第39話 お義姉ちゃんではなく......

 兎鳥(とう)の短剣を装備する。自然と不敵な微笑をしていた私。

簡易の偽月インスタント・フルムーン】の輝きによってこの部屋も照らされている。当然、私たちは光に当たることで影ができる。

 しかし今の私の後ろにあった【簡易の偽月インスタント・フルムーン】の光が突如としてなくなった。代わりに無数の太い影が登っていた。


 地形を上手く利用しているわね。後ろを振り向き、伸びている蛇たちが視界に飛び込んだ。

 私を喰いたい顔しているわね。でも、残念。料理されるのはアナタたちよ!


 蛇に突っ込む私。自暴自棄ではない。ちゃんと作戦がある。

 蛇を斬っていく。輪切りのフルコース。細かく斬られた蛇たちは二度と起き上がることはない。

 どんどん減っていく髪の蛇たち。


「——ッ!?」


 運悪く1匹の蛇に捕まり空中へ投げ出された。飛ばされた場所は天井。私は器用に体をクルクル回りながら天井に足を付ける。

「これって、運が悪いじゃなくて……むしろ良い方なのではないのか」


 自分で言ってもなんともおかしな言動。蛇たちは体が不安定な私を後は丸呑みすればと考えているだろう。でもね。生憎、体の自由は効くのよ!


 装備を変更していく。白兎のバンドから猛禽の目に入れ替える。『猛禽の目』なんてご大層な名前を持っているが正体はただのゴーグル。きっと空を飛んでいるときは風でまともに目が開けれないからのための保護ゴーグルなのだろう。でもこのゴーグルは滞空を私に与えてくれる頭装備。


 〜装備欄〜

 頭:猛禽の目(DEX:30)(滞空時間:2秒)

 上半身:羽毛のマント(VIT:+25)(滞空時間:5秒)

 下半身:防兎の寒具スカート(VIT:+18)

 足:バードラン(AGI:+15)(滞空時間:3秒)


 右武器:兎鳥とうの短剣

 左武器:星刻の錫杖アストロ・ワンドLv.3:【ENERGY MOON】34/60



 合計10秒、空に長くいられる。これの何が良いのか。大いに意味がある。

 人の構造上、跳んで着地するまでわずかな時間しか空中にはいられない。そう、どう足掻いても人間は空に長く存在できない。


 現状着けている装備は空中でも移動できる代物。なんて便利な世の中なんだか!

 自由度が増し、できる選択肢も増える。


「ヴァルゴ!!」


 主の命でヴァルゴは床を攻撃し始める。


双天打ちヴィンデミア


 床は崩壊する。床だったモノは先に下へ落ち、今まで足場にしていたモノがなくなり空中にオフィュキュースが存在していた。足に力を溜めて落ちていくオフィュキュースに向かってジャンプし加速しながら急降下していく。


 残っている蛇を空中で斬っていく。


 肉薄し、兎鳥とうの短剣を上から下へ振るう。

逆転の命殺リバース・ボンド】と【二つの絆ダブル・アクション】を起動。



 オフィュキュースの左肩から右斜めに切り裂いた。

 剣先はオフィュキュースのお腹辺りで抜いた。


 力が抜けたオフィュキュースと私はそのまま古城一階部分まで落ちた。


逆転の命殺リバース・ボンド】の効果が切れ、HPが一割になってしまう。

 埃が舞う中、オフィュキュースを探す私。


「あ〜あ」


 体が分離したオフィュキュースを発見した。


「私もまだまだ、だったってことか......」


 切り口から無数のヒビが入る。


「まさか......アイツがああなるとはね〜」


 ヒビは胴体まで到達した。


「これ、あげるよ」


 私に向かって投げたのは一冊の本だった。


「これは......?」


「アンタを見てると危なっかしいのよ。それを見て少しは自分がいかに弱い存在で私に勝ったのは運が良かったと思いなさい......」


 私はオフィュキュースを抱きしめた。

 どうしてこんな行動を取ったのか自分でも分からなかった。


「ありがとう」


「......案外、これも悪くはないか〜」


 オフィュキュースの体はガラス片へと変わり儚く四散した。


 大きく空いた穴の上を見つめていた私にヴァルゴが駆け寄る。

 振り向く私。ヴァルゴの腕の中にアシリアさんがいた。



「帰ろっか!!」


「............そうですね」


 黒雲がなくなり始め、太陽の光が降り注ぎ古城を照らしていた。

 歩きだす私たち。






「ねぇ、ヴァルゴ」


「どうかしましたか、お嬢様?」


 ヴァルゴに近づき、かかとを上げた。

 私は自分の唇とヴァルゴの唇を重ねる。


 両手にはアシリアさんを抱えているのでされるがままのヴァルゴ。

 突然の主からキスに困惑し、理解する度にヴァルゴの頬が徐々に赤く染まる。


「えっ......え」


 瞼は高速でぱちぱちと上下運動していた。同時にヴァルゴの頭から煙が立ち込んでいる様に見えた。


「頑張った、ご褒美よ!!」


「えっと......」


「因みにのファーストキスはヴァルゴだからね。これからも......?」


 倒れそうな勢いのヴァルゴ。なんとか踏みとどまり私を見た。


「反則です......ユミナ様」


「元気になるようにもっとやって上げましょうか」


「お嬢様は私を殺したいんですか......」


私は残念な顔を敢えてヴァルゴに見せた。


「もしかして......嫌いだった。そうだよね、女同士でキスなんて」


「あの......えっと......時々でいいので......ゴニョゴニョ」


 ヴァルゴの前には光があった。太陽のような、可愛らしい煌めきがそこにある。

 だが、自分の太陽は可愛いとは真逆の性質を持っていた。


「本当にヴァルゴは......ヘンタイさんだね〜」


 顔を手で隠せないヴァルゴにニヤニヤが止まらない私。



「離れちゃダメだよ!」


「............はい!」


 幸せな顔のヴァルゴと笑いながら歩き始めた。






星霊探しの旅サイン・セクスタント》:現在3/12


乙女座ヴァルゴ:種族:【星霊】真名:【??】

 職業:MAIN:【剣星】SUB:【悪魔】

 所在地:【ディラオド城跡地】


牡羊座アリエス:種族:【星霊】真名:【??】

 職業:MAIN:【??】SUB:【聖女】

 所在地:【ヴァルゴの【ウラニアの指輪】の中】


牡牛座タウラス:種族:【星霊】真名:【??】

 職業:MAIN:【??】SUB:【??】

 所在地:【ヴァルゴの【ウラニアの指輪】の中】
















「やっと......お昼」


 机に顔を伏せている私を眺めていたのはコーヒー牛乳中毒者の真凪まなだった。


 ゲーム内での用事を終わらせた私は自分のベットで猛烈な羞恥心にかられていた。死にたくなる数々の出来事。

 後悔はないけど、過去の私にはない行動をやったことで私の心が許容量オーバーしていた。

 更に現実の時間をリンクしているので寝ずに登校する羽目になってしまう。


 で、案の定......午前中は半分......ほとんど記憶がありませんでした。



「珍しいよね。せつなが眠そうな顔をするなんて......ようこそ、こちら側の世界へ」


「興味のない世界には引越ししません」


「まぁまぁ、そう言いなさんな。せつなちゃ〜ん」


 耳元で囁くのやめてくれません......真凪まなさん。


「そういえば、を探している人がいるわよ」


 衝撃な告白に戸惑う私。


「ごめん、なんて言ったの!?!?!?」


「遂に耳が遠くなったのね、良い耳鼻科を教えましょうか」


「いらんしっ。てか、質問」


 真凪まなは『オニオン』の掲示板を私に見せてくれた。

 そこには”桃髪魔法使いと麗しの女騎士を捜索せよ”のスレだった。


「いやぁ〜 あの人見知りのせつながここまで成長するとは......真凪まなお姉ちゃんも嬉しいよ!! 今日は赤飯だね〜」


「お姉ちゃんなのか、お母さんなのかハッキリしてくれない? ど、どうして......」


「そりゃあ、聖女ちゃんの祭り最終日に教会ではっちゃけたプレイヤーがいれば誰もが興味を抱くよ。しかも見たことがない装備を身に付けている女騎士が魔法使いの女の子をお姫様だっこしながら優雅に天高く移動する風景がその場にいた女性陣の目がハートになったらしいよ」


「ぶへぇ......」


 再び机に突っ伏す。


「因みに......メインストリートにいた男性が全員、消えたって......不思議なこともあるんだね」


「それはどうだっていいよ......」


「凄いよ、これ......このスレから派生して”お姉さまに抱かれたい”とか”お姉さまに踏まれたい”などなど続々とスレが出来上がっているよ。中でも勢いのあるのは”騎士姫さまの装備を教えてください”だね。イッチの人......獲物を狙う獰猛な狩人って感じだった。気をつけてね〜」


「全然覇気のない励ましには、微塵も感謝しないけどね〜」


「ただ残念なことに誰もスクショとか画像が一枚もない点かな」


「いいよ、なくて......面倒ごとに拍車がかかるのはごめんだから」


 談笑していると私の携帯端末が鳴る。

 画面を見ると白陽姫かすみさんからだった。





 到着したのは学生棟の屋上。入るのは今回が初めてなので妙な緊張をしていた。


「あっ、いた!!」


 こちらに気づいた白陽姫かすみさん。


「遅くなっちゃった?」


「いや、急に呼んだのは私なんだからせ、せつ......ごにょごにょは気にしなくて大丈夫」


 会話の真ん中部分が上手く聞き取れなかった。


「それで、どうしたの?」


 私の前に出されたのはお弁当箱だった。


「その様子なら忘れているね」


「もしかして......私の?」


 小さくうなづく白陽姫かすみさん。


「ママが届けてくれたんだ」


 受け取った私は笑い始めた。


「どうした!?」



「以前はお義姉ねえちゃんが、今日は私がお弁当を忘れるなんて......と急に笑ってきちゃって!!」


 白陽姫かすみさんが顔を下にして手をモジモジしていた。


「あ、あの......」


「はい?」


「その......お願いがあるんだけど」


「良いですよ。あぁ、でも私にできる範囲でお願いします」


「な、名前で......呼んでほしい」


 私は頭の記憶領域をサルベージしていた。そういえば......言ってない気がするような。


「うん? そんな頼みでいいんですか?」


「『そんな』ではない。お義姉ねえちゃんと呼ばれるのも嬉しいけど......やっぱり、自分の名前を呼ばれたい」


 私はお義姉ねえちゃんの手を取る。


「分かったよ、白陽姫かすみちゃん!!」


 もの凄い勢いで私の手を振り払う。

 距離を取り、しゃがむ白陽姫かすみちゃん。


「だ、大丈夫......白陽姫かすみちゃん?」


「せ、せつな......私は」


「はい?」







「だ、大丈夫でしゅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!!」


 走り去る白陽姫かすみちゃん。なんかキャラ崩壊したような可愛い声を発していたけどきっと気のせいだろう。


「せつな、か......なんか良いね。こういうのも......」




 屋上から出た白陽姫かすみは人気のないところまで全力疾走していた。

 疲れ果てた白陽姫かすみはその場に三角座りをし、顔を隠す。


 心の中がざわついていた。


 し……!?!?!?!??!??!?

『かすみちゃん』


 たの……!?!?!?!??!??!?

『かすみちゃん』


 名前で……!?!?!?!??!??!?

『かすみちゃん』


 呼ばれた!?!?!?!??!??!?

『かすみちゃん』




『かすみちゃん』『かすみちゃん』『かすみちゃん』『かすみちゃん』『かすみちゃん』『かすみちゃん』『かすみちゃん』『かすみちゃん』『かすみちゃん』『かすみちゃん』『かすみちゃん』『かすみちゃん』『かすみちゃん』『かすみちゃん』『かすみちゃん』『かすみちゃん』『かすみちゃん』『かすみちゃん』『かすみちゃん』『かすみちゃん』『かすみちゃん』『かすみちゃん』


 いつもは『お義姉ちゃん』だったが下の名前で呼ばれたことで嬉しくなり心の中の白陽姫かすみは狂喜乱舞していた。頬も若干赤くなり、自分の体が熱くなっているのを感じる。



 不意に自分のその後の行動を思い出す。


「私......どさくさに『せつな』って呼んじゃった......それに、逃げるように置いてきてしまった......幻滅したかな」


 項垂れる白陽姫かすみ


「今日......死ぬな.....私」


 絶望な言葉とは裏腹に白陽姫かすみの顔は幸福に満ちていた。



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