第20話 通常、植物は金を産まない件

 ラスナイトは、栗色のウェーブがかかった長い髪の毛を三つ編みにして、頭にくるっと巻いていた。上手いもので、そこに細かなフリルのホワイトブリムを載せて、ちょっと大人びた佇まいになっていた。それに服も大きめの白いエプロンに紺地の長袖ワンピース、馬の下半身部分にもきちんと足元までの長丈スカートを履き、蹄のある四つの足には室内履きになる黒のパンプスを着用している。


 ノリノリのラスナイトは、アスベルの紹介でルネにメイドとは何かを伝授されたらしい。


「カツキ、どう? ふふっ、牛を追いかける仕事以外は初めてだから、緊張しちゃう」


 嬉しそうなラスナイトを決して失望や落胆させてはならない。カツキは決意する。


(身の回りの世話をラスがしてくれるなんて、しかもメイド姿……なんか歩くたび床が軋んでるけど気にしない! ありがとうアスベル、ルネ! グッジョブ! 美少女のメイドなんて現実に存在するとは思わなかった! まあうん、人馬ケンタウロスなのは一周回ってすごくいいと思う!)


 カツキが信じてもいない神に大願成就の礼をしはじめる前に、ラスナイトはさっそく台所に立って、寸胴鍋やオーブンの中を確かめる。


「うわあ、アスベルさんの作り置き料理、美味しそう……私、すごく大雑把な料理しか作らないから、勉強しないと」


 たっぷり置いていかれたアスベル製シチューとパンを見て、ラスナイトは気合を入れていた。そういえば、とカツキは言葉を選んで尋ねてみる。


「普段、どういう料理を作るの?」

「えっと、チーズとライ麦パンと、たまに牛を解体して干し肉やスープを作ったり?」

「豪快、だね」

「たまによ? 牛はそう滅多に解体しないから! コルムに豆類や野菜を分けてもらうこともあったし、多少は、うん、大丈夫!」


 急にそこはかとなく不安になってきたが、カツキはその気持ちを決して口にしない。


 初めて他人の家で、他人の世話をするラスナイトは楽しそうだ。そこに水を差すような真似をしたくないし、半月間お世話になるのはカツキなのだから、せめて気分よく働いてもらいたいとも思って、基本的に家事全般はラスナイトの好きにやっていいという話になっている。


(まあ、いいか……僕は僕で仕事があるわけだし、そっちに集中させてもらおう)


 カツキは今、例の皮袋から取り出した土を鉢植えやビーカーに移し、作物候補を植え、異なる肥料を与えて観察する地味かつ地道な仕事に従事していた。


 リオが城に帰ってすぐに、ルシウスからルネを通じて正式な依頼がやってきたのだ。まだ魔王との和平交渉は始まっておらず、交渉チャンネルを繋ぐ準備段階だが、交渉開始までにできるだけ取引材料となる手札を増やしておきたい思惑である、とルシウスは正直にカツキへ伝えてきた。少なくとも、直接カツキに複式の書簡を送り、大臣からの正式な依頼であることを証明する書類を付けてきた。これで実は嘘でした、などということはないだろう。


 『農耕神クエビコの手』を使って超促成栽培を繰り返し、多種多様なパターンの作物の生育を書き留め、最適解を見つけ出す。言うは易し、行うは難しとはそのとおりで、ログハウスの日の当たる窓辺に並ぶビーカーの数は十個や二十個ではきかない。外のバルコニー部分にも大量の素焼きの鉢植えが大小列をなし、手に入る範囲のあらゆる植物を育んでいる。


 あまりにも早く育つものだから、カツキは動画の早送りのよう、と思っていたのだが——リオはこう表現した。


「昔こんなアニメの映画見たわ、俺。どんぐりの芽が出るよう小さい姉妹と変な生き物たちが花壇の周りで踊ってさ、一晩でどーんと木が伸びるシーン」


 そうだね、ジ◯リだね、とカツキは心の中で頷いておいた。


 そのくらい『農耕神クエビコの手』、カツキの手によって植えられた作物は生育が早い。その上、肥料の存在を知らなかったこの世界の土壌は、砂漠が水を吸い込むかのように養分を貪欲に蓄え、喜びを溢れさせるように植物の成長へと寄与する。


 それは魔王の住む島……イルストリアという小さな大陸の土壌も同じだ。このアイギナ村の土壌には及ばなくても、尋常でないスピードで作物を実らせる。


 ラスナイトから見てもやはりおかしなことだったらしく、窓辺のビーカーの新芽があっという間に何十センチも伸びていくさまを見て、ラスナイトは分かりやすく驚いていた。


「あれ!? さっき双葉の新芽が生えたばっかりだったのに!? 植え替えたの?」

「いや、全然。多分、僕の祝福ギフトの効果だよ」

「そう、なんだ? へー……びっくりした、わー、信じられない……!」


 それ以来、ラスナイトは何度もビーカーを覗きに来ては「また伸びてる!」とか「もう収穫なの!?」などと叫び、一人で盛り上がっている。もはや感動的でもあるらしく、仕事を忘れてしゃがんでじっと観察しているようになってしまった。


 もちろん、カツキはその邪魔をしたりはしない。ラスナイトが仕事をしなくたっていい、仕事をしたくなったときにやればいいのだ、ととても寛大な気持ちになっていた。初心な男子中学生は、美少女にはとことん甘いのである。


 しかし、それが功を奏した。


 カツキがいくら暇であっても、すべてのビーカー、植木鉢を見張っていられるわけではない。


 窓辺のビーカーを眺めていたラスナイトが、あることに気付いたのだ。


「ねえ、カツキ。ここに何かの植物の芽があるわ、カツキが植えたやつじゃないと思うけれど」

「え? どこ?」

「ほら、これ」


 ラスナイトはそのビーカーを取って、カツキへ手渡す。


「何だろう、元々土の中にあって運ばれてきた何かの種子が発芽したのかな……うーん?」


 テーブルにそのビーカーを置き、しばし二人で眺める。


 謎の植物の芽は、瞬く間に伸び、徐々に金毛を帯び、金色がかった手のひらほどの葉っぱをつけた。同時に、土の中でもぐんぐんと根っこが這っていき、地下茎となって芋類のように金色の蔓が伸びていく——その蔓の周囲に、キラキラと光る小さなものが大量に現れたのだ。


 それが何であるか、カツキには想像がつかなかった。しかし、ラスナイトはすぐに見抜いた。


「わ、わっ! これ、ひょっとして砂金!? うそ、ねえ、どんどん増えてる!?」

「砂金!? ま、待って、取り出してみる!」


 なぜ芋の蔓が伸びて砂金が生まれるのか。さっぱり原理が分からないものの、カツキは蔓の一部を千切ってビーカーから取り出し、木の板に載せる。


 その蔓に触れた手に、金色の何かが大量に付着して、じわじわと形を作り出していく。それは固形の小さな金、砂金となって木の板にころんころんと落ちた。


 十分もすると、生まれた砂金を集めるとコップ半分ほどまで増殖していた。ビーカーの中でもその現象は起きており、ゴマ粒のような金が土壌を席巻していく。


「金がいっぱいできて……ええぇ? 何、これ!?」

「ちょっと待って、これ以上増えられても困る! 移し替えないと!」


 カツキは慌てて金を産む謎の植物をやっと土から抜き取り、土をきれいに払って木の板の上に置く。その間にも砂金はポロポロ生み出され、ラスナイトが急いで小さい箒で床に落ちた土ごと集める。


 二人して何が何だか分からない、金を産む謎の植物が成長を止めたのは、それから一時間後のことだった。

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