第2話 農耕神って誰だか分からん件

 城を案内してくれる兵士の名前はアスベルといい、カツキに同情して身の上を少しだけ語ってくれた。


「俺も生まれたとき祝福ギフト持ちだって街中で喜ばれたんだが、成長して天気予報にしか使えないと分かるとみんな白けて、誰も話題にしなくなったんだ。おかげで祝福ギフト持ちとして徴用されることはなかったんだが、まあ、心に来るよな、あの雰囲気」

「……心中お察しします。あと、ありがとうございます」

「よせよ、気にするな」


 カツキは手にしたゴミ袋とトングをギュッと握る。


(戦争中だから戦えないと無価値と思われるよな。それはもう、どうしようもないよな……でも、他のことならできるし)


 カツキにも罪悪感がないわけではない。クラスメイトが戦地に赴くことになれば、きっと命の危機に晒される。しかし、戦闘能力のないカツキにはそれがない。あったとしても、クラスメイトが負けてこの国が滅びゆくときくらいだろう。


 クラスメイトの半分は女子だし、カツキが一抜けしたと分かれば非難轟々であろうことも想像に難くない。どれだけカツキが自己分析した上でその道を選んだと説得しても、まず聞き入れられないだろう。だったら、もう会わないほうがいい。彼らが上手く行ったなら素直におめでとうよかったねと言って、可能であれば元の世界に帰るとき一緒に連れて行ってもらう。できなくてもそれはそれでしょうがない、何の貢献もできていないのだからと諦める。それしかない。


(無力っていうのはつらいもんだよな。しかも、力があるって言われて喜ばない中学生はいないだろうし、だからこそ偉そうになって……ってことがありありと想像できるわ、うん。漫画の知識のおかげで命拾いしたわ)


 どうしようもない非情な現実、それは異世界だろうと教室だろうと変わらないのかもしれない。


 カツキは大人しく、人畜無害な十三歳男子で、成長期前ということもあって身長も女子と同じくらいだ。クラスメイトに馴染めず、生物科学部という総勢五人しかいない部活で『ねる○るねる○』の色の変化やバケツ稲作などのお遊びで上級生と交流していただけ。成績も上位ではあるが、漫画や本を読むことが好きなだけで勉強が好きなわけではない。


 自分のことは自分が一番分かっている、とはよく言うが、今の状況はまさにそれだ。役立たずの自覚があるからこそ、カツキは身を引いたのだ。戦力にも潤滑剤にもなりえない、仲間外れ。


 やがてアスベルはある部屋の前にやってきて、扉をノックした。


「失礼します! アスベルです、例の英雄召喚についてご相談が!」


 返事も待たず、アスベルは扉を開けた。


(いいのか? 上司か何かの部屋だろうに)


 カツキは恐る恐る、アスベルについて部屋へと入っていく。


 そこは明るい日差しの差し込む、明らかに偉い人の執務室だった。壁一面の分厚い本棚、シックな調度品、大きな机にバルコニーへ通じるガラス扉は開けっぱなしだ。薄手のカーテンが風にそよいでいる。


 一人の老人が、アスベルとカツキを見て、不思議そうな顔をしていた。白い髭を蓄え、まるでサンタクロースのような風貌の、詰め襟の服を着た男性。右手には杖を突き、ひょこっと歩いて二人のほうへゆっくりやってきた。


「アスベルか。とりあえず、話を詳しく聞こうか」

「はっ、お時間頂戴します」


 部屋の扉が閉まり、老人はソファに着席し、兜を脱いでそばかす顔をあらわにしたアスベルが先ほどの空間での出来事について老人へと語る。


「——と、姫様の英雄召喚の儀式は成功しました。三十二人の祝福ギフト持ち、間違いなく異世界から喚ばれた英雄たちでしょう。とはいえ、全員がこの……君の名前は?」

「カツキ。沼間カツキです」

「カツキと同じ年代の少年少女です。伝承どおりではありますが、これは」


 深刻そうに、老人は眉間に深いしわを作った。


「うむ、成功とは言えんな。年端もいかぬ子どもに重責を負わせ、殺戮へと駆り立てる。まるで悪魔の所業ではないか」


 老人の発言は、カツキにとってはあまりにも想定外だった。そうでもしなければ滅ぶからと召喚に踏み切った、王女はそう言っていたはずだったが——もし齟齬があってはいけない、カツキは問いただす。


「でも、人間が滅びそうなんでしょう? だから英雄が必要だった、もう他に手がないからそうしたんでしょう?」


 しかし、待っていたのは老人のシリアスな即答だった。


「だとしても、だ。第一、魔王の再三の和平交渉に応じず、勝利を信じ切って女神像だの聖祭具だのを持ってひたすら突撃していったのはかつての人間の大国だ。平原が血の海になるほど人間が魔物を虐殺すれば、魔王とてもはや和平だと言ってはいられんだろうよ。つまりはそう、自業自得だ」


 カツキは思わず「……うわぁ」と言って、天を仰いでしまった。人間の自業自得で滅びかけている、そのことをあの王女は言わなかったし、カツキがいなくなってからも言っていないだろう。為政者とはそういうものだ、都合のいいことしか下々へ伝えない。要するに、クラスメイトはいいように利用されているだけなのだが、それをカツキがクラスメイトへ伝えたところで誰も信じてくれないだろう。


 どうしようもない裏話を聞かなければ罪悪感が膨らむこともなかったが、もう聞いてしまったからには後戻りできない。カツキは今にもため息を吐きそうな老人へ視線を戻す。


「まあ、それはもう過ぎたことだ、どうでもいい。目下、確かに我々のなすべきことは人間という種の存続だ。そのための英雄召喚に踏み切った王女殿下はさておき、戦いに不向きな君には別のことで何か貢献してもらえないか、と思うのだが、どうだろう? 君の祝福ギフトは何かな?」

祝福ギフト農耕神○○○○の手とありました。具体的なことは分かりませんが、間違いなく戦闘向きではないです」


 そこまで口にして、カツキははたと気付いた。カツキでは、農耕神○○○○を発音できなかったのだ。農耕神○○○○とは一体、とカツキは首を捻りかけたが、その疑問はすぐに老人が解決してくれた。


「そうか。では、私の権限で農耕神クエビコではないが豊穣神デメテルを祀る村へ配置しよう。そこで何ができるかを模索しながら暮らしなさい。もし元の世界に帰る手がかりなど情報があればアスベルを通じて教えよう」


 ——農耕神クエビコ


 カツキには発音できなかったのに、老人はあっさりと口にした。しかも、その名は日本神話の田んぼの神様の名前だ。おそらくこの世界の神様の名前ではなくて、カツキの知識に合わせての名称だろう。カツキはそう考え、それ以上は突っ込まない。


 それはさておき、カツキを安全圏へ置くと約束してくれた老人へ、カツキは精一杯の感謝の気持ちを伝える。


「ありがとうございます! その、助かりました!」

「よかったな、カツキ」

「うむうむ。おお、そうだった。申し遅れた、私の名はルシウス。今はこの国の大臣の一人をしているが、英雄鑑定ヒーローアプレイズ祝福ギフト持ちでね」


 老人こと大臣ルシウスはウインクをしてみせた。お茶目な老人だ、初めからカツキの祝福ギフトを見抜いていたのかもしれない。


「その私が、君は戦闘に向かないと太鼓判を押すのだから、こちらのことは心配しなくていい。無論、アスベルもだがね」


 ええ、とアスベルは相槌を打った。


 こうして、カツキはすぐに城から豊穣神デメテルを祀る村へとアスベルを伴って馬車で移動することになった。慣れるまでアスベルに住民との折衝や買い物について指南してもらえ、との大臣ルシウスの計らいだ。


 村に着くまでの間、罪悪感を何とか抑え、農民の服に着替えたカツキはフード付きマントを深く被って、馬車の隅にうずくまっていた。



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 当然ながら、カツキが魔王討伐から抜けたことを知ったクラスメイトたちは憤慨した。


「何だよ、自分だけ逃げやがったぞあいつ!」

「ぼっちの無能がいたって邪魔だろ、ほっとけよ」

「ずるーい! 女子だって戦うのに!」

「本当そーだよ、頭来るわあの腰抜けぼっち!」


 戦闘訓練をするため、としばらくの宿とする兵舎へ移される道中、そんな合唱が廊下に響き渡る。誰一人カツキを擁護することなく、万能感と希望に満ち溢れた彼ら彼女らは浮かれた調子で自らを肯定していく。


「そんなことはどうでもいい! 俺らは英雄だぞ? 戦って勝てば帰れる! すげー祝福ギフトとか持ってんだからさ、戦術とか組み立てようぜ!」

「また始まったよ、いいんちょのガキみたいな提案」

「えー、でもコンビネーションとかはやりたいかも。ナオもいいんちょにいいとこ見せなよ」

「は? 何であいつの名前が出るわけ!?」


 青春から抜け出せない十三、四歳の少年少女たちは、これからのことなど想像もできていない。生き物の息の根を止めることさえ経験がなく、武器をその手に握りしめたことも、殺戮オーバーキルを意識したこともない。飢えて敵の血肉を口にし、血のみならず糞尿を垂れ流しながら生死を賭けて戦う有様を見たことだってない。


 半年後にそれらを前にして、彼ら彼女らはようやく現実を思い知る。


 自分たちに課せられたのは、非人道的な行いとその責任なのだ、と。

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