第21話 諭され有り難みな件
昼過ぎ。謎の植物が産み出した大量の砂金が、水で洗われてキラキラと光っていた。
すでにコップ一杯の量まで増えてしまい、まずは謎の植物の管理をしなくては、とカツキは取り出した金の蔓を水耕栽培へ切り替えることになった。さすがにこの国に由来する植物以外について詳しく載っている図鑑はカツキの手元にないので、植物の種類を特定するのは後回しだ。金を産み出す仕組みを一旦ストップさせて、枯らさないよう維持していくことが先決、そして次にやるべきことは——砂金の有効活用だ。
というよりも、いつかまとまったお金が入ったら、とカツキはずっと使い道を決めていたのだ。洗って拭いた砂金を小さな木箱に詰め込み、カツキはラスナイトに留守番を頼んで外へ出た。
カツキの行き先はまっすぐ、村の中心部にある白漆喰と黒檀の家だ。外壁を青々とした蔦が覆い、二階のテラスには巻きついた周辺の樹木がツリーハウスのような雰囲気を醸し出している。
蔦が払われた玄関の扉を、カツキはノックする。すると、ゆったりした足音が近づいてきて、扉を開けた。
髪の房すべてに植物の蔓が絡まるトロルの老婆が姿を現し、カツキを見るなり破顔一笑して出迎えた。
「おお、こんにちは、カツキ坊ちゃん。どうしたね?」
カツキは身を屈めてエーバ村長に視線を合わせ、開口一番謝罪の言葉を口にする。
「このあいだはすみませんでした。ミントの件で、色々ご迷惑をおかけしました」
「あぁ……まあ、二度とせんと約束するならもういいんじゃよ。気にせんでいいわい」
「いえ、そういうわけにもいかないので、これをお詫びに受け取ってもらえないかと思って持ってきました」
そう言ってカツキがエーバ村長へ差し出したのは、小さな木箱だ。不思議そうに受け取ったエーバ村長が蓋を開けると、びっしりと砂金が詰め込まれており、驚いた表情を見せた。
「砂金!? こんなにたくさんかい?」
「道の舗装や土の入れ替えにお金がかかると思うので、これを換金して使ってください。ああそうだ、換金できなさそうならルネに言ってもらえれば多分何とかしてくれます」
カツキは上手く言えた、と少し得意げだった。前々から迷惑をかけたお詫びをしなくては、と考えていただけに、それが成就して嬉しかったのだ。
しかし、エーバ村長はそのまま小さな木箱を閉じ、カツキへ突き返した。
「悪いけど、受け取れないねぇ。持って帰りな」
「ど、どうして?」
謝罪を拒否された、とカツキは焦る。何か粗相をしただろうか、考えてもすぐに答えは出ない。
その様子に呆れたエーバ村長は「やれやれ」と若人へのお説教モードに入り、カツキへ優しく諭しはじめた。
「カツキ坊ちゃん、確かにお前さんの失敗で村の出費はかさんだよ。でもね、そりゃあお前さんの成長のための必要経費ってもんさ、二度としないのならそれでいい。若者が学んだんなら、それはそれで得がたい収穫はあったということさ! それに」
じろり、とエーバ村長はカツキを睨む。年老いた魔女のような迫力に、カツキは思わず怯んだ。
「何か悪さをしても、お金を払えば許してもらえる、なーんて考え方になるのはよくない。もちろんお前さんは今そんなことは考えてないじゃろうよ。それでも、そういう手があるから後で許してもらおう、って甘い考えを少しでも持っちゃあだめなんだよ。お前さんだって、丹精込めて育てた麦畑を他人に踏み荒らされて、売り払って稼げる分の金を払うから許せって言われて許すかい?」
そこまで言われて、カツキはエーバ村長が砂金を受け取らなかった理由をやっと理解した。
エーバ村長は謝罪や詫びを受け入れないわけではないし、カツキを責めるつもりもない。ただ、何か悪事を働いても賠償すればいい、という横着な考え方を持ちかねないからそういうことはしたくない、と言っているのだ。
エーバ村長だって別に賠償自体を嫌がっているわけではなくて、単純に教育的観点から、カツキをたしなめているだけだ。それだって、よそ者にそんなことをわざわざ教えてやる理由はなく……カツキを身内だと思っているからこその苦言、説教だった。理屈や道理を知っている上で、それを避けるべきだという老人の教えだ。
元の世界で、身内の祖父母だってカツキにそんなことを言ってはくれなかった。初孫だからとずいぶんカツキを甘やかし、どうして叱らないのと母に責められても孫に嫌われたくないからと答えるような人々だった。それに比べれば、よほどエーバ村長のほうがカツキのためになることを、きちんと指摘してくれている。
カツキは、自分が思う以上にアイギナ村の人々から信頼されていることをようやく肌身に感じ取った。コルムだってそうだし、村人たちも暇を見ては畑の手入れの仕方を教えてくれたり、自家繁殖用の種を分けてくれたりしている。アスベルだって「この村は住みやすいよ、みんな面倒見がよくて逆に困るくらいだ」と言っていたほどだ。
であれば、カツキは砂金入りの小さな木箱を引っ込めるしかない。
「分かりました。ごめんなさい、何にも考えずに」
「いい、いい。カツキ坊ちゃんなら一度の失敗でちゃあんと分かるじゃろうし、本当に気にしなさんな。ほら、後ろのご令嬢がお待ちだよ」
「ご令嬢?」
カツキが後ろへ振り向くと、ご令嬢にしては背の高い、フリルの多いドレスを着たルネがいた。確かに、外見はご令嬢かもしれないが、中身は男性である。顔がよくて化粧も上手いため騙されかねないが、れっきとした男性である。
ご令嬢と呼ばれたルネは、嬉々としている。
「あーら、私のこと? お口が上手いわね、村長」
声を聞けば一発で分かる、女装貴族のルネは「カツキに用があるのよ。もらっていくわね」と問答無用でカツキを引っ張っていった。それをエーバ村長はちょっと苦笑いして、手を振って見送る。
しかし、ルネに会うのは何日ぶりだろう。カツキは疲れを見せないルネの横に並び、ログハウスへの道のりを早歩きでついていく。まだ成長期のカツキは長身のルネとは明らかに歩幅が違うため、少し早足で歩かないと追いつけないのだ。
ルネはいきなり、報告よ、と言って受け持っていた事柄の進捗についてカツキへ伝える。
「レストナ鉱山……旧レストナ村の処理と鉱山開発の件、やっとひと段落したわ。近くの村落をひととおり回って、鉱山で大量の雇用を作る代わりにラガン村の南下を見張る協約も結んでおいたし」
つまりは小規模な経済圏を作っておいたの、とルネは付け足した。レストナ鉱山があることで恩恵を受ける人々を増やし、鉱山開発の邪魔をする者たち——もしラガン村の
いかにヴィセア王国大臣ルシウスの後ろ盾があるとしても、そんなことを一朝一夕でやってしまえるルネの経営手腕はとんでもない。おまけにアイギナ村も人口流入で商人が増えて物流が整備され、その恩恵を受けられるのだから、結果的に
「それはそうと、カツキ。大事な話があるわ、時間はある?」
「うん、大丈夫」
「そ。じゃあ、家に戻りましょう。テント暮らしは腰に来るわー、ホント」
レストナ村まで、そしてその周辺に貴族が泊まれるような立派な宿などないのだから、ルネはテント持参で野宿して走り回っていたようだ。本当にご苦労なことだ、とカツキはその行動力に呆れ半分感心半分である。
とはいえ、大事な話とは何か。カツキもいくつか思い当たる節がないわけではないが、あまりいい話が降って湧きそうにもない。
何となく覚えている悪い予感に合わせるように、初夏の空の雲行きも怪しくなってきていた。
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