第95話 白色の誘惑

 壁に長方形の線が入る。線は形となり浮き上がる。


 古くさい扉。しかしどんな攻撃をも退ける耐久力を有している。



 何もないところからドアノブが生まれた。

 ドアノブは回され、連動して扉が開かれる。


「アイリス......いる?」


 開いた先の空間へ入る私は、部屋の持ち主を呼んだ。


 入室したのは真紅の部屋。壁から床に至るまで全てが黒色を帯びた赤色一色となっていた。天蓋付きカーテンのキングサイズベットが置かれていた。独創的なベッドカーテンのデザインは、プリンセス的なファンタジーを満たすためのアートワークになり、優雅な雰囲気を作り出している。ロマンチックな寝室の装飾でこのベッドの天蓋をぶら下げて、部屋にロマンスと優雅さが際立つ。


 何度も来ているけど、ベットと三つの棺しか物はなく、それ以外は赤い。なんとも異質な空間。

 真っ赤な部屋の持ち主でもあるアイリス・イニティウム・シルヴァ・ティマンドラ・ルーナ。吸血鬼の女王だった。今は王位を別の者が継ぎ、本人は隠居生活を二人のメイドと送っている。


「しかし、”元”とはいえ女王なら絵画とか飾ればいいのに」


 私の疑問に答えたのはヴァルゴだった。


「お嬢様がそれ、言いますか?」


 確かに。至極ごもっともなこと。仮初の女王をやっているユミナ様、つまり私の城にはアイリスが使っていた家具はある。それ以外の調度品など、余計なものは一切ない。自分好みの家具類を揃えたい気持ちはある。


 ヴィクトール魔法学園では家具の購入はできなかった。しかし、魔法を付与可能な家具を作るクエスト。クリアすると”魔具師”を取得できる。


 担当の教師NPC、ディーアイ・ワーイ先生は生産職から魔法使いになった人物。なんでも家具はまだまだ進化できると考え、紆余曲折を経て、ヴィクトール魔法学園の教師になったとか......


 名前も”DIY”を伸ばしただけという、魂レベルで素人大工になっていた。私以外のプレイヤーは、ディーアイ・ワーイ先生のクエストで作れる家具をそのまま寮の自分の部屋に設置しているらしい。私は家具作りに必要な道具アイテムにも素材の木材採取にも興味がなかったからスルーしていたけど、家具のためなら......いや、やめておこう。


「いつかは『ムートン』にも行くから、『ムートン』で家具集めしよう〜」



 アイリスのベットを触っているタウロスは肩でため息をしていた。


「アタイは家具はからっきしだからな〜」


「いいですね、ユミナ様!! 早速、お買い物行きましょう!!」


 アリエスの提案に乗るのもアリ。アリなんだけど......目下の目的はケンバーの『指名魔獣リスト』に記されている魔獣の討伐。ケンバーからは急ぎすぎても身を滅ぼす、地道に進行するよう、に言われたけど......


「まさか、この洋館にいるなんて......」


 私は『指名魔獣リスト』の魔獣名をタッチして、出現場所を確認した。

 試しに押してみた魔獣の出現場所がアイリスと双子座のジェミニたちが住んでいる叫棺きょうかんの洋館だった。


 とはいえ叫棺きょうかんの洋館で戦闘をすればまたアイリスから吸血行為をされてしまう。不慮で吸血されたことがある。あれ、首筋がむず痒い感覚を味わうからあまりやりたくないんだよね〜


 って話をヴァルゴにしたら、本当ですか〜みたいな、いやらしい態度と獲物を狩る眼をして餌食にされたのも遠い記憶。


「ご主人様は以前も探索しています。どこか心当たりはありますか?」


「素材乱獲中に洋館内を隈なく探索したけど、奇妙なモノはなかったかな」


 それに、奇妙なモノがあれば私が売却アイテムとして回収しているし。それにしても叫棺きょうかんの洋館で入手した売却用アイテム。少し前に売却をしたけど、あんなに高値で売れるなんて思わなかった......

 

 一回目の売却後に調べたら、魅力値が高いとNPCとの売却交渉で補正があることがわかった。魅力値がオーバーフローしていたからNPCも陶酔していたのかもしれない。私が値段を釣り上げたらいともたやすく上げてくれた。

 美人は強者だと感じたのはあの時が初めてだった。まあ、おかげでお金には困らないゲームライフを満喫しているから感謝はしている。



「それにしても......」


 私たちはアイリスの愛の巣を見渡すが、誰もいない。吸血鬼だから棺で寝ているのではっと。ゆっくり開けたが中は空っぽ。


 いつもなら騒がしいメイドと主人の会話が一切ない部屋。薄暗さも相まって不気味な雰囲気が漂っていた。


「どこかに居るかもしれない」


 今いる部屋以外にもたくさんの部屋が設けられている。隠居生活とはいえ、ずっと同じ部屋に引きこもることはない。


 異空間転送の把手安住の地へで開けた扉ではなく、正式なこの部屋のドアノブを掴み、廊下へ出た。


 赫血の霊騎士ランスロットと戦闘していた時には廊下に明かりが点っていた。しかし今は一つも光源がない。闇そのものだった。何度も来ているとはいえ、闇に取り込まれるのは慣れない。システム的なものが優秀なのかリアルさを追求した弊害なのかはわからない。私の体は冷たくなり、息が詰まりそうな空間が廊下に漂っている。


「し、静か......ですね」


 私の腕にしがみついているアリエス。小刻みに震えているところ、私と同じような悪寒が体を支配しているのだろう。


光るファンネル遠隔器・ランプ】を起動して、廊下を煌めかせた。明かりこと人類が発明した偉大な発明品だと心で歓喜していた。


 廊下に出てから、みんなで一つ一つ部屋に入ったが、アイリスもラグーンもベイもいなかった。


「上ですかね?」


 ヴァルゴが上、叫棺きょうかんの洋館の一階へ通じる隠し扉を指差していた。


 頭上には木製のハッチもどきが設置されている。押し上げたがびくともしない。まあ、元々カーペットが敷かれ、カーペットの上には家具が置かれている。私たちが荒らしまくった後にシステムが後片付けをしてくれたのだろう。ずらされた物は元の場所へみたいな......


 ハシゴを降り、鬼蜂の拳キラー・スティンガーに装備を変更した。

 鬼蜂の拳キラー・スティンガーが装備された拳を構え、を打つ瞬間に膝をかがめて反動をつける。ジャンプとかがめた膝、体を伸ばし一気に突き上げた。


 拳武器を装備した状態で殴るモーションをするとSTRとクリティカルが上がるスキル、【衝撃拳】を起動。

 今回は頭上の木製扉に向けてのアッパーはスキル使用で重く深いアッパーへとなり、開いた。


 上手く着地する私。粉々になったハッチもどきからヴァルゴたちが登ってくるのがわかった。



 地下よりは光がある。廊下には回収不可のランプが設置されている。手元を照らすだけの弱い光だが、地下に比べれば幾分かマシだ。


 とは言ったものの暗いのは勘弁なので、リキャストタイムが早い【光るファンネル遠隔器・ランプ】を再起動。


「本当にいないな......」


 もしかしたら、三人は外出しているのかもしれない。などと考え事をしていた私はエントランスに続く道を曲がるとにぶつかり、尻もちをついてしまった。




った......くはない?」


 壁にしては妙に柔らかった。


 尻は床に強打したが装備している『明察の衣』が防御力高いからダメージはなく、思わず声だけ出してしまった。『明察の衣』はヴィクトール魔法学園で集めた魔力素材をタウロスに依頼して出来た魔術師コスチューム。


 いつも通り、上半身と下半身の統一装備となっている『明察の衣』は黄色を基調とした曲線的なデザインで、胴部分は雌黄しおう色、黄色と白のフリルのスカートとなっている。


 性能面では、AGIとVITを助けてくれる優秀さ。だからにぶつかってもダメージは入らない。







 見上げた先には丈の短いネグリジェを着ている、妖艶な雰囲気を全面に押し出している白髪の美女がいた。




 歳はだいたい20代後半のイメージ。私を見下ろす美女さんは私の心を踊らす容姿を持つ。


 女王兼魔術師になったとはいえ、リアルでは一般市民の私。同姓である私は間近にいる、溢れる色気を醸し出している女性を見てドキドキしていた。美女さんの美貌には老若男女魅了されないとおかしいと断言できる。それくらいに私とぶつかった壁、もとい絶世の美女はインパクトがあった。私の外付けの魅力値が裸足で逃げ出すくらいの美貌が私の視界いっぱいに広がっていた。


「おや、ユミナではないか?」


 えっ!? 美女は声も綺麗なのかと謎の納得をしたと同時に、美女様に名前を覚えられていることに驚いた。もしかして、どこかでお会いしたことがあるの方なのか?

 頭を悩ませても遭遇した記憶がない。すれ違いの出会いとも考えたが相手様ははっきり私を認識している。私を個として認識している以上、直接顔を合わせ、会話していないとおかしいレベル。


 手を差し伸べられた。緊張して一瞬、体が動かなかったが勇気を振り絞り手を握り、立ち上がった。


(手汗まで実装されてなくてよかった......)


 もしも手汗まで搭載されていたら、戦闘中に武器を落とす可能性もある。そういう意味だと解釈して運営に感謝した。


「あ、ありがとうございます。すみません、手が汚れていて」


「うん? 別に妾は気にしないが」


 相手への気遣いを完璧にフォローする、なんて素敵な人なんだ。初めてあったけどこういう人こそ、女王を名乗るのに相応しい。

 私とかアイリスを見てよ。美女様に比べれば赤子同然。雲泥の差って言葉が似合うわね、私たち。


 それにしても、美女様が一人でこんな陰湿な場所で何やっているんだろう? こんな暗いお化け屋敷にいる変わり者なんてアイリスだけで十分。


「なぁ、ヴァルゴよ。ユミナはどうしたんだ?」


 うん? ヴァルゴを知っている............?? 後ろを振り返すとヴァルゴは至って普通の顔、それ以外は私同様に美女様の美貌に当てられている。さすがね、私のヴァルゴ。美女様の魅了を軽々と超えていくとは......


「お嬢様は、貴女の美貌に魅了されているんです。ハァ〜」


「なんじゃ、そうであったか。ふ〜ん、あのユミナがついに妾に魅了されたか!!」


「何故なんでしょう? 貴女よりも私の方が魅力的なのに」


「女王と騎士では格が違うということじゃ、ヴァルゴよ」


「泣けてきます......」


 なんかヴァルゴと美女様だけで会話が進んでいる。










 ............待てよ。


 ヴァルゴの知り合い。白髪の美女。叫棺きょうかんの洋館にいる。妾口調。私と顔見知り......


 いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや


「あ、ありえない......」


 後退り、ヴァルゴに体を預ける。


 おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい



 身体中から汗が噴射する感覚を味わった。


「ねぇ〜 ヴァルゴ」


「はい、なんですか?」



 生唾を飲み込む。

 を確かめるために震える腕を動かし、美女様へ指を向けた。



「あ、あの美女様って......」


「アイリスですよ、お嬢様」


 何当たり前のことを言うんですかって顔をしているヴァルゴ。

 思考が追いつかず、現実逃避一歩手前まで追い込まれた。私は脱力してしまい、再び床へ座る。


 目の前の白髪で赤眼でヴァルゴに負けず劣らずのプロモーションを所持している女性を恐ろしいモノを目撃した表情で見る。


 だって、あり得ないもん。胸暴きょうぼうなスイカサイズを持つ、美女様の正体があの元吸血鬼族の女王、アイリス・イニティウム・シルヴァ・ティマンドラ・ルーナなんて......悪夢だわ......



(もしかして......さっき私とぶつかった柔らかいモノは......ははは......泣けてきた)

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