第63話 牡牛ヴェール
『ティーグル』に引き返すのもアリだし、距離的に次の街でもある『ラパン』に行くのもアリだった。アクイローネ情報では四つ目の街でもある『ラパン』は温泉街らしいから行ってみたい気持ちだけど、エリアボスを倒す気力がないので一旦、『ティーグル』に戻ることにした。
森を歩いている私たち。集団の一番後ろを歩いているのはヴァルゴ。明らかに沈んでいる表情をしている。
さっきまでいた叫棺の洋館の地下室で寝ていたアイリス・イニティウム・シルヴァ・ティマンドラ・ルーナ......長いのでアイリスにした、そんな二人はなんとも気まずい空間を醸し出していた。
素材もあらかた回収できたので今回はここまでとして人のいる街まで帰ることにした。あのままヴァルゴとアイリスが一緒にいると更に空気が重くなる予感がしたからだ。
先ほどまで敵対関係だった両者。それも記憶の中から共通の話題をサルベージした瞬間に敵対関係は解消されたが代わりに重々しい空気が発生することになるとは......
私の腕に抱きついているアリエスも流石に心配顔になっていた。
「ねぇ、ユミナ様......ヴァルゴは......」
「う〜ん。考え中」
力になりたいがどこから掘り出せば良いのか判断に困る。諦めるつもりはないが無策で突貫しては二人の関係......ひいては私とヴァルゴの仲が裂けてしまう可能性がある。ここは慎重に行動するしかない。
夜になる時間帯。城下町ってことなのか道ゆく場所には街灯が建物も明かりが消えることがないってくらいに輝き出している。夜を知らないって感じの街の印象だった。
「今日はありがとうユミナ。また何処かで一緒に冒険しよう」
「じゃあね、ユミナ。ゲームの結果は後で報告してね」
クイーンさんとアクイローネとはここで別れた。てか、アクイローネ......貴女もゲームに参加しているでしょう?
何、逃げようとしているのよ。こらっ!!! 摺り足で逃げるなぁああああ!!!!!!
「行きましたね、お二人とも」
「なんだかんだで、楽しかったぜ」
色々、立て込んでいるけど流石に疲れた。
今日はこれくらいにして、続きは明日にしよう。
私たちは『ティーグル』の宿屋に入る。二人部屋をとった。
四人部屋も完備していたけどアリエスが頑なに断り、何故かヴァルゴとタウロスが別室を取りたいと言うなど対応に困ったので女王権限で二人部屋でベットをサイズ変更可能にできるかの提案を宿屋のNPCにした所......シングル、セミダブル、ダブルサイズまで変更ができると言われた。へ、変更できるんだ......なんと無駄な
アリエスの要望でセミダブルを二つにして自分たちの部屋に入った。
私とヴァルゴ、アリエスで一つ。タウロスで一つ。バランスが非常に悪い、いや、私はいいんだけど......
「タウロスも入る?」
「アタイまで一緒に寝たらベットが壊れてしまうからな、遠慮しておくよ。それに集めた素材でお嬢のご所望の装備品を作るから一人でいいぜ」
「工房とかないけどできるの?」
「そこは問題ないぜ」
「楽しみにしてますから」
作業を開始したタウロスを見て、ログアウトした。
夕食後、父さんと話すことになった。
「せつな、明後日は......」
「大丈夫......予定は入れていない。友達も知ってるから」
「そっか、僕は
「白陽姫ちゃんと行くよ」
「ありがとう。それにしても心臓の動悸が凄い」
私は嘆息した。呆れ顔もプラスして。
「今からそんなんじゃ、身が持たないよ」
「分かってるんだが......やっぱり緊張していて」
「それを言うなら、私なんてめちゃくちゃ美人の義姉を紹介しないといけないんだよ」
「せつなの場合は、お
「はぁ〜 そんなに嫌なら再婚しなければ良かったんじゃん。それとも
「我が娘ながら容赦なく胸を突き刺す言葉を言うね。そうだね、しっかり報告しないと」
父さんの部屋から出て、白陽姫ちゃんの部屋の前に立つ私。ノックすると扉が開く。パジャマ姿の白陽姫ちゃんは割とレアなのでは、と考えてしまった。
ドアから中を覗き込む。私たちは義姉妹の関係だが、何回かお互いの部屋に入ることはあった。直近だとテスト週間の間、あるあるの行動を......意味もなく机の掃除を始めたり、眠っていた漫画を見ていたりで集中ができずにいた時に「そうだ、お姉ちゃんに勉強を教わろう」を思いつき今に至るまで何度か白陽姫ちゃんの部屋を訪れていた。白陽姫ちゃんも私の部屋に何度か入ることもあった。お互いが部屋に入る時はなんでか緊張しながらの入室をしていた。今もそうだ。自分でも分かる位に緊張している。もう何度も入っているのに慣れないでいた。
「話があるんだろう?」
そう、私が白陽姫ちゃんの部屋を尋ねた理由は......
「お、お邪魔します」
「はい、お邪魔されました。お客様」
私たちは思わず笑ってしまった。
片や義姉の部屋に入るのに緊張しているし、片やお辞儀して私を迎え入れるキャストみたいだった。
「ごめんね、もう寝る時に」
「せつなの為なら何時でも起きれるから......それでどうした?」
「うんとね。明後日なんだけど」
「お母さんから聞いてる。勿論行くよ。しっかりご挨拶しないといけないからね」
安堵の顔をする。
「良かった! 白陽姫ちゃんも予定があるかもって考えちゃって」
「先月から聞いていたから、友人にも明後日だけは外せない用事があると言ってあるから。問題ない」
「ありがとう、白陽姫ちゃん」
白陽姫ちゃんの頬が赤くなっていた。あっ、さっきお風呂入っていたから......か?
「と、ところで四人で行くのか?」
「それなんだけど、父さんが
何かを察したのか挙動がおかしくなる白陽姫ちゃん。
「て、てことは......私は......そのせつなと」
「うん、私と白陽姫ちゃんの
白陽姫ちゃんは自分の頭に落雷が落ちたみたいな衝撃を顔全体で表現していた。目を見開き微動だにせず、静止画像みたいだった。
そこから数秒くらいで普段の顔に変える、咳払いを一つ。
「浮ついた考えはよそう。大事な日だからな」
「それじゃあ、おやすみ。白陽姫ちゃん!!」
「あぁ、おやすみ。せつな!!」
私は自分の部屋に戻り、机の置いてある写真立てに視線を向ける。
「お母さん、待っててね」
そのまま私は深い眠りに入った。
突然だけど、ウエディングベールというものがある。名前の通りなんだけど結婚式の挙式時に花嫁さんが使用する顔や頭を覆う薄い布。ウエディングドレスと一緒に取り入れられることが多いアイテムとなっている。女の子なら一度は身につけたいと考えている訳なんだけど......
なんでこんな話を唐突に語り出したのか、それは......
「お嬢、完成したぜ!!」
タウロスの手には私が注文したアイテムがあった。うん、ありがとう。良い仕事をしてくれたし、それは感謝しているよ。確かに他プレイヤーに見つからないようなアイテムもしくは装備ができるとタウロスが言ったから生産を依頼したよ。で、結果的にタウロスは完成させた。ちゃんとした鍛冶場がないので一つのアイテムを生産するのに通常かかる時間よりも長い時間がかかってしまうのも事前に知っている。だから私たち四人分、全員が隠れ蓑術的な存在になるにはまだまだ後になる。たださぁ〜
私の腕にしがみつきじっとタウロスが製作した頭装備を見ているアリエス。なんか目がキラキラしている。そのうちに目から煌めくビームが出てくるかもしれない。こう、星々を発射させるみたいな。
「タウロス......」
「うん? どうした、お嬢」
「まずはありがとう。めちゃめちゃ良い装備になって嬉しいよ」
「アタイにかかればこんなの朝飯前だよ。もっと早く完成させる予定だったけど......すまねぇ」
「事情が事情だしね。工房って売ってないのかな〜」
アクイローネ情報では自分の家を買えるのはそんなに難しくないらしい。一番のネックは金だとか。
後で物件探しも悪くはないかな。なんと一気にやることが増えて楽しくなってきた。
「では、早速装備してみるよ」
見た目はともかく性能が良ければの精神の私。見た目はウサ耳、性能は
名前は
見た目は完全に私の背中くらいまでの長さしかないショートベールとなっている。ミドルやロングもあるけど移動中に下手したら布が足に絡む危険性もある。加えて、布が長いと戦闘中に移動が制限されてしまうデメリットが発生する。それを考えてタウロスはショートベースのベールを作ってくれたんだろう。
「綺麗です、ユミナ様!! 結婚してください!」
聖なる者から祝福されると気分が良くなるのは本当らしい。気分が良いから、後半の言葉はなかったことにしてあげるわ、アリエス。
で、顔が完全に
5分と少し短いがこれから
「ねぇ、ヴァルゴ。どうかしら?」
NPCなのに心ここにあらずって顔をしている。私のウエディングベールを見ても淡白な返事だけ。
私はヴァルゴの腕を掴んで宿屋から出て、『ティーグル』の街を駆けた。
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