風よ吹け、嵐よ雲を薙ぎ払え

 #4 おしごと


:間に合ったあああああああああああああ!!!

:蒼灯さん生きとるやんけ!!!!!

:セーフ!!! セーフです!!!!!

:蒼灯さんよく頑張ったよ本当に

:やばい、泣きそうになってきた

:後はお嬢に任せとけよな


 コメント欄は大盛りあがりだった。

 まだ最低条件をクリアしただけなのにこの盛り上がり。楽しそうな奴らだ。

 当事者でもない彼らが何をそんなに一喜一憂しているのか、相変わらず私にはよくわからないけれど、見ていて気分は悪くない。

 楽しそうな人を見ているのは、楽しい。

 もしかするとそれは、配信の本質ってやつなのかもしれなかった。


:お嬢?

:ちょっと笑ってる?

:お嬢も喜んでます

:間に合ってよかったね、お嬢


 ……うん。本当によかった。

 さて、ここから先は私次第だ。

 みんなの想いを全部繋いでここに来た。あとは私がどれだけ踊れるかにかかっている。

 自信は、ある。勝算もある。

 私だって、無策でここに来たわけじゃない。


:あとはもう勝つだけだな

:やったれお嬢!

:でも、実際問題どうやって倒すんだ?

:お嬢なら大丈夫だよ

:お嬢は負けない

:根拠は……?

:根拠がなくても信じるのがリスナーってもんよ


 そんなわけで。まずは手始めに、静脈に注射器をぶっ刺した。

 透き通る青い液体が血管に消えていく。熱を帯びた頭がすうっと冷えて、脳みそがぱきぱきっと覚醒するような感覚に包まれる。

 この注射はマナアンプル。体から失われた魔力を充填するおクスリだ。


「……白石くん。言っておくが、それで二本目だからな」

「わかってます」


 インカム越しに真堂さんが苦言を呈す。言われなくとも、わかってる。

 このクスリにはモルヒネのように強い中毒性がある。決してみだりに使っていいものではない。

 それでも、今だけはこのクスリの力が必要だった。


:まーたマナアンプル使ってる……

:あれめちゃくちゃ体に悪いのに

:大丈夫かよ

:これ勝っても魔力中毒コースじゃない?


 どうでもいい。後先なんて考えていられるか。

 相手は深淵の魔物だ。出し惜しみをして勝てる相手じゃない。たとえ魔力中毒になろうと、今は本気の本気を出さなきゃいけない。

 フル充電された魔力で風研ぎを発動し、剣に風をまとう。

 長々と時間をかけるつもりはない。宣言通り、すぐに終わらせるつもりだ。

 ふよふよと漂うリリスと視線が交差する。純黒の顔は、愉しそうに歪んでいた。

 さて。

 やろうか。


:え

:は?

:消えた?

:はっっっっっっっっっっや


 始まったのは神速の攻防だ。

 風が舞い、炎が散る。剣撃と魔法が乱れ飛ぶ。

 五層探索者と深淵の魔物。人間と怪物の殺し合いは、余人の認知を振り切る領域で形成された。


:おい速すぎるが

:あまりにもレベルが違う

:これがお嬢の本気か……

:強い強いとは思ってたけどここまでとは

:スローで見ないと何やってるかわかんねぇ


 相変わらず私の攻撃は効きが悪い。風研ぎを使ってなお、煙でも斬っているかのような感覚だ。

 それがどうした。一刀で狩れないなら、百でも千でも重ねればいい。

 簡単に死なない相手なら、死ぬまで殺せばいいだけだ。


:お嬢すごいけど相手もやばい

:六層の魔物ってソロで倒せるものなの……?

:パーティでの討伐記録ならあるけど、ソロはないね

:ならこれが世界初か

:やったなお嬢、世界記録は目前だぞ

:ポジティブすぎでしょ

:配信者が負ける可能性は一ミリも考慮しないリスナーの鑑


 避けて、斬って、逸らして斬る。踊るように斬り続ける。

 気づけば、リリスの動きから遊びは消えていた。箒にまたがって超高速で飛び回る純黒の魔女は、四方八方に蒼炎を叩きつける。

 怪物としての本領を発揮するような、圧倒的な火力投射。それらの攻撃を風走りの加速ですり抜けて、風研ぎを載せた刃を首筋に入れる。

 死ぬか、殺すか。目まぐるしく攻防を入れ替えながら、私たちは命と命を削り合った。


:ってか、同接すごくね……?

:なんかすっげえ伸びてるね

:SNSのトレンドに載ってたよ

:マジ?

:六層の魔物相手にタイマンしてるって聞いて来たけど

:レベル高すぎてコメントできない


 風研ぎのシリンダーに魔力を込める。剣にまとわりつく旋風が、更にその勢いを増す。

 編み込まれた魔力が、巨大な風刃を作り出す。激しい風の音をかき鳴らしながら、大きな鞘のように剣を包むそれを、思い切り振り抜いて投げ放った。


:わぁ

:すっご

:飛ぶ斬撃だぁ

:なにあれ、どうやってんの?

:あれは風断ちやね

:風研ぎの応用技

:高密度の魔力で風の刃を形成して射出する、風属性屈指の高火力魔法


 風断ちはリリスの首を正確に撃ち抜いた。

 いくら風魔法の効果が薄いと言ってもまったく効かないわけじゃない。風刃に急所を切り裂かれたリリスは苦しそうによろめいた。

 さすがにこれは効くらしい。なら、もっとだ。


:!?

:おいおいおいおいちょっと待て

:風刃何個作る気だよ


 シリンダーに大量の魔力を供給すると、一つ、また一つと風の刃が作られていく。

 宙を漂ういくつもの風刃、数にして六枚。くるくると風に舞うブレードたちは、高速で回転して渦となり、リリスの体をずたずたに引き裂いた。


:風車だあああああああああああああ

:うわ珍しい、いつぶりだよ

:あの、なんですかそれって

:これも風研ぎの応用技

:たくさんの風刃をぐるぐる回して相手を引き裂く大技だよ

:すげえなこの配信者……

:なんでこんな人が埋もれてたんだ……?


「はっ……、はっ……」


 苛烈な攻めを続けながらも、息が荒くなっていく。

 魔力の消耗が激しい。このペースで攻め続けていたら長くは持たない。

 足りないなら、足せばいい。私はポーチから三本目のマナアンプルを取り出した。


「おいバカ! やめろ、何をする気だ!」


 真堂さんの静止を無視して、青い薬剤を体に打つ。

 失われていた魔力が体に満ちていく。さすがに三本目ともなると効きが悪いが、いくらかの魔力は回復した。


:打ちすぎだってお嬢!

:マナアンプルってあんなに何本も使っていいものなの?

:ダメに決まってんだろ

:劇薬やぞ

:いくらなんでも限界すぎる


 それでも、今はどうしても勝たなきゃいけない。

 いつしかリリスの顔からは完全に余裕が消えていた。黒い顔は怒りに歪み、隆起した魔力が大気を震わせる。

 予感があった。凄まじいのが来る、という予感が。

 リリスは片手を空に掲げる。その手のひらから、無数の桜の花びらが生み出された。

 手のひらに一山なんて数ではない。数百枚、あるいは数千枚の花びらが、はらはらと舞って空間を桜色に染め上げる。


:いやいやいやいや

:それはさすがに無理だって!

:もしかして怒らせた?

:おいバカ何枚出てくるんだ

:あの花びら、全部が火桜って言うんじゃないだろうな!?


 違いない。あれらはすべて火桜だ。

 莫大な魔力が籠められた爆炎の魔法は、焼け付くような熱量を放ちながらひらひらと舞う。魔力酔いしそうなほど高密度な魔力に、濃密な死の香りを感じた。


:あれはなんて魔法?

:わからない

:火桜の応用技なんだろうけど、これだけの規模になると別名がついていい気がする

:リリスとの交戦記録にも、あんな魔法は記録されてなかった

:新種の、魔法……


 なんだっていいさ。名前があろうとなかろうと、やるべきことは変わらない。

 対処できなければ私は死ぬ。大事なのは、それだけだ。


「白石、さん……!」


 部屋の片隅で座り込んでいた蒼灯さんが、懸命に声をあげた。


「もういいです! 逃げてください! せめて、あなただけでも……!」


 この期に及んで、蒼灯すずはそんなことを言う。

 そんなことできるわけがないじゃないか。要救助者を見捨てて、強敵に背を向けて、自分ひとりで逃げ出すなんて。

 救助者としての信念が、探索者としての自負が、何より私の矜持が、その選択を許さない。


「大丈夫だから。座って休んでて」

「だけど……!」

「私のこと、信じてよ」


 蒼灯さんを守るように前に立つ。

 先に信頼を持ち出したのは向こうだ。私は蒼灯さんの無事を信じてここに来た。だったら、彼女だって私を信じてもらわないと。


「それに」


 左手のシリンダーを交換する。

 舞い散る桜の花びらから漂う、絶対的な死の気配。

 美しく、強力な魔法だ。しかしあの魔法には明確な欠点がある。

 速さが足りない。


「待ってたんだ、その技を」


 ここだ。この一瞬が、唯一の勝ち筋だ。

 左手に握る風起こしのシリンダーに、ありったけの魔力を通す。生み出されたのは逆巻く風。円形のフィールドを駆け巡る烈風は、舞い散る桜をかすめ取った。

 風に踊る花びらはふわふわと漂い、その一枚として接地しない。循環する風の中で、いつまでも、いつまでも舞い続ける。桜に閉じ込められた炎に開花の機会は与えられず、風の中でひらりひらりと舞い踊る。

 それはまるで、桜吹雪のように美しく。


:敵の魔法の制御を奪い取った!?

:風魔法ってそんなことできんの!?

:いやいや見たことねえし聞いたこともねえよ

:もしかしてだけど、俺ら今すごいもの見てない?

:綺麗だね

:雅やなぁ

:今日はお花見日和ですね

:和んでる場合ちゃうぞお前ら


 火桜の発動条件はなにかに触れること。逆に言えば、地面や壁に触れさえしなければ、あの花びらは脅威にならない。

 発動までのタイムラグは致命的な弱点だ。ひらひらと舞う花びらが地面に落ちるまでに、対抗策はたやすく挟み込める。

 遅すぎるのだ、あの魔法は。どんなに強力な魔法だったとしても、発動前に制御を奪い取られているようでは意味がない。


「やるよ」


 そして、もう一つポイントがある。

 リリスの弱点は火属性。


「ふっとべ」


 風の流れを操作して、舞い散る花びらをリリスに向けて吹き付けた。

 リリスの体に花びらが触れるたび、蒼炎が激しく吹き上がる。一枚、また一枚と火桜が爆ぜて、黒い体を焼き尽くす。

 蒼い炎が魔女を焼く。火炙りにされた純黒の魔女は、悲痛な絶叫をあげていた。


:いっけえええええええええええええ

:うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!

:ぶっ飛ばせえええええええええええええええええええええええ

:勝つんか!? マジで勝つんか!!!!????

:これは蒼灯さんの分! そしてこれは蒼灯さんの分!

:そしてこれは、蒼灯さんの分だあああああああああああああ


 蒼炎、煌々と輝いて、灼熱は魔女を焼き焦がす。烈火は激しく荒れ狂い、悲鳴すらも焼き尽くす。

 桜花は爛漫と燃え盛り、蒼炎は風と共に凪いでいく。やがて炎が消えた後も、ちらちらと青い粒子が舞い散り、強く熱された空気がゆらぎを生んでいた。

 地面に大きく刻まれた焦げ跡は魔法の苛烈さを物語る。

 その中心では、焼け焦げた純黒の魔女が力なく横たわっていた。

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