第323話 遠征街道

 フェニックスとのカードに全勝したライガースだが、まだまだアウェイでのゲームは続く。

 この間ずっと、ユニフォームはビジター用のものである。寂しい。

 次の相手はタイタンズである。

 ドーム球場なので、地味に体力は削られない。

 もっともプロ野球選手というのは、基礎体力がそもそも違う。

 攻守交替の時でもちんたら走っているように見えるが、それを半年間続けるわけである。

 長距離走の能力は、本来ならば必要ない。

 だが一般人が音をあげる程度で走れるぐらいの、体力はやはり必要なのである。


 移動でも地味に体力は削られる。

 今回の場合は休養日を使って、名古屋から東京への移動だ。

 そこから横浜、そしてまた東京と、移動の日々は続く。

 ただアマチュア野球に振り回されるのは、ライガースだけではないのだ。

 レックスは大学野球が長引けば、それだけ練習時間を削られる。

 また高校野球の都大会でも、夏の準々決勝以降は、神宮が使われる。


 練習時間が削られてでも、ホームでやれた方がいいのか。

 それはどうか分からないが、少なくとも大介は、こういうことには慣れている。

 移動が辛くてはメジャーでは戦えない。

 移動したその日に試合、というのは普通にあることであったのだ。

 NPBと同じ期間か、もしくは少し短い間に、162試合もこなしてしまう。

 これは基礎体力が問題となるのだ。


 もっとも直史が中五日か中四日で、あがりの日もなくずっと帯同し、最高で34勝してたりするので、単純な体力とも言えない。

 節制を含めた自己マネジメント能力が、要求されていたリーグである。

 大介は純粋に試合が増えたため、年間で80本のホームランを打ったりしたが。

 NPB時代と違い二番打者が多かったので、それだけわずかずつ打席は増えていった。

 勝負を避けられることもさらに増えたが、時代が殴りあいであったというのも、大介の記録の更新には有利になっただろう。


 そんな大介にとって、東京ドームはホームランを打ちやすい。

 普段からライナー性の打球を心がけているのは、特に甲子園の場合、ライトに打っても浜風で押し戻されることがあるからだ。

 問答無用でそれを、場外まで飛ばしてしまう。

 いまだに甲子園で場外ホームランを打ったのは、大介だけである。

 それに比べると東京ドームは、他の意味でも優しい球場だ。




 平均して一試合に、五打席は大介に打席が回ってくる。

 それだけライガースが、打撃のチームであるということはある。

 ただ初回に勝負を避けられることは多く、特に一回の表の攻撃だと、その確率は極めて高い。

 しかし前にランナーがいなければ、最悪でも一点、と考える人間はいるものだ。

 逃げ気味の配球で勝負されれば、大介もミスショットはある。

 本当に全てを打ってしまっていたら、それこそ勝負などされなくなってしまう。


 八月に入ってからの、大介の月間打率は三割。

 一時は二割ちょっとであったのだから、シーズン平均に戻ってきていると言える。

 打率が高くなりすぎると、勝負を避けられてしまう。

 するとどうしてもホームランや打点の数が、得られる機会が減ってしまう。

 そのためには盗塁が必要なのだが、成功率を高く維持しなければいけない。

 色々と考えることは多いのである。


 大介は今、打率をあまり重要視していない。

 重要なのは出塁率と、長打率である。

 それなのにほぼ四割を打っているあたり、ほとんど詐欺のような性能ではある。

 しかし今のライガースでは、二番打者とはそういう役割なのだ。


 この間もスリーランなどを打ってしまったため、逆転ホームランになりそうな場面の勝負は減っていくだろう。

 一応はOPSからして、ソロは打たせても構わない。

 ただランナーがいれば、OPS以上の数字と考えなくてはいけない。

 しかしランナー一塁で歩かせれば、得点圏でクリーンナップを迎える。

 だからミスショットも期待出来る際どいボールで勝負する、というのがおおよその対処法となっているわけだ。


 そんな大介であるから、その日の最初の打席がホームランになることは、よくあることなのだ。

 ピッチャーがマウンドに登り、まだ完全に試合の感覚と気分が一致していない。

 ボール球にするはずが、少し甘く入ってきて、それを打たれてしまう。

 ソロホームランが圧倒的に多い、大介のバッティング。

 タイタンズとの第一戦も、そんな感じで始まった。




 どうすればホームランが打てるのか。

 大介は実は、あまりそれを考えたことがない。

 考えるのはあくまでも、バットを上手く、スピードを乗せてボールに当てるということ。

 結果として飛距離が出て、ホームランになるのだ。

 どういう軌道になるか、ということをあまり考えていない。

 フライを打てと言われる時代から、ずっとライナーを打つ方がよかった。


 現代のフィジカル野球は、パワーとスピードが重要であるという。

 これはおかしな話であって、パワーもスピードも色々な部分に分かれている。

 単純にホームランを打つのを、パワーであるというのか。

 だがスイングスピード、というのもよく言われることだ。

 またパワーピッチャーと呼ばれるのは、ストレートのスピードのあるピッチャーのことである。

 しかしスピードが160km/h出ていても、150km/hがやっとのピッチャーより、ストレートの空振りが取れないピッチャーはいる。


 パワーとスピード。

 これは確かに間違っていないが、あまりにも大雑把な説明である。

 直史と一緒に大介は、どうやったらホームランが打てるかと、どうして大介がホームランを打てるかを、色々と考える。

 そもそも最初に考えたのは、高校時代に大介が、ポンポンとホームランを打っていたからだ。

 身長は小さいし、だからといって小柄のマッチョというわけでもない。

 確かに筋肉はあったが、どちらかというと絞られている体型をしていた。

 

 ただセイバーはちゃんと、その筋肉の連動を計測したものだ。

 だから大介は自分が、普通に腕力もある方であるが、パワーだけで打っているのではないと思っている。

 しかしパワーがなければ、ボールを甲子園で場外に飛ばすことは出来ない。

 この場合のパワーと言われるのは、単純な腕力や筋力ではない。

 もちろん筋力は重要だが、重要なのは瞬発力だ。


 エネルギーによって、ボールは飛んでいくものである。

 そしてエネルギーというのは、スピードと質量、あとこの場合は反発係数で計算が出来る。

 大介の一度目のホームランは、飛ぶ金属バットを使ってのものであった。

 もっとも二度目は木製バットで、間違いなく世界唯一のものとなったが。

 スイングスピードは純粋に、スピードをそれぞれ重ねていくことで生まれる。

 体重の前後運動のスピードと、腰の回転のスピード、そしてスイングのスピードだ。

 むしろスイングのスピードが、全ての結果と言えるであろう。


 上腕の筋肉などは案外、使う部分ではない。

 体重の前後運動のタイミングに、あとはインパクトの瞬間の、グリップの力による。

 大介は普通に筋力もあるが、中でも握力がとんでもなく強い。

 バットがボールに当たった瞬間、全力でグリップを握りこむ。

 つまりバットがボールの勢いに押されることがなくなる。

 またこれでほんの誤差程度だが、バットが撓るのだ。


 止めることによって、バットの先はわずかに撓って、むしろ瞬間的なスイングスピードは上がっている。

 だから反発係数の高い、重いバットを使っていると、むしろ質量が増えてボールは飛んでいくのだ。

 長いバットを使っているのも、それだけバットのインパクトゾーンが、先にあることになる。

 内角を狙われた時は、素直に腕を畳んで、鋭くスイングしてしまう。

 実は外角よりの方が、大介のホームランの飛距離は長いのである。


 メジャーの強打者にも、低めを長打にするのが得意な選手は、大勢いた。

 これは理屈としては正しい。 

 バットの重さが自然と、位置エネルギーを持っているからだ。

 だからバットの先端を、高めにするパワーを腕で維持する必要がない。

 無駄な力が抜けることで、逆にスピードは上がっていく。

 そのような理屈から、大介のホームランは出て行くわけだ。




 この理論は直史がゴルフをやった時に、強烈に感じたことだ。

 プロゴルファーというのは飛ばし屋であっても、意外と細身の細マッチョが多かったりする。

 筋肉の量よりも、その質の方が大切と言える。

 また野球には必要なある能力が、ゴルフでは必要ではない。

 それは動体視力である。

 もっとも他人のテクニックを盗むためには、これも重要なものであるが。


 飛距離を出す時には、インパクトの瞬間にグリップを絞める。

 するとシャフトの撓りによって、ヘッドがボールを上手く捉える。

 もっとも飛距離を出す以前の話として、真っ直ぐにボールを飛ばさないといけないが。

 ゴルフは真っ直ぐに打つのが一番難しいと思う。

 野球のピッチングでも、本当の真っ直ぐを自由に投げられるピッチャーは、そうそういないものである。


 ナチュラルにシュートするボールを持っているなら、ツーシームを磨けばいい。

 逆にカット気味になるなら、カットばかりを投げればいい。

 そしてスピンの少ない棒球であるなら、もっとスピンをかからないようにすればいい。

 別にストレートをキレイに投げるのが、いいピッチャーというわけではない。

 いいピッチャーとは点を取られず、試合に勝つピッチャーであるのだ。


 そしていいバッターというのは何か。

 これは難しいものであるが、要するに点を取るバッターである。

 自分のバッティングで点を取ってもいいし、誰かのバッティングで自分がホームを踏んでもいい。

 大介はNPBに最初にいた九年間は、ほとんどの年で圧倒的に、得点よりも打点が多かった。

 しかしメジャーに渡る前の一年と、メジャー移籍後にNPB復帰後、全て打点よりも得点の方が多くなっている。

 単純に打点の稼げる場面では、もう勝負されなくなったのだ。

 去年の157打点というのは、ぶっちぎりの打点王である。

 だがキャリアで見れば、25試合欠場したシーズンを除けばワースト記録。

 それでも204得点というのは、自分の持っているNPB記録を、わずかに三つ下回るだけのものであったりする。


 もちろんライガースがハイスコアゲームのチームであることや、打順が二番に変わったことも関係する。

 しかしこの、バッティングだけではなく得点能力は、間違いなく異常なものであるのだ。

 ホームランや打点に比べたら、まだしも軽視される得点の数字。

 他には四球の数や、併殺打の少なさ、そしてデッドボールを受けた少なさなども、全て異常値である。

 このあたりも含めて見れば、大介は間違いなくフィジカルモンスターであるのだ。

 他には少しの助走をつけて投げれば、普通に150km/hオーバーのスピードボールが投げられることもあるか。

 ショートとしてレフトからの中継で、多くのランナーをホームアウトにしたものである。




 理論は説明すれば、真似をしようとする人間もいるだろう。

 だが大介は基本的に、こういったことを教えようとはしない。

 なぜなら他のバッターが、出来るとは思えないからだ。

 生まれもっての体質が、そもそも普通の人間よりもはるかに頑健。

 耐久力も回復力も、はたまた柔軟性なども。

 そうでもなければ40歳を過ぎて、いまだに年間で30盗塁以上もしたりはしない。

 ショートで体勢を切り返すのも、膝や腰や背中への、大きな負荷がかかるはずなのだ。


 大介は、体重が軽い。

 だからこそ足腰が、ここまで大きく故障しなかったと言える。

 同じようなプレイヤーでは悟もそうだが、あちらはさすがにポジションを少し楽な、サードにコンバートしている。

 同じく小柄で、高校時代はそれなりにホームランを打っていた緒方も、今ではセカンドを守っている。

 筋肉はそう衰えるものではないが、腱や靭帯は柔軟性の維持が問題である。

 軟骨が脆くなるというのも、大介には無縁のものだ。


 この耐久力をそのまま受け継いでいる子供たちであるが、昇馬などは体格が明らかに隔世遺伝である。

 大介の父は180cmを越えていたし、母も平均よりはかなり高かった。

 佐藤家の方の遺伝子も、ツインズは平均的であるが、直史や武史は平均よりそれなりに高い。

 だからこそ大介は、ある程度の心配をしている。

 昇馬が野球だけに全てを賭けていないことを、むしろいいことだと思っている。

 ただ昇馬の場合は、ツインズの鍛え方がちょっとおかしい。

 左右の完全な両利き。

 一応は本来から、左利きではあるらしい。

 しかしその有利な左だけではなく、右でも同じように投げられるようにしてしまった。

 これは二人がバランス感覚を、重視して鍛えた結果である。


 大介もバッティングだけなら、右打席でも打てるスイッチヒッターだ。

 右打席でホームランも打っているので、ほぼ両利きと言っていい。

 ただ右でも打てるようにしたことで、より左で広角に打ち分けることが出来るようになった。

 基本的に引っ張るのが、バッティングの基本である。

 だが逆方向に押し込む器用さも、大介は持っている。


 タイタンズ戦では外角のボールを、上手く左に叩き込んでいく。

 ただレフトフェンス直撃であると、スリーベースがなかなか出なくなるのだが。

 単打よりもツーベースが多い、おかしな打撃成績。

 もっともこういう極端なバッターは、メジャーには何人かいる。

 打率は低く、また三振が多いが、出塁率とOPSは相当の上位。

 アメリカではそれでよかったが、日本では大介であっても、ホームランばかりを狙っているといわれかねない。


 バッティングの基本は、ホームランを狙うことである。

 ヒットの延長にホームランがあるのではなく、ホームランの打ちそこないがヒットになる。

 これはどちらが正しいかというと、実は大介はミートを重視している。

 そしてミートにフルスイングが重なると、ホームランという結果が出るのだ。

 バットがしっかりとボールを捉えたあの感覚。

 大介が求めているのは、ヒットでもホームランでもなく、ジャストミートである。




 タイタンズとの三連戦、大介は三試合連続でホームランを打った。

 明らかに逃げている外のボールを、レフトスタンドに叩き込んだのだ。

 ややミスショットと言えたのは、レフト前へのクリーンヒット。

 他には一本、レフトフェンス直撃という打球もあった。


 三試合で15打席回ってきて、10出塁。

 半分はヒットであり、ホームランが三本というのは、もう危険な数字である。

 一時的に落ちていた出塁率が、一気に上がってきている。

「しかしなんだこの数字」

 もう他の打線陣は、同じ人間と思わないようにしている。

 なので大原などが、感心してくるのだ。


 去年はホームランより二塁打が、圧倒的に多かった。

 あとわずかという打球が、それなりにあったということだ。

 今年は今のところ、ホームランと二塁打の数がほぼ等しい。

 全盛期はホームランの方が、二塁打よりも圧倒的に多かったものだが。


 数字を見て恐れるべきは、単打が減っているということだ。

 NPBに復帰してから、去年はツーベースが増えてホームランが減ったが、同時にシングルも減っている。

 つまり長打自体は増えているということである。

 今年もヒットの内訳を見てみると、なんとシングルはたったの25%。

 四分の三は長打となっている。

 完全なボール球などを、打っていった上でのことである。


 ただ遠くのボール球を打ってしまったため転んでしまい、外野の間を抜いたのに二塁まで進めないという、おかしなこともやってしまっていた。

 あと一歩踏み出していれば、バッターボックス外に足が出ていて、アウトになっていたりするというコース。

 そんなところでも飛ばしてしまうのは、体のどの筋肉を使えばいいのか。

 斜め前に倒れこみながら打って、打球はしっかり長打コースであったのに、顔面から地面に突っ込んだ結果、ふらふらと一塁に進んだこともある。

 もう素直にフォアボールでいいじゃないか、という話になってくるが、それでもランナーがいるならば、打った方が点になるのだ。


 外のボール球を、レフト線ぎりぎりの長打にするというのが、かなり多い大介になっている。

 倒れてから一塁に向かっても、なんとか二塁まで進んでしまうというのは、それこそ走力の問題だ。

 大介の本当の怖さは、ホームランを打ってくる長打力だけではない。

 打たれないはずのコースであっても、ヒットにしてランナーを返すところにある。

 点を取るのが主砲の仕事で、それはホームランに限ったことではない。

 ただそれでも歩かされて、後続のバッターが大介を帰す方が、多くなっているのが脅威なのだ。


 しかしながら試合自体は、二勝一敗である。

 勝ち越しはしたが、桜木が打たれて負けた試合が、第一戦だ。

 ただライガース打線もこの試合は、四点までしか取れていない。

 もっと早く追いついていたら、桜木も継投したピッチャーも、粘り強く投げられたのではなかろうか。

「そのあたりどうよ?」

「今どきの若いもんは、派手な試合に慣れすぎてるよなあ」

 老害にならないように、大介や首脳陣の前でしか、こういう言い方はしない大原だ。


 打線の援護が大きいので、ピッチャーがどんどんと勝負に行ってしまう。

 実際にそれで勝てるからいいのだが、今季移籍してきた友永が、一番いい数字を残している。

 つまり他のチームでやっていたような、点を取られないピッチングが重要なのだ。

 先発陣の中では、防御率は一位である。

 ただフォアボールもそれなりにあるのだ。

「うちのカラーに染まると、困るよなあ」

 クローザーのヴィエラは、さすがに染まることはないが。


 レギュラーシーズンは、確かにそういった派手な試合がいいのだ。

 実際に点を取り合ったほうが、野球の興行としては面白い。

 直史のような無茶苦茶な試合は、ちょっと特殊すぎるのだ。

 だがシーズンも残り30試合となって、投手陣には少し、意識を変えてもらう必要がある。

 正確にはもう少し、キャッチャーが投手の手綱を握っていなければいけないのだが。


 せめてハングリー精神旺盛なはずの、リリーフ陣がもっと粘り強く投げてくれないものか。

 派手な結果を求めすぎて、結局は評価を落としている。

 そのあたりまずブルペンで、大原に空気を引き締めてほしい。

 ベンチからの要望としては、まずそんなところである。

 言うは易し、行うは難し。

 それでもペナントレース制覇のため、大原はチームに貢献していくのである。



×××



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