第37話 巡り来る一条の光

 私は座り込んでいるヴァルゴと同じ目線にした。そして……


「ユミナチョップ!!」


 ヴァルゴの脳天に手刀をした。頭部を抑えるヴァルゴと嗤っていたオフィュキュースは私に行動に驚く。


「えっ!?」


「はぁあああああああああああああああああっ!!!!!!!!!」



「なんだ安心した! もっと怖い過去があると勘違いしていたよ。少し前から何かあるなとは思っていたけど……」


「この見た目を怖がらないのですか……」


「いや、別に!」


 何を当たり前なことを言って、みたいな顔をしているお嬢様。


「嘘です、こんな醜悪な姿……誰だって」


「そう言っても……私にはイメチェンしたヴァルゴの印象だけど?」


「私は……心からお仕えすると誓った人を騙した」


「別に私を騙したわけじゃないし……」


「貴女を……裏切った。私は嘘で塗られた悪魔虚像そのもの……」


「嘘って……誰にだって守りたい秘密の一つくらいはあるわよ」


「私自身が許しませんっ!!!!!!!!!!!!」



 ここまで強情とは……仕方がない。


 ため息を漏らす私。立ち上がりヴァルゴを見下ろす姿勢を取る。

 ヴァルゴの怯えよう。他者からしたら今の私の顔は恐怖の対象そのもの。


 冷酷な目つきで相手であるヴァルゴを見ていた。


「分かったわ、ヴァルゴ。それでは貴女に二つの選択肢を与えます。一つ目は……」


 小型ナイフをストレージから出した私。それを床に落とす。







「今ここで死んでよ……星霊さん」












「そのナイフを手に取って、喉なり腹なり掻っ切りなさい」


 突然の主人からの指令。いや、自害宣告であった。ヴァルゴの体は震え、沈める方法をなくしていた。そして、『ヴァルゴ』ではなく『星霊さん』。当然と言えば至極当然の結果。お仕えしている主人を騙したんだ。もう名前も呼ばれない。自分はそれだけのことをした。


「そ、それは……」


 見上げた先にいる主人が発した言葉は予想外のものだった。


「どうせ、私のもとから離れて別の主人でも見つけるんでしょうね」


「そ、そんなことは……」


「また、姿を変えて。本当の素顔がバレたら、また消える。その繰り返しを永遠にするのよね」


「私は……」


 ヴァルゴの言葉は遮られ、容赦無く体を凍らす言葉を浴びせられる。


「その中には新たに縁を結んだ者と素敵な余生を過ごすんだろうね」


「ち……違います」


「違わないわ……現在進行形で貴女が歩もうとしているのよ」


「…………」


 何も言えなかった。

 主人お嬢様が言ったことはヴァルゴ自身が考えていた案と類似していた。もしもの保険として……でも……


「そう考えてしまう自分もいれば、貴女が他の誰かと仲睦まじい関係を送っているのが私には耐えられないよね……だから、そのナイフで死んでよ」


「…………」


 ヴァルゴは自分の人生はここまでだと直感した。もう戻れない。

 あるのは目の前のナイフで自害すること。


 胸が苦しい。自分はどこで何を間違えたのか。

 やっと信頼できる方を見つけたのに。主の命令ならすぐに実行する。


 でも、せめて最後に今まで呼んでくれた名前をもう一度、呼ばれたい。


 ささやかな願いを叶えたい。


 自問自答を繰り返しているヴァルゴに主人であるユミナは言葉を続けた。









「まぁ、もし貴女が落ちているナイフを取るんじゃなくて」


 私はヴァルゴの前に手を出した。


「この二つ目の選択肢を取るなら、私が貴女の……ヴァルゴの過去を一緒に背負うから」


「えっ!?」


 暗闇の中に輝く一筋の光。それはすぐに消えてしまう光だった。


「そんな悲しい顔はやめてさ! 私と進もう、未来へ!!」


「ど、どうして……」


「私の隣は貴女だけ。他の誰でもない、貴女が良いのよ!」


 真剣な目でヴァルゴを見ているユミナ。ヴァルゴもまたユミナの決意の目を凝視していた。


「私は……」


「さぁ、どうする。ここで命を断つか、私と歩むか。好きな方を選ばせてあげる」











 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 そこは闇中に無数の光が輝き、夜空のような幻想的な風景しかなかった。


 最小限のモーションから放たれた剣先を、迫るモンスターの腹を斬り、上と下が分離した。

 女はその場で回転し、後ろで女の喉元を突き刺す攻撃をパリィしたのち、お返しと称して突き技を繰り出した。カマキリが人間台の身長へと成長を遂げたかのような見た目のモンスターは、女からの突き技攻撃が直撃し煌めくポリゴンへと成り変わる。荒れ果てた地面にカマキリの特徴的なカマだけが残った。


 長期戦で疲れ果ているけどエネルギーがないと生命体は動けない。女はカマ部分を拾い、喰らい始めた。



「それって、美味しいの?」


 玲瓏な声が聞こえ、ぼやける視界が見開いた。

 急いで声が聞こえた方角へ顔を向けるとそこには自分とは別の女がいた。


 自分以外がこの場所にいるはずがないと分かっていた。が、別の女の声が聞こえ臨戦態勢入る女。


 上質なコートを羽織っている美しい芸術品のようだった。黒絹のような長い髪。美を超越した顔立ち。オスだけではなくメスも虜にしてしまう肢体。高いヒールと黒で統一されているが高級ドレスを身につけた女性。


 深紅の眼でボロボロの服を着た女を捉える。黒髪の女性は前に出て、女に言った。


「好戦的なのは嬉しいけど、生憎ワタシはここへ戦いに来たわけじゃないわ」


 女は直感で”勝てない”と悟る。逃げるにしても刹那的時間で捕まってしまう。女は自分が倒した奴の仲間が報復に来たと考えた。でなければこんな危ない存在の塊が来るなんておかしな話だ。


 無数のモンスターとの戦闘で消耗し、いつ壊れるか分からない剣を構える女。


「聞かないか......なら、貴方の土俵で相手してあげるわ。ワタシが勝ったら話を聞いてね〜」


 陽気な女性は漆黒の直剣を生み出し、構える。


「ところで、手加減してあげましょうか?」



 ......

 ............

 ..................

 ........................



 戦いは即終了した。足の力が抜け、地面に倒れる女。そんな女を見下ろす陽気な女性。


「まぁ、悪くないんじゃない〜 ワタシの傷がつけることはできなかったけど、一歩分、後退させたね! スゴい、スゴい〜」


 陽気な女性は女の攻撃をその場から動かずに全て華麗に対処していた。何十連撃のモーションを繰り出しても涼しい顔で捌かれた。完敗だった。こんな屈辱は初めての経験。


「......ひと思いに......殺しなさい」


 陽気な女性は女に対して初めての感情を出した。


「驚いた〜 口が開かない訳じゃなかったんだ」


「貴方の......ような存在に......殺されるなら......本望」


 キョトンとした顔の陽気な女性。


「いや、殺さないしその予定もないんだけど......」


「何故......」


「ワタシのやりたいことに貴方が必要だからよ。いや正確にいえば頼まれた、で合っているのかしら。そうよね......全く、自分が使役したいから候補を探してきてくださいって、随分偉そうになったわね。アイツわぁ〜 だけど、アイツが頭を下げながら依頼した......実に気分がいいから良しとしますか、のワタシもワタシね〜」


 ため息をして、独り言を出す陽気な女性。


「私のような......奴を集めて、戦争でも始める気か......」


「戦争っていうより労働力を欲している顔だったかしら、あれは〜」


「ますます......意味が分からない」


「そこは同感。で、どうする? ワタシは一目で貴方に決めたんだけど......」


 少しの間が起こる。女は口をあけた。

「どうせ、私の命はお前が握っている。奴隷にでもなってやるわ」


「そう、早くて助かる!!」


「ただし......」


「うん?」


「いつでもお前の命を狙っていることを忘れないことだっ!!」


 女の言葉に陽気な女性が笑う。

「良いわよ。どんな時でも来なさい! ワタシに傷を付けれたら、逆に君の奴隷になってあげるわ〜」


 また独り言をしながら歩き始める陽気な女性。それを後ろから追う私だった。

「これで一人目。あと......71人も集めるなんて......めんどくさい」






 そこから長い時間が経ち、久しぶりにと再会した。


「突然だけど......君を『星霊』の地位に任命するわ」


 ”星霊”

 この世界を遥か空から守護する存在。スラカイト大陸とリリクロス大陸に存在している生きた種族の中から優秀な者が選ばれ、そこから更に優秀な者が選抜され、残った13人が星霊として進化する。


「私は......辞退します」


「ふふう。君ならそういうと思った、残念だけど強制ね」


「相変わらず勝手なお方ですね」


「君はワタシのために良くやってくれたわ。そのお礼よ」


「私は......何もしていません。それどころか貴方様の顔に泥を......」


 私が敬愛する目の前のお方は何かを思い出した顔をする。

「あ〜あ まぁ、決して褒められることじゃないけど......理由があったんでしょう」


「......」


「アイツの目的も完了したみたいだし、貴方たち72人は時間があるよね。だから......」


「なら、残りの71人か別の悪魔の誰かにでも星霊を任せてください。私には......」


「会わない間に随分、頭が硬くなったわね。まぁ、ここは狭い場所だしね〜 良い機会じゃない。広い世界を見てきなさいよ」


「『広い世界』ですか......」


「君の全てを受け入れてくれる存在はきっと現れる。もしかしたらものすごい時間が経過してしまうかもしれない。それでも、君は”愛”を知るべきよ。折角、ワタシとアイツが君に与えた名称があることだし〜」


「......分かりました。もう過去には戻れないけど......頂いた名前を貶したくありませんから......」


「頑張ってね〜 そうだ、これは完全に全く無関係な別件。君のをそろそろ教えてよ〜」


「......お断りします」


 何かが変わると思っていた。何十年、何百年......も。会う者全てが最終的に私の敵になった。

 だから同じ地位にいた者に裏切られ、石化状態になってもどうでも良かった。


 そんな絶望した中にあの人と出会った。遥かに年下の魔法使いの少女。少々ぬけている行動を取ることがある。それでも明るく過ごしていた。無意識に事務的な行動をしていたのかもしれない。この少女もきっと私を裏切るから自分でも気づかずに大切な事を言わずにいた。そんな浅ましい私を......この少女は。いや、この方は......『私と進もう、未来へ』と言ってくれた。初めてだった。こんな温かい気持ちになるのは......お嬢様となら私は......



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「し……」


 言葉が出ない。


「はっきり言いなさい!」


「信じても......良いんですか?」


 ヴァルゴの顔が涙で濡らし、嗚咽を漏らしていた。


 そんなヴァルゴに私は満面な笑みで答えた。


「任せてよ! 後悔させないから!!」


 石化から今まで見てきた主人の笑顔。つくり笑顔ではない眩しい顔がそこにあった。


「私は……」




 自分の残っている力を全て絞り出し、一言言った。

「私は……ユミナ様と一緒にいたいです!」


 ヴァルゴが私の手を取った。


「それでこそ、私の騎士ね! 私の側から離れないでね」


「はいっ!!」


 ヴァルゴの中の嵐は消え去る。何もない荒地をただ茫然と見るヴァルゴ。もう迷わない。

 新たな決意と共にヴァルゴは一歩を歩んだ。





「あ〜あ! 寒い寒い。なんて寒いのかしら。よくもそんな言葉が出るわね、吐き気がしてきた」


 私はヴァルゴの手をゆっくり離し、大窓を開けた。息を吸い深呼吸をする。当たり前の生理現象。ゲームだけど......


「ふ〜あ! ちょうど良い気候ね〜 風が気持ちいい! 赤蛇のせいで暑かったから助かるわ! ごめん、聴いてなかったんだけど……何か言ったかしら?」


「……っ!!」


 私は自分の口を手で押さえる真似をした。


「そうだわ、思い出したよ。貴女も奇妙なことを言うのね。もしかして、自分で体温調節もできない人だったの?」


「な、なんですってぇぇえええ…………」


 私の顔は笑っていない。声だけは相手を嘲笑うように振る舞った。


「あっ!! そっか。蛇だから自分ではどうにもできないんだっけ。ごめんなさいね!!」


「こ、小娘が……その舐めた口をしまえ」


「あっは! しまうのは舌だよね? 蛇女さ〜ん!」




「初めてあった時から気に入らない小娘だったわ……」


「だったら、その場で私の息の根を止めれば良かったんじゃない? タラレバの話をするんじゃいのよ。貴女の行動は全て後手に回っているのが分からないのかしら? 知能がお低いようで〜」


「心の底から殺したい相手がいるなんてね、思いもよらなかったわ」


「何、格好付けて言っているのよ。さ〜むぅ!!」


「良いわ、だったらお前たちを再起不能にするまで痛めつけてあげるわ!!!!!!!!!!」




 星刻の錫杖アストロ・ワンドを構え、目の前のオバサンを睨みつけた私。


「人の従者を辱めたこと、後悔させてあげるわ」

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