言い訳代行アプリ

赤木悠

第1話

 日はとうに落ち、閑静な住宅街でもぽつりぽつりと電気を落とす家が出始めている。昼から暑さは多少は和らいだものの、夏のの蒸し暑さは8月が終わろうとしている今日こんにちも健在だった。皆、暑さから逃げるようにエアコンの効いた寝室で静かに眠りにつくのだ。


 ただ、今日きょうの夜だけは特別だ。


 世の学生達は暑さで流れる汗よりも、はるかに多くの冷や汗を流すことになる。

 部活の夏大会の応援よりも、はるかにうるさい親からの怒号を受けることになる。

 そして、大会で対面する強敵よりも、はるかに手強い問題と対面することになる。



 そう、時は8月31日日曜日、夏休みの最終日の夜である。





「まずいまずいまずいまずい!」


 俺は、自室のベッドの上で頭を抱えていた。先ほどまでゲームをしていたスマホは、大量のプリントや本と一緒にベッドの上に放り出されている。


「まずい!やってない宿題を見つけてしまった」


 それは、ゴールデンタイムのテレビを見て大笑いし、夕食を食べ、風呂に入る。そして、親から明日の準備はできているのかと釘を刺されて、しぶしぶ準備を始めたところの出来事だった。


 俺は、バッグの中身をベッドの上にぶちまけた。そして、夏休みの課題一覧が書かれたプリントを上から一つ一つチェックしていくと、数学の問題集を最初の数問しかやっていなかったことが発覚したのだ。


 俺は日々の宿題をサボっていることは多かったが、この夏休みは俺にとっては珍しくも宿題を終わらせようという気になっていた。

 というのも、次に宿題を忘れたら親との面談を担任にちらつかせられたからである。そのため、担任の前で「夏休みの宿題は全部やってきます」と言い切ってしまった。

 その結果がこれだ。


 どうにかしてごまかさないと親との面談が現実のものとなってしまう!しかし、夏休み最終日の今、もはやこの分厚い数学問題集をやりきる時間も気力もない。


「大体何だよ、宿題を終わらせろって。宿題の目的は学力の向上だろ。宿題は学力向上の一つの手段でしかないだろうが。と思うのですよ」

 そんな逆ギレに近い愚痴を言いながら、必死にどうしたら担任に宿題を忘れたことをとがめられないかを考える。


 とはいえ、「熱があるので休みます」も「宿題をやったけど家に忘れてしまったんです」という言い訳は、これまで宿題をやらなかった際に何度も使ってしまっている。


 去年の夏休みは、親に怒られながらも宿題を手伝ってもらっていたが・・・・・・。


『さくらぁ? 明日の準備は終わっているの? あんまり夏休み中は言ってこなかったけど、宿題ちゃんとやった?』

『大丈夫だよ。今回はちゃんとやった』

『本当に大丈夫なのね? 今回もあんたの宿題に付き合わされるなんてのはごめんだからね?』

『大丈夫だってしつこいな』

『そう。じゃあ私も父さんも寝るからね。やっぱりやってなかったっていっても今回は手伝わないからね』


 なぜ大丈夫だとあのとき言ってしまったのだろうか。今から起こして手伝ってもらう勇気はない。宿題を忘れて先生に怒られるよりも、はるかに大きな怒号が飛んでくるに違いないのだ。





「はぁ」


 俺は、プリントがしわくちゃになるのも構わずに、モノにあふれたベッドの上に突っ伏した。





 そんな時、放り出されたスマホの電源が付き、画面にメッセージアプリからの通知が表示された。




 8月31日 日曜日

 23:27


 =====

 RINE            23:27

 -           

【言い訳代行アプリ】のご案内             

 基本料金無料で理想の言い訳をお作りします。      

 ・・・

 =====

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る