完品……めっちゃ高いぞこれ……
:ガチお宝じゃん
これは、忘れられた魔女・リリスを討伐した時に手に入れた超高純度の魔石だ。
魔石は迷宮探索装備の素材になる。これだけの純度の魔石であれば、きっとすごいものが作れるだろうと、売らずに取ってあった。
「加工、できる?」
「いや……。これほどの魔石となると、簡単には手出しできないっすね」
「それは、技術的な意味で?」
「技術的には、ギリ、行けます。ただ、どう使うかっすよね。剣とか盾とかに使ってもいいんすけど、この魔石ならもっとすごいものが……」
「あー!!」
九重兄さんと話していると、トレーラーの外から大きな声がした。
開かれたウィングボディの向こうでは、例の黒尽くめの少女がこちらを指さして口をぱくぱくとさせていた。
「そ、それ! それ、私の……! お、おい! お前!」
「……えと、何?」
「お前……! おい、お前、えっと……」
聞き返すと、少女はなにやらもにょもにょと口ごもる。
何か言いたいことがあるのだろうか。じっと見ていると、段々と彼女の目が涙目になっていった。
「お、覚えとけよー!」
最後には、捨て台詞を吐いて逃げていった。
「……?」
「白石さん、あの人は?」
「わかんない」
「……そっすか」
いや、本当にわからないのだ。
今日一日、ずっとあの子に付け回されてるんだけど、一体なんなんだろう。
さすがにそろそろ、話を聞いたほうがいいのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます