(白石さん、戦ってる時はかっこいいのに話してるとかわいいなぁ)
要救助者を搬送しながら、私たちは地上を目指した。
担架は初心者二人に担いでもらって、私と蒼灯さんは護衛に回る。血の匂いに釣られてきた魔物を駆除して、道を切り開くのが私たちの役割だ。
蒼灯さんは、率直に言って筋がいい。
すらりと優美な両手剣がひらめくたびに、魔物が二つに切り分けられる。一つ一つの動きに無駄がなく、流れるように剣が踊る様は、まるで完成された舞踏のようだった。
少女が舞い、命が散る。美しい剣技だ。思わず見惚れてしまうくらいに。
:蒼灯さんいいね
:華のある戦い方するなぁ
:なんでヤドカリに負けたんだ?
:ヤドカリは相性が悪かったんや……
:あいつら刃物に対して異常に強いから、対策ないと普通に死ぬ
うちのリスナーにも蒼灯さんのリスナーがいるらしい。私たちが戦っている間、彼らは彼らで雑談していた。
:蒼灯さんって何の人なの?
:あおひー知らんとかマジ?
:個人勢の実力派ソロ探索者だよ
:なんか聞き覚えあるな
:お嬢の同類じゃん
:めっちゃ社交的でファンサ多め、平均同接一万越えの大手配信者さん
:まったく聞き覚えがない
:お嬢の対極じゃん
…………。
悪かったな、内向的でファンサが少ない中小配信者で。
:ってか、三層探索者で実力派なんだね
:ソロで中層潜れるってだけで一目置かれるんだよ普通は
:探索者ってパーティ組むのが基本だから
:お嬢と比べるのはさすがに可哀想かも
:お嬢は規格外だから……
:配信力も規格外なんだけど
やかましいわ。
私のことはいいんだ。それよりも、気になるのは蒼灯さんのこと。
一目見たらわかるくらいに彼女は動ける。こんな人が一層にいること自体に違和感があった。
疑問に思っていると、蒼灯さんはこちらに振り向いた。
「まだ、怪我から復帰したばかりですから。今日は軽めにしておくつもりだったんです」
物言いたげな視線を察したのか、彼女は自分から話し始めた。
「一層で慣らしてたら、魔力変動に巻き込まれちゃって。撤退中にこの子たちを見つけて、これまで護衛してました」
となると、あの初心者たち三人とは元々面識があったわけじゃないのか。
自然と人助けをする姿勢は立派だと思う。だけど。
「……無理は、よくない」
ついこの前、彼女は大怪我を負ったばかりなのだ。回復魔法を使えばすぐに治ると言っても、救助した身としてはもう少し安静にしていてほしかった。
「ごめんなさい。でも、じっとしているのは苦手なんです。それに、早くリスナーさんたちに、元気な姿を見せたいじゃないですか」
蒼灯さんはにっこりと微笑む。
見上げた配信者根性だ。それは、私にはないものだった。
:そういうことするとリスナーは余計に心配するよ
:向こうの配信見てきたけど、案の定杞憂コメの嵐だった
:そらそうよ
:リスナーは余計な心配したがる生き物なのでね
:冷めてんなぁ、お前ら
一方、うちのリスナーからの評価はこんな感じ。頑張ってるんだから素直に応援してあげたらいいのに、というのは配信者としての言い分だろうか。
とは言え、リスナー心なんてものが微塵もわからない私に、とやかく言う権利はなく。
「あの。お名前、お聞きしてもよろしいですか?」
蒼灯さんはそうたずねる。名前、か。この頃よく聞かれる質問だ。
別に隠すものではないのだけど、名乗ろうとするたびに邪魔が入るせいでなかなか名乗る機会に恵まれずにいた。
聞かれたことだし、ここで名乗ってしまおう。私はしかと頷いた。
「なるほど……。白石さんと仰るのですね」
名乗る前に、先取りされてしまった。
……え? なんで? どういうこと?
:あれ、今お嬢答えた?
:なんで会話が成り立ってるんですかねぇ……
:超能力者なんでしょ(適当)
:人の心を読む魔法とかってあったっけ?
:聞いたことないけど
「なんでわかったのか、というお顔ですね。なんでだと思います?」
超能力なんてないし、人の心を読む魔法だって聞いたことがない。魔法技術は日夜発展が著しいけれど、まだそこまでは至っていないはず。
となると……。探索者協会で聞いた、とか。
「む……。一回で当てられちゃいました。しょんぼりです」
ボケればよかったのかな……。コミュニケーションって難しい。
:この人は一体何と話してるんだ
:こわい(こわい)
:まあ、お嬢の考えてることはわかりやすいから……
:表情あんま変わんないけど、ド素直だから読みやすい
:ちょっと慣れたら簡単にわかるよね
:最近後ろ頭見るだけで、何考えてるかわかるようになってきた
:お前らの方がこえーよ
……私って、そんなにわかりやすいかな?
頬のあたりをつまんでむにむにしてみる。これか。この顔が悪いのか。
:あ、気にしてる
:気にしちゃったか~w
:次は気にしてることがバレてちょっと恥ずかしくなるぞ
:その後はうらめしげにカメラをにらむ
:本当にそうなって草
:わかりやすすぎるんだよなぁ
:お嬢のジト目でご飯三杯いけますわ
「配信終わります。では」
:あー! ごめん! お嬢ごめんもう言わないから!
:まって! まって! 切らないで!
:もう言わないです許してくださいお願いします!
:ぼくは止めようと思ってました! 本当です!
:配信だけは切らないで……どうか……どうかお慈悲を……
すんでのところでドローンに伸ばした手を止める。
別に、映像記録を残すのに配信じゃなきゃいけないという決まりはないのだ。配信のほうが手間が少ないからそうしてるってだけで、後から録画したデータを別途公開しても問題はない。
あんまり舐めたこと言うと配信切るぞ、という脅し。お話が苦手な私にできる、対リスナー用の最終手段だった。
「……………………かわいい」
その時、蒼灯さんが何か言ったような気がした。
振り向くと、彼女はにこにこと微笑んでいる。首をかしげると、彼女は笑って答えた。
「いいえ、なんでもないですよ。お気になさらず」
よくわからないけれど、蒼灯さんは楽しそうだった。
「白石さんって、面白い方なんですね。てっきりクールな人だと思っていたので、びっくりしちゃいました」
お、おう……。
この人は一体私の何を見ていたんだろう。クールかどうかは知らないけれど、たぶん面白い方ではないと思う。
:ほう、なかなかやるな小娘
:初見でお嬢の良さを見抜くとは、見どころがあるじゃないか
:貴様の名前は覚えておいてやろう
:チャンネル登録と高評価もしてやろう
:ちょれーな、お前ら
うちのリスナーは喜んでいた。こいつらもこいつらでよくわからない。なんなんだろう。
「いつか、白石さんとはお話したいと思っていたんです。あの時はロクにお礼も言えませんでしたから。まさかこんなに早く再会できるなんて、人助けもしてみるものですね」
お、お話、か……。
私としては思わず身構えてしまうワードだけど。でもこうして、黙って人の話を聞いているだけでいいなら、まだ気は楽だ。
「白石さん。あらためて言わせてください。その節はお世話になりました。あなたに救われたこの命、大事に使わせていただきます。本当に、ありがとうございました」
:いい子や……
:こんなしっかりした子、そうそうおらんで
:配信者って良くも悪くも変人の集まりだからなぁ
:きちんとお礼を言えてえらい
:長生きしてくれ
こうもしっかりお礼を言われると、さすがの私も何かを言いたくなった。
助けられてよかった、とか。お大事にしてください、とか。きっとそんなことを言おうとしたはずなのだけど、言葉がうまく出てこない。
こういう時、私のあやふやな言語能力が恨めしい。それでもなんとか言葉を探して、私は口を開いた。
「え、っと。助けられて――」
「白石くん」
「み゛ゃ」
そんな私の努力は、インカムに入った通信に粉々に打ち砕かれた。
:なんだ今の鳴き声
:猫が潰れたような声したけど
:お嬢……? 嘘だよな……?
……タイミングが。毎度毎度、タイミングが悪いんだよこの人は。
瞳で謝意を伝えて、インカムに意識を集中する。蒼灯さんは、微笑みながら小さく頷いた。
「……なんですか」
「白石くん、君が連れている彼が最後だ。要救助者を安全地帯まで搬送したら、そのまま地上まで戻ってきてくれ」
……それ、今伝える必要あったかなぁ……。
しかし、これで終わりか。結構助けたとは思うけれど、思ったほどじゃなかった。
「もう、終わりですか?」
「どうもそうらしいな。しばらく救助要請は来ていない。あらかた助けたということだろう」
これが最後……?
本来は喜ぶべきことなんだろうけれど、妙な違和感があった。魔力変動は始まったばかりだ。まだまだ忙しくなると思っていたのに。
「それに、魔力変動も収束し始めた。状況は終了しつつあると見ていいだろう」
「……? 魔力変動が、収束……?」
「ああ、現場付近の魔力濃度が低下しはじめている。直に元の水準に戻るはずだ」
ふと、足を止めた。
魔力変動は数日に渡って引き起こされる現象だ。長ければ一週間、短くとも丸一日は持続する。
そんな現象が、ほんの数時間程度で収束するだろうか?
かすかな違和感に直感がざわめく。
探索者としての経験が叫ぶ。この違和感を見落とすと、大変なことが起こるぞと。
「ありえません。いくらなんでも、早すぎる」
「なに? どういうことだ?」
「もしかして……」
災害はまだ終わっていない。そう考えた時、真っ先に思いつく可能性が一つある。
魔力変動災害の先にある、極めて稀な二次災害。
「魔力収斂……?」
小声で呟いたつもりだったけれど、私の言葉は、薄暗い坑道にやけに響いた。
:え、マジ?
:収斂災害!?
:おいおいおいおい収斂は洒落にならんぞ
:ちょっと待って、こっちでも確認する
コメント欄がにわかに騒がしくなる。自分で言ったことだけど、私自身信じられない。
……いや、信じたくないというのが本当だ。もし本当に、そんな事象が発生しつつあるのなら、それはもうただ事では済まない。
「なんだと……? 白石くん、それは本当か?」
「可能性としては」
「すぐに確かめる。少し待て」
そう言って、オペレーターさんからの連絡が途絶える。インカム越しに、何かがばたつくような音がしていた。
「白石さん……。今の言葉、どういうことですか……?」
蒼灯すずは強張った顔をしていた。おそらく、私も似たような顔をしているだろう。
「魔力濃度が、下がってるみたい」
「それは、魔力収斂の予兆でしょうか?」
「わからない、でも」
「……はい、可能性だけでも憂慮するには十分です。最悪を想定して動いたほうがよさそうですね」
蒼灯さんは私の言いたいことを察してくれた。こういう時は本当に助かる。
「あ、あの、先輩。なんなんすか、その魔力収斂って。これ以上やばいことが起きるんすか……?」
担架を運んでいた初心者の一人が、恐る恐る確認する。答えたのは蒼灯さんだ。
「魔力変動により噴出した大量の魔力が一箇所に収斂し、莫大な魔力を宿した特異個体の魔物が発生します。それが、魔力収斂災害です」
「それって、どれくらいやばいんすか……?」
「迷宮で遭遇しうる最大級の脅威です。並の探索者がどうにかできる事象ではありません。あれは、まさしく天災です」
「マジっすか……」
:確認取れた、マジだ。マジで魔力濃度が下がってる
:もう収斂始まってねえかこれ
:ちょっと本気でやばいかも
:俺三層くらいなら潜れるけど、応援行こうか?
:絶対やめろ
:三層探索者じゃどうにもならない
魔力変動ならなんとかなる。だけど、魔力収斂は私でも洒落にならない。探索者としての判断を下すなら、一も二もなく撤退だ。
「脱出しよう」
「行きましょう。急いで」
私たちは可能な限りの速度で地上を目指した。安全確保なんていちいちやっていられない。一秒でも早く、ここから脱出しなければならない。
「白石くん!」
しかし、そんな私たちの努力をあざわらうかのように。
「魔力濃度が急激に低下した! 収斂が起こるぞ!」
目の前の空間に、黒い穴が開いた。
開けた交差路に差し掛かった時だった。私たちの前に突如として出現したその穴は、深淵を飲み込むかのようにぐるぐると渦巻いていた。
「収斂点の反応を確認! 特異個体の、出現位置、は……」
凄まじい魔力がほとばしる。
逃げなければならない。そんなことはわかっているはずなのに、放たれる濃密なプレッシャーに足がすくむ。
「嘘だろ……」
そして、黒い穴から、黒い魔物があらわれた。
存外に、それは小さな魔物だった。形状としては人間の少女に近い。ファンシーなローブを身にまとい、箒らしきものに横かけに座っている。
しかしそれに人間らしさなんてものはかけらもない。天辺から爪先まで、髪も肌も服も、ベタ塗りの純黒がそれの体を彩っている。
うごめく闇がそのまま這い出てきたような純黒。
たまたま人の形をしているだけの、生きている悪夢。
「君の、目の前だ……!」
迷宮六層に生息する幻影種。忘れられた魔女・リリス。
深淵の暴威が、私たちの前にあらわれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます