黄華伝

中村マイケル

第1話

「ここは陛下のお住いである。何処の宮の者だ」


 門番が声を荒らげる。流石、皇帝陛下の門番様である。荒らげる、と言っても不愉快な荒らげ方ではない。


凛風宮りんぷうきゅうです。ところで陛下の宮の門番ともあろう方が、何か勘違いしているのではないですか?」


 黙り込んだ門番に関氷華かんひょうかは笑みを浮かべた。一度や二度の間違いを攻めてはいけない。


「私は凛風宮の主です。兵士の質も落ちたものですね。私は陛下にお話があります。お取次ぎを」


 長考する姿勢に入った兵士に待ちきれず、氷華の後ろにいる女が匕首を兵士に向けようとする。が、主がとめた。この女は主に忠実なのはいいのだが、短気なところはいただけない。


柳葉りゅうよう、おやめなさい」


 主は兵士に目を向けた。この兵士は動く気はないなと察すると、笑みを浮かべた。


「分かりました、貴方が動く気がないのならこちらで待たせて貰います」


 流石にここまでしたら取り次いでもらえるだろうと思ったが、氷華が甘かった。結局皇帝が迎えに来るまで二刻近く、門番と3人で直立不動することになってしまった。




「悪かったな、俺が呼んだのに」


 皇帝は筆を持ちこちらを一瞥もせずに言った。これは相当仕事が溜まっているなと察した氷華は、二刻の恨みで話を広げてやろうと思った。


「あら、反省しているなら今度からは皇帝陛下直々に私の宮までお越しになってはいかがでしょう」


 氷華は決して美しい訳では無い。しかし猫のようなつり目が特徴的で、目を引く存在であった。今回もそのつり目を存分に使い不敵な笑みを浮かべた。


「お前の住まいは凛風宮だろう、鳳巫ほうふ宮にも行ってないのに。なぜ皇后を差し置いて充媛の宮へ、となるだろう」


「だいたい陛下が、恥ずかしいからと言うから。門番にくらい充媛じゅうえんが来ると、話をしてくれればいいのに」



 皇帝に嫁いでもう4年近く経つ。辺境で産まれ育った氷華は小さい頃貧しい村で育った。行啓として当時皇太子であった現皇帝がこの村にやってきた。彼が手腕を発揮したことにより、貧しい村が豊かになった、と噂されているが実際は齢十三の氷華の手腕であった。皇太子に進言するなんて大した娘である。


 何度も氷華は村を豊かにする案を村長に言っていたのに、子供の言うことになど聞く耳を持たなかった。自信があった氷華は皇太子が一人のときを狙い、案を話した。この功績で氷華は後宮へ入る事となった。しかし皇太子に進言したと知れたら皇族としての体面が損なわれるので、話し合った結果死んだこととなった。


 今となっては口止めも兼ねているのだろうと思ってはいるが、気付かないふりをしてやろう。


 後宮に入ってから氷華は仕事を任されることになった。と言っても内々に。この国を自分の手で動かしていると思うと胸がすっとする。あの時案を聞き入れて貰えず、悔しい思いをした。



「書類は持ち出せない物が多いからな。お前が来た方が手間が省ける。さ、氷華様。こちらへ」


 皇帝が妃嬪へ様をつけるなんて、なんて白々しい、そう思った氷華はそのまま口にした。


「白々しいこと」

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