第410話 トップ争い
これまで大介に対抗するようなバッターは出てこなかった。
最低でも50本、というのがシーズンホームラン数であり、打率もまず四割ほどで、打点も歴代のトップクラスを毎年。
そんな大介が、ほんの少し衰えたとはいえ、若い選手と競り合っている。
それが東の人気球団となれば、それはもう色々と喜ばれるわけである。
ピッチャーはどうしても、先発が注目されるところがある。
その先発はせいぜいが、週に一度程度の出番。
やはりバッティングをする野手がいてこそ、毎日のニュースや新聞記事を独占するのだ。
レックスとライガースでも、やはり東西の球団で、ライバル関係としては悪いわけではなかった。
だがさすがに球団としてのライバル関係は、一番古い球団と、二番目に古い球団のほうが分かりやすい。
ライガースとタイタンズ、ここまで直接対決はタイタンズが、4勝2敗で上回っている。
もっともライガースは開幕三試合、大介がいなかったのだが。
どちらが勝つにしろ、殴り合いのハイスコアゲームになるのは間違いない。
その試合をドームでやるのは、タイタンズにとって有利である。
ライガースは開幕カードを、センバツのために甲子園でやれなかったが、大阪ドームならさほど変わりはない。
そしてそこで勝ち越したことが、いい感じの今年のスタートになっている。
試合前に大介は、ドームの中を歩いている。
開場までにはまだ時間があるが、また少し変わったかな、とあちこちの施設に顔を出す。
色々なショップがあるのだが、そこにひょっこりレジェンドが顔を出すので、店員たちはびっくりとする。
もっともそれが大介の、試合におけるルーティンの一種だ。
大介の目から見ても、司朗は充分に注目されている。
その契約内容も知っていて、よくもまあタイタンズが取ったものだな、とは思っていた。
高卒で即戦力になるなど、思われていなかったのだろうか。
だが現在リーグでは、ほとんどの打撃指標でトップ5に入っている。
あまりにマイナーなところを除けば、全てと言ってもいいだろう。
大介はあまり走れなくなった。
普通に盗塁は決めているのだが、そこでチャンスを広げる機会が少ない。
だいたい二塁にランナーがいて、一塁が空いていたら申告敬遠。
いっそ一番を打っていたら、自分も最多安打を狙えたのだろうか。
ただMLBで一番を打っていた時も、それは無理であった。
24年間の選手生活で、23回の三冠王。
25試合も欠場したシーズンにおいて、取れなかったのはなぜか首位打者であった。
キャリアワーストながら、ホームランと打点はトップという意味不明のもの。
今年も開幕欠場はしたが、打率はほぼ四割である。
司朗の調子がこのままなら、二人目の四割バッターの誕生だろうか。
時代が次に移ろうとしている、とは感じていた。
上杉が引退した時から、明確にそれは感じていたのだ。
自分の目がいつまで、ボールに反応できるのか、それを気にしている。
あと一年か二年か、おそらくそれぐらいで一気に衰えが来る。
野菜の星の生まれの人ではないので、戦闘に適した若い時間が、長いわけではないのだ。
ロッカールームに戻ると、改めて確認する。
ここでタイタンズを叩いておくのは、シーズン全体に影響するかもしれない。
特に先頭の司朗は、タイタンズの打線の動きを、さらに激しいものにしている。
タイタンズはどうして司朗を取ったのか、周囲は不思議がっていた。
司朗は間違いなくMLBに行くであろうし、その時に早めに行くことは決まっていたようなものだ。
直史がどういう交渉をしたのか詳細は知らないが、ちょっと聞いた限りだと日本の大学ではなくアメリカの大学進学というルートも考えていたそうだ。
それでも司朗を思いとどませることが出来ると思ったのか。
今日の試合先発は、ライガースが躑躅でタイタンズは堀田。
一応ピッチャーとしてのレベルは、堀田の方が上であろうか。
躑躅は途中わずかに離脱もあったが、ルーキーで20先発10勝6敗と見事な数字を残した。
ただ大卒即戦力扱いでは、今年の御堂の方が上であろうか。
一ヶ月が終わったところなので、これからが評価が決まってくる。
ボールに慣れられたら打たれる、というのがおおよその新人なのだ。
ライガースの打線陣で、堀田をいかに早く降ろすか。
タイタンズもライガースと同じく、リリーフ陣は微妙なのである。
レックスのように終盤に強くないと、やはり勝つのは難しい。
安定した強さというのは、リリーフ陣の安定ではないのか、と大介は考えている。
司朗は五月に入ってから、まだホームランを打っていない。
だが長打はそれなりに打っていて、打点は稼いでいる。
将来的にはどんな選手になるかだが、外野を広く守れるのは強い。
一塁や三塁だけであると、どうしても並外れた長打力を求められるからだ。
増えてきたアスリートタイプの長距離砲。
だがショートを守れるスラッガーはほとんどいない。
本日の時点で大介と司朗の争う、三冠王の数字はまず打率。
大介が0.396で司朗が0.400である。
まだまだシーズンはたっぷり残っていても、こういう競争をしてくれるとプロ野球全体が盛り上がる。
これに関して色々と、ファンは語り合ったりするのだ。
安打数では既に司朗が大きくリードしている。
だが大介の成績を見るのに、安打の数を見る人間は少ない。
重要なのはホームランと打点。
そしてOPSといったあたりだ。
司朗はとにかく、得点の部分で勝利している。
また盗塁でも、かなり圧倒的な差をつけているのだ。
一番バッターと二番バッターで、役割が違うこともある。
それに何より実績が違う。
大介のようにボール球を、打っていくことを新人の司朗は許されない。
そういったこともあって、二人のプレイスタイルは違ってくるのだ。
ライガースのピッチャーは、レジェンドに対する敬意がある。
タイタンズのピッチャーは、純粋に味方を応援しきれない。
レジェンドの父を持ち、甲子園の大スターで、いくらでも合コンで女が寄って来る。
シーズン中なのでと、そういった遊びを断ってくるのも、生意気なものである。
もっともそういった節制があるからこそ、司朗は数字を残せるのだが。
ともかく相手の、試合を動かすバッターを封じる。
これに成功したチームが、このカードを勝ち越すことが出来るだろう。
圧倒的なエースのいない、打撃型チーム同士の対戦。
見ている分には間違いなく、面白くなるものである。
一回の表から、大介の打席は回ってくる。
先頭の和田は出塁できていないため、ここは無理に勝負をしなくていい。
ボール球を中心に、打ってきたら上手くアウトになるかもしれない。
その程度の考えで、打ってくれるのを待つのである。
大介としてはここは、ボール球を選んで塁に出てもいい。
確率論的には、その方がOPSが上がるのである。
だがバットの届く範囲なら、打ってしまうのが大介である。
アウトローを強く打っていったが、その打球はレフトの正面。
いい当たりではあったが、ヒットにならないことはあるのだ。
一回の表のライガースの得点はなく、タイタンズの攻撃がやってくる。
先頭打者の司朗は、ここはとりあえず出塁を狙っていくところである。
初球からアウトローに投げてきたが、これに軽く合わせていった。
レフト前に落ちて、シングルヒット。
どうせならもっと球筋を見ていった方がいいのかもしれないが、そこはピッチャーとの駆け引きである。
初球から探ってきて、ファーストストライクを取りにくる。
普通の先頭打者ならば、もっと見てくるはずなのだ。
だが司朗は、95%ほどの確率で、これをヒットに出来ると確信していた。
ならばさっさと打ってしまおう、という考えである。
どんなピッチャーも初球で、ストライクがほしいのだ。
司朗は自分もピッチャーをやっていったのと、読心能力でそれが分かる。
おそらくこのあたりに投げるのだろうな、と予測がつけばそれに合わせるだけ。
まずは最初の攻撃で、ノーアウトのランナーとして出る。
チームとしてはこれで、チャンスをどう活かすか、という話になってくるのだ。
盗塁をこの時点でするべきか。
さすがにベンチに判断を任せるが、行けそうなら行けとのサインが出た。
もっとも躑躅はサウスポーなので、難易度は高い。
だが視界に入っているからこそ、逆に動きで注意を引くことが出来る。
盗塁をしなくても、バッターの援護をすることは出来るのだ。
ここからタイタンズは、まず一点を先制した。
進塁打とヒット、そしてタッチアップという感じである。
打率は司朗が上がり、大介が下がった。
もっとも試合の序盤であるので、ハイスコアゲームの得意な両チームとしては、どちらも動揺したりはしない。
先制点が重要なのは、高レベルのアマチュア野球まで。
あるいは投手戦なら、プロでも重要なものだが。
二回以降となると、両チームがさらに積極的になってくる。
どちらもが点の取り合いで、試合に勝つチームであるのだ。
ただタイタンズは最近、リリーフが安定してきた。
それも先発がしっかり最低限の働きをしてくれないと、あまり意味がないものであるが。
やはり盛り上がりを見せるのは、大介の第二打席。
ランナーが一人いるので、得点のチャンスである。
ドームのタイタンズファンとしては、ここはピッチャーを応援する場面であろう。
だが大介の打撃となると、もうどのチームのファンかは別に、ひたすら見る価値があると思うのだ。
スコアは3-1と変化している。
大介相手ではあるが、ランナーは一塁。
歩かせて得点圏に進めるのは、あまりいい選択ではない。
ただホームランを打たれたら、一気に同点になる。
外のボール球を投げて、ミスショットを狙う。
そういう考えでいると、大介は見抜いてくるのだ。
外の低めの球は、バットがなかなか届かない。
それでも先に当てて、腰の回転で遠くへ飛ばす。
レフト方向のフェンス直撃となる長打。
これで打点がついて、大介もツーベースヒットを打ったことになった。
対する司朗は、二打席目は平凡な外野フライ。
だがこれはあえて、ヒットを打たなかったものである。
本気でヒットを量産するなら、司朗は四割を軽く打てる。
しかしいつもそんなバッティングをしていたら、まともに勝負してもらえなくなるのだ。
これは直史から学んだことだが、その直史は樋口から学んでいる。
わざとアウトになっておいて、重要な場面でこそ打つ。
なんなら甲子園の決勝や、日本シリーズの最終打席で、サヨナラホームランを打つための方法だ。
相手にある程度、油断させる必要がある。
重要なのは打率でも得点圏打率でもなく、決勝打を打つことだ。
ただし味方に打撃を信用されるため、ある程度は打っておく必要がある。
そしていつも決勝打を打っていれば、勝負強さを必要以上に警戒されてしまうだろう。
樋口はNPB時代に、打撃タイトルの部門で、ほとんど五位以内に入っていた。
その中でも特に重要視していたのは、打点である。
三番を打つことが多かっただけに、ランナーがいるならそれを返し、自分もチャンスを継続させる。
そういったバッティングをしていたため、安定感は抜群と言われていたのだ。
打てるキャッチャーの中でも、樋口は走力もあったため、かなり異質なものであったろう。
そういった選手を、司朗も目指している。
試合が進んでいくと、おおよその流れが見えてくる。
今日の試合はあと一発、どこかで大きな動きがあれば、勝敗が決まるだろう。
司朗に回ってきた第五打席は、ランナーを前に置いた状態でのこと。
二人もランナーがいるが、司朗は今日は初回の単打だけのため、さほど警戒されていなかったのか。
ここで一発が出る。
スリーランホームランで、一気に逆転である。
試合は7-5でタイタンズの勝利。
また司朗はホームランによる三打点で、現在の打点王である大介に、一点差まで迫る。
打率についても司朗は、わずかに大介と差がついた。
ホームランの数についても、充分に追いつく可能性が残されている。
司朗が考えるに大介は、その打席ごとに全て、相手との対決を楽しんでいる。
だから全力で打っているため、かえって勝負を避けられてしまうのだ。
打たれたら逆転、という場面でも勝負出来そうなのは、直史ぐらいであろう。
その直史にしても、去年のクライマックスシリーズを見る限り、リスクのある場面では勝負を避けている。
ピッチャーには勝負を選択する自由があるのだから。
考えてみれば直史などは、大介はもう全部歩かせてしまって、他のバッターでアウトを取ることに専念すれば、それで勝てるのだろう。
もっともそうするとランナーとして大介が出るので、出来ればアウトにしておきたいのだろうが。
まあ直史を、他のピッチャーと一緒にしてはいけない。
点を取られても大丈夫な場面を作って、そこで勝負をする。
あまりに勝負を回避していっては、興行として成り立たなくなるのだ。
最多安打はともかく、他の打撃タイトルで、大介に追いつくはずはなかった。
だが盗塁の数が多いため、司朗は敬遠などもされにくい。
一番打者の割には、打点もかなり多くなっている。
そして打率で、大介を上回っているのだ。
司朗が比較するに、出塁率では全く大介にかなわない。
とにかく敬遠されている数が、圧倒的に違うからだ。
そんな司朗もまた、出塁率は相当に高い。
それでもヒットの数は、大介よりもずっと多いのだ。
二人の比較というのが、テレビなどではされている。
ネットでは毎日、この比較をしているサイトがあったりする。
ただこういったサイトも、司朗の決勝打については、あまり言及していない。
一番バッターである司朗は、そこまで決定的な得点を、自分で記録しているわけではないのだ。
むしろ同点や逆転のホームは、後ろの打者のバッティングによって、踏んでいることが多い。
大介は長打率が、やや落ちてきている。
それでも司朗より、ずっと高いものだが。
最強のバッターが衰えてきて、新人がそれに迫っている。
数字の上ではそう見えるのかもしれないが、実際はそういうものではない。
大介はいまだに、敬遠される数が圧倒的に多い。
対して司朗は、試合に勝つために、必要な場面で打っている。
第一打席の出塁率が高いのと、あとは試合の終盤で打つことが多い。
ここまで分析出来たなら、対応も変わってくるのだろうが。
大介はとにかく、油断してはいけない。
今日は凡退ばかりだな、と思ったら最後の打席でホームランを打ったりするからだ。
試合の序盤から中盤、そして終盤での打率を、比べてみるべきかもしれない。
少なくとも司朗は、ヒットが必要な場面と、出塁でいい場面、これを考えているのだ。
普通に打っていっても、大介に勝つことは出来ない。
だが自分の打撃成績ではなく、チームの勝敗で大介に勝つべきだ。
少なくとも今の時点では、まだ正面から対決するなど、それは無理があるだろう。
第二試合も、ハイスコアゲームとなる。
だがこの試合はライガースが、ピッチャーの中ではエース格の友永を先発させているため、有利に戦える。
司朗はこの試合、出塁を優先した。
フォアボールで確実に出塁し、チャンスを作る場面が多かったのだ。
対して大介も、無茶な体勢からのヒットなどを打っていく。
単打だが、それで打点を追加したのだ。
司朗も珍しく、スリーベースを一本打った。
出塁すれば点になるかは、後続の仕事である。
ただこの試合の結果で、打率が四割を切ってしまった。
もっともヒット一本を打てば、またすぐに四割に乗せてくるぐらいであるが。
この時点で既に、26盗塁の司朗。
リーグの盗塁部門では、圧倒的な一位になっている。
自分が取れそうなタイトルを、忘れているわけではない。
だが想像以上に、大介に対抗出来ている。
この直接対決だと、お互いの打席が終わるごとに、打率が上下して行く。
そして現時点での首位打者がどちらか、見ている方としても面白いわけだ。
司朗は首位打者にはこだわっていない。
正確にはこの数字は、あまりこだわらない方がいいと言われ、その教えを守っている。
他の打点やヒットの数と違い、打率は積み重ねるものではない。
運悪くアウトが続いたら、落ちていってしまうものなのだ。
大介などはともかくとして、過去の三冠王などにしても、一番難しいのは首位打者だ、と言ってくる。
勝負を避けられて、三打数一安打でも、今の打率からは落ちていく。
打率を維持しようと思うと、積極性が落ちてしまうのだ。
せめて出塁率なら、フォアボールを稼いだりもするのだが。
打点や安打、こういった積み重ねるものを、数えていった方がいい。
打率については上下するので、積み重ねというものがない。
司朗が一年目から、大介の記録を抜けるのは、最多安打と盗塁ぐらいだ。
この二つはなんとか、新人記録を更新しておきたい。
タイトルを取れば新人王も、ほぼ確定と言っていいだろう。
衰えつつもまだ恐ろしいうちに、なんとか勝っておきたいのだ。
ただ大介も全盛期は、90盗塁などを記録している。
しかしこのシーズン記録は、日本記録を塗り替えることが出来なかった。
だから大介は、万能型のバッターではあるが、どちらかというとスラッガーと言われるのだ。
司朗が目指すのは、クラッチヒッターである。
大介も充分にクラッチヒッターであるのだが、それでもチャンスに敬遠されることは、圧倒的に多いのだから。
司朗はとにかく、点が入るようにしたい。
自分が打つこともある程度は必要だが、チャンスメイクをしっかりした方が、今のタイタンズにおいては重要だと思うのだ。
もっともタイタンズは、連打というものが少ない。
それでも司朗がノーアウトから出塁すれば、盗塁と合わせて上手く点につなげることが出来る。
だが点が足りず、二試合目は6-4でライガースの勝利となっていた。
出塁率の高い選手、さらに走力もあるなら、そちらを一番に置くべきではないか。
だがタイタンズの首脳陣は、司朗を一番で使っている。
それならばそれで司朗も、己の役割を果たすのみである。
第三戦は、とにかくヒットの数を増やしていく。
プロ一年目から、200本安打が現実的な、現在の司朗であった。
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