第400話 人を呪わば

 高卒新人が開幕から連続でヒットを打っていた記録は、大介の18試合連続である。

 そもそも高卒野手が、開幕から使われるということが、珍しいことではあるのだ。

 司朗はここまで、10試合連続。

 それも直史と武史からも、しっかりとヒットを打っているのである。

 大介の場合も、弱いピッチャーばかりに当たっていたわけではない。

 また上杉との最初の対決も、ホームランを一本打っていた。


 司朗は悩むことが多い。

 序盤ではあるが、打率は軽く四割をオーバーしている。

 自分がこれだけ打っているのに、チームとしては大きく負け越し。

 そして負けても負けても、すぐに次の試合がある。

(高校野球とは違うな)

 そうは思ったが、比較的集中力は保っている。


 スターズとの第二戦、司朗はまたもヒットを打つ。

 そしてチャンスの場面で、プロ初めての申告敬遠を受けた。

 やっと少し恐れられるようになったのかな、と司朗としては感慨深い。

 試合の結果もタイタンズが、打撃で上回って勝利である。


 せめてカードが一巡でもしなければ、なんとも言えないシーズン序盤。

 ここまで司朗は、打率でトップを走っている。

 もっとも大介は、開幕のダッシュがつかなかった。

 それでいて打点は、トップに立っているのである。


 勝負してもらえる打席が、圧倒的に少ない。

 それなのに打点がトップというのは、長打力が圧倒的なためだ。

 プロ生活25年目の選手が、ルーキーと争っている。

 なんとも不思議な話であるが、ライガースはようやく勝ち星が先行してきた。

 タイタンズはレックス戦の三連敗が痛い。

 せめて一つは取っておけば、というカードであった。


 そのあたりも考えて、やはりタイタンズはピッチャーが課題である。

 先発ローテの中で、ある程度期待できるのが四枚まで。

 それも決して、相手のエースクラスと戦えるほどではない。

(かといって高校野球とは、比較にならないレベルなんだよな)

 甲子園でも七割を打っていた司朗が、現在は四割。

 開幕戦は派手であったが、徐々に数字は常識的になってきている。


 第三戦目も、ヒットを一本。

 ツーベースに加えて、フォアボールでの出塁もある。

 だがこの時期にもう、大介はおおよその数字で、司朗を上回っている。 

 もっとも司朗としては、ヒットと盗塁を増やしていっている。

 打率も悪くはないのだが、気分的にそちらは深く考えていない。


 スポーツにおいて重要なのは、積み重ねていく記録だ、と言われている。

 確率を収束させるのは、案外難しいものなのだ。

 打点やホームランと違って、打率は積みあがるものではない。

 ミスショットをすれば、下がっていく数字だ。

 なので成功体験を積み重ねる、ヒットの数や打点の数、そしてホームランなどを重視した方がいい。

 これが現代野球の、思考のメソッドである。




 大介からすると複雑であり、妬ましいことである。

 敬遠をされまくる大介は、どうしても最多安打のタイトルが取れない。

 他に取っていないタイトルは、もうないのが大介だ。

 もっとも長打を捨てていけば、ピッチャーもどんどんと勝負をしてくるだろうが。

 これ以上の長打率を保つなら、打率の上昇や安打数は諦めなければいけない。

 OPSで評価するなら、それでもまだ歩かせるより、打たせた方がマシであるのだが。 

 ただし大介の、足の速さというものもある。

 最近はかなり、盗塁も減ってきたが。


 レックスはフェニックス相手の第一戦、なんと百目鬼がマダックスを達成した。

 直史が毎年何度も達成しているが、実のところは難しい記録なのだ。

 フェニックスは今年もボロボロかと思われているが、実はスターズとほぼ変わらない。

 第二戦は木津が先発し、クオリティスタートを達成する。

 しかし同点の状態で継投をし、後ろのピッチャーが打たれてしまった。

 四点取っているので、去年よりはずっといい。

 これが去年までの得点力なら、負け星がついていたかもしれない。


 そして第三戦、

 ローテの六枚目として、初先発を勝利で飾った鳴瀬。

 この試合も七回三失点と、クオリティスタートを見せ付ける。

 レックス打線の援護もあって、後続のリリーフもしっかりホールドやセーブを記録。

 12試合が終わって10勝2敗と、圧倒的な勝率を誇っていtる。


 ここからいよいよ、開幕から最後のカードとなる。

 去年の一位と二位が、まだ対戦していなかった。

 レックスはライガースと、いよいよ甲子園での初対決。

 しかもレックスは直史が先発と、盛り上がりしかないような対戦である。


 そしてタイタンズも、ここが肝となるような対戦。

 去年は三位であったカップスと、今年の初対戦だ。

「5勝7敗かあ……」

 本拠地のドームで、カップスとの対戦となる。

 去年もそうであったが今年も、レックスがスタートから圧倒的な力を見せている。

 しかもこれで、まだクローザーが戻ってきていないのだ。


 どうしてここまでレックスが強いのか。

 もちろん直史が、確実に勝っているというのもある。

 だがスーパーエースを根拠とするなら、スターズも強くないとおかしい。

 やはりチーム編成において、レックスの方が優れているから、ということになるのか。

「一軍は良さそうだなあ」

 同期入団の選手と、食堂に集まって話したりもする。

「ファームも良さそうですけど」

 この集団行動については、司朗はちょっとストレスを感じている。




 高校時代も自宅から通っていて、合宿もさほど長くはなかった。

 だがプロになってからは、共同生活がかなり多い。

 キャンプの間などは、ツインルームであったりした。

 合宿所に比べれば、まだしもマシではある。

 ただ司朗は他人と生活スペースを、一緒にするのが苦手なタイプだ、と自分を分析していた。


 基本的に高卒選手は、五年間は寮生活となる。

 もっともずっと一軍にいるような選手は、早めに出て行くことになるが。

 東京ドームの場合、司朗は実家から通った方が早い。

 もっともトレーニングルームの施設などは、こちらの方が揃っているのだが。


 タイタンズは即戦力のピッチャーを、比較的多く取ったはずであった。

 しかし実際のところ、10年後に残っている選手など、10人指名して二人ぐらいなのだ。

 それだけ競争の激しい世界であると、果たしてどれぐらいの選手が認識しているのか。

 司朗としては一年目で文句のない成績を残し、二年目あたりでもう実家に戻りたいな、と考えていたりする。

 実家大好き人間であるが、それを言うなら直史も似たようなものだ。


 寮からドームに通うのに、司朗は他のメンバーの車に、同乗させてもらっている。

 今年のオフには免許を取った方がいいな、と考える司朗である。

 都内に住んでいると、特に車など必要ないかな、と思わないでもない。

 たまに使う程度ならば、タクシーの方が便利であるからだ。

 そうはいっても実家には、何かの時のために車はあるのだが。


 カップスとの試合が終われば、次はアウェイでの試合となる。

 スターズはむしろ近いぐらいだが、その次は甲子園でライガースとの対戦だ。

 カップス戦でまず最初の、それぞれのチームとのカードが終了する。

 このカップスとの初戦を、タイタンズが戦っている間、レックスとライガースの試合が行われる。 

 甲子園において、直史と大介の、今年最初の対決が行われるのだ。

 大介との対決となると、司朗の場合はどう判断するのか。

 バッターとバッターの対戦は、あまり考慮されないものだ。

 シーズンの終了までに、総合成績で比べるものだろう。

 もっともホームラン数などで、勝てるとは思っていない司朗である。


 カップスは今年、それほど強い姿を見せていない。

 だが去年にしても、シーズンの序盤はそうであったのだ。

 シーズン序盤から、ずっと最後まで失速しなかったのはレックス。

 それでも最後の最後に、ライガースからそれなりの追い込みをかけられたが。


 カップスとの第一戦、舞台は東京ドーム。

 司朗を相手にカップスは、どう攻めてくるか。

 カードが一巡するまでは、それほど悩む必要はない、と首脳陣は言っている。

 スペック的には司朗が、プロの一軍で通用すると分かっただけで、充分であろうからだ。

 五打席回ってきたが、しっかりとフォアボールも選んでいく。

 ヒット一本を打って、また盗塁も決める司朗であった。




 スーパールーキーの活躍よりも、今日は注目される試合がある。

 レックスとライガースの対戦であり、今年最初の直史と大介の対戦だ。

 果たしてあと何度、こうやって対決することがあるのか。

 レギュラーシーズンにしてもポストシーズンにしても、残りは限られているだろう。


 開幕のカードを欠場し、不安を持たれていた大介。

 だが試合に出てみれば、今年もしっかりと結果を出してくる。

 むしろその故障を、大きく見すぎたと言うべきであろうか。

 レックス戦までの4カードで、出塁率が六割を超えていた。


 開幕こそタイタンズに負け越したライガース。

 だが甲子園での開幕は、しっかりと勝利していた。

 ここまで7勝5敗と、五分以上の数字に戻してきている。

 ただ既に10勝に到達したレックスとは、勢いが違うと言ってもいいだろう。


 また今日はレックスの先発が直史。

 負けることはほぼ確定である。

 もっともライガースの中でも、直史の仕上がりを疑問視する人間はいる。

 世界で一番、直史相手に打っている、大介のことである。


 あのタイタンズとの試合、直史は無理をしすぎた。

 初回に一点は取られたものの、あとはパーフェクトピッチングであったではないか、というのは事実である。

 だがその事実の奥には、他の現実も含まれている。

 元から試合前のブルペンでも、キャッチボールから仕上げていく直史。

 試合前に会う機会はなかったが、大介は疑っている。


 あの直史のピッチングは、全力を出しすぎたものではなかったか。

 中六日あれば、直史ならば回復するはずだ。

 そう思うのだが、あれはレギュラーシーズンで使うには、強すぎる力ではなかったか。

(そうは思っても、対応出来るバッターが少ないんだよな)

 一回の表、レックスの攻撃が先にある。

 ここで先制されなければ、チャンスがあると思う大介だ。

 あのピッチングはそう何度も、簡単に使えるものではないはず。

 実際に対戦してみた大介が、それはよく分かっている。


 ライガースの本日の先発は、畑である。

 安心して二桁以上の勝利を望める、ライガースのローテピッチャー。

 だが今年のレックスは、かなり攻撃力が増している。

 緒方が少し抜けているが、そこは小此木がフォローしている。

 MLBから戻ってきて、今年の打力上昇に、貢献している小此木。

 珍しくと言うべきか、レックスの編成がしっかりと、戦力を強化してきた。


 ただ穴というほどではないが、不安要素はある。

 小此木が今はセカンドにいるため、サードがまた弱くなっているのだ。

 ドラフトで取った大豊を、コンバートさせるかという案もあるらしい。

 しかし内野を外野にするよりも、外野を内野にする方が、難しいはずだ。




 試合はレックスから先攻である。

 左右田から小此木、そしてクラウン、近本、カーライルに迫水と続く打線は、相当の得点力を持っている。

 その不安は的中に、初回からレックスは二点を先制。

 これで勝負は終わったかな、と思ってしまう人間もいるだろう。

 試合の勝敗とは別に、直史と大介の対決も、望まれているものである。

 そして舞台が甲子園なので、盛り上がりは最高潮。

 一回の裏から、二人の対決となるのだ。


 ライガースの一番和田は、直史に苦手意識を持っている。

 そもそも直史に対しては、打率が0に近いので、それも仕方がないだろう。

 出塁率さえほぼ0なので、完全にカモにされている。

 もっとも大介から見れば、和田を危険視しているからこそ、しっかりと打ち取っているのだが。


 何か意識を変えたとして、それで打てるというわけではない。

 大介でさえ直史に、確信を持って対峙できるわけではない。

 もっともそれを言うなら、一定レベルのピッチャー相手では、全てがそうなるという話だが。

(さて、どうくるかな?)

 二点もリードを貰っているので、普通に勝負してくる可能性もある。

 そう思っていたところに、確かに打てるボールが投げられた。


 左方向に強烈なライナー性の打球で、フェンス直撃。

 スタンディングダブルで、余裕の二塁到達である。

 気の抜けた球だったな、とベース上で首を傾げる大介。

 だが今日はマウンドの上からも、あまり強い気配を感じさせない、それでいて凍るような恐怖も感じさせない、珍しい直史だ。


 純粋な配球とリードだけで、バッターを抑えていく直史。

 それを感じて大介は、今日はハズレの日だな、と感想を抱く。

 ならば勝てるのか、というとそれも違う。

 直史は試合の勝利だけを考えるなら、いくらでも勝っていくピッチャーなのだ。

 ただ今日はと言うか、タイタンズ戦からこちら、実は調子が戻ってこない。

 長いレギュラーシーズンのペース配分を間違えて、一度MPが空になってしまった。

 その回復に、中六日では不充分である、ということだ。


 それでも大介の後続を絶って、一回の裏は無失点。

 セカンドベースから大介は、直史の調子を観察していた。

 球速も150km/h出ていないが、それだけが問題なわけでもないだろう。

(気力が感じられないな)

 ほんのわずかずつ、コントロールやスピンが精密さを失っている。

 大介にしか分からないことだが、確かだと思えた。




 直史としては不本意なピッチングである。

 そこそこヒットを打たれているので、ある程度球数を増やしてでも、バリエーションを増やさなければいけない。

 集中しきれていないことが、こういう結果をもたらしてくる。

 ブルペンの豊田は、少し心配はしながらも、ちゃんとリリーフの準備をさせていく。

 なんだかんだ打たれながらも、直史は失点は許さないのだ。


 今日は遅い日、とでも言うべきだろうか。

 技巧派ではなく軟投派の面が強く、変化球の緩急で抑えていく。

 なかなか三振が取れないが、それでも安易に球威の勝負は挑まない。

 序盤にもう一度試してみて、センターオーバーを打たれたのだ。


 球威では空振りが取れない日だ。

 組み立てを上手く使って、緩急で空振りや見送りを取る。

 だがリードに関しても、上手く組み立てていけない。

 普段よりも使える手数が減っているので、迫水に任せることも出来ない。


 毎回ヒットを打たれるという、直史にしては奇妙な試合。

 それでも点を取られない、異常な試合とも言える。

 かつて大学において、とんでもない数のフォアボールを出しながら、無失点で抑えた試合があった。

 これはそれでもなく、ランナーにヒットを許しても、失点をしないという試合になっている。

 ライガースの強力打線が、全く機能していないというわけではまい。

 だがとにかく、点が入らないのである。


 二打席目の大介には、申告敬遠がなされた。

 今日の調子では仕方がないだろうな、と大介も納得する。

 本当ならいつも、お互いに万全の状態でやりあいたい。

 そもそも直史が万全の状態の時には、一度も勝ったことがない。

 直史としてはそれなりの準備をしているのだが、大介の主観としてはそうなのだ。

 この大介の後のバッターを、上手く抑えていく。

 しかし六回に、ついに捕まってしまった。


 レックスはさらに二点を追加している。

 だがここで、ライガースの連打を許し、一点を取られてしまった。

 なんとも直史らしくないピッチングだが、普通のエース級のピッチングではないか。

 もっともヒットの数が、これだけ多いのは不思議な話だ。

 これだけヒットを打たれても、一点だけの失点で済んでいるのは、フォアボールがないからだが。


 六回の攻防が終わったところで、4-1のスコアになっている。

 直史は球数が90球を超えて、ここで交代である。

 レックスは今年大量リードの試合が多かったので、あまり勝ちパターンのリリーフ陣の出番がない。

 だがこの一試合前には、そのリリーフ陣を二枚切っていたのだ。


 直史は途中で降板する場合でも、多くは相手のバッターの心を折っている。

 しかしこの試合に限っては、そういったピッチングも出来ていなかった。

 そして相手は、バッティングの強いライガース。

 七回に出てきた須藤から、いきなり一点を返したのであった。




 残り2イニングで二点差。

 去年までのレックスであれば、充分なリードと言えたかもしれない。

 しかし平良がいないことで、九回を任せるクローザーが欠けている。

 大平も充分にクローザー適性はあるのだが、それでも平良ほどの安定感はない。

 フォアボールが多いというのは、クローザーとしてはあまり好まれない条件だ。

 メンタル的なことを言うのなら、確かに適性は高いのであるが。


 これは駄目だな、と直史はベンチで感じていた。

 自分にも責任はあることだが、それでも六回を一失点。

 クオリティスタートは決めたのだから、あとはチームの責任である。

 そして今のレックスには、やはりクローザーが必要なのだ。

 前日のフェニックス戦では、国吉が一点を失ったものの、大平はしっかりと抑えていた。

 だがフェニックスとライガースでは、打線の力が違う。


 九回の裏から、スリーランホームランで大逆転。

 大介を歩かせてしまっても、後ろのバッターが打つのである。

 今年初めてのサヨナラ負けで、直史の勝ち星も消えた。

 本人としてはもう、試合の流れ全体が、悪い方向に走っているのは分かっていたのだが。


 今年のレックスの打線なら、追加点を取っていくことも出来ただろう。

 だが流れが悪くなってしまっては、それもまた難しい。

 先発投手のリズムが悪く、一失点という数字だけではないのだ。

 他のピッチャーであるならば、それで充分と言われるのであろうが。


 シーズン全体を考えて、投げる必要があった。

 あのタイタンズ戦の影響が、他の試合に出てしまっている。

 一点を取られたぐらいで、変に動揺するべきではない。

 おかげでこんな感じで、チームは負けてしまうのだ。

(これはちょっと、明日にまで引きずるかな?)

 充分な数字を残しながらも、それではまだ足りないのだ。

 直史はそれが分かっていて、内心でため息をついていた。

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